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第2話

投稿者: ジョバンニ [201×年 ×月 ×日 21時 17分] ---- ----


良い点


とてもリアリティがあって、面白いと思いました。

まるで実話のようでした。


一言


宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は僕も大好きです。

ひゅうがあおいさんにとってのナイトがいつか現れるのを、心から願っています。




 僕は、感想欄にそれだけを書いて送った。

 味気ないだろうか?

 しかし、感想どころか文章もまともに書けない僕にはこれが精一杯だった。

 しかも相手は「小説家になろう」内ではランキング常連の作家さんだ。

 いくら僕の幼馴染とはいえ、下手なことを書けば何を言われるかわからない。


 メッセージ、という手も考えたがやめておいた。

 見ず知らずのユーザーからいきなり「ひまわりですか?」なんてメッセージが送られたらきっと不審がられるだろう。

 そう思ったのだ。

 ここはとりあえず当たり障りのないことを送ろうと僕は考えた。


 とはいえ、大人気作家「ひゅうがあおい」に感想を送った僕は、どんな返信がくるのだろうとドキドキしていた。

 彼女は、どんな感想にも必ず返信をする作者さんだ。

 多少のタイムラグはあるものの、丁寧にきちんと返事を書いてくれる。

 それが彼女の魅力の一つでもあった。


「のすたるじー」は完結後、ものすごい勢いでポイントがついていき、ジャンル別で日間1位を獲得していた。それに合わせて読者の感想が次々と送られてくるので、僕の書いた感想はすでに次ページへと流されていた。


 少し寂しい気もしたが、僕はかえってこれでいいと思った。


 彼女の抱くナイトはすでに過去のものだ。

 彼女の書いたナイトが僕のことであっても今の自分は決してナイトではないし、30歳になった僕の姿を見たらおそらくガッカリするだろう。

 それならば、10歳の頃のナイトのままであったほうがいい。

 正直、落胆した彼女の顔を見たくないというのが本音だった。


 僕はひまわりの幼馴染であると同時に、人気なろう作家ひゅうがあおいの隠れファンであり続けよう。そう誓った。



 感想の返信がきたのは、翌日の同じ時間帯だった。

 他の読者同様、僕にも親切に丁寧に感想の返信をしてくれていた。 



ひゅうがあおい [201×年 ×月 ×日 21時 00分]


ジョバンニ様、ご感想ありがとうございます。

リアリティがあって面白いとおっしゃってくださって本当に嬉しいです。

「銀河鉄道の夜」がお好きというのは、そのお名前からでもわかります(笑)

それだけでなんだか親近感がわいてしまいます。


ココだけの話、この物語は実話ですって言ったら……ジョバンニ様は信じてくださいますか?

実際のどこにいるかもわからない私のナイトに向けたメッセージだとしたら。

って、何を言ってるんでしょうね私は。

ジョバンニ様のお名前が「銀河鉄道の夜」に出てくる主人公と同じお名前だったので、なんとなく変なことを言ってしまいました。

忘れてください。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




 僕はその返信をただただ黙って見つめていた。

 当たり前だが、文面からは僕が物語に出てくるS君であるとはまるで気づいていないようだった。

 それがなんだかたまらなく寂しかった。

 それを望んでいたはずなのに、それを願っていた筈なのに。

 ぽっかりと胸に穴が空いたかのようだった。


 メッセージでも送ろうか。


 そう思ったものの勇気が出なかった。

 何をいまさら。

 それに、もし送るとしてもなんて書けばいい?

「僕があの時のナイトだよ」って書けばいいのか?

「黙っていなくなってごめん」って書けばいいのか?


 まるでわからなかった。


 そうやって悶々としているうちに、一ヶ月が過ぎた。

 ひゅうがあおいは「のすたるじー」完結後、新しい小説を投稿しなくなった。

 活動報告すら書いていない。

 彼女のページの最新小説は「のすたるじー」のままだ。

 毎日のように作品を投稿していた彼女にとっては少し異例だった。

 過去の作品の更新頻度を見ていくと、だいたい完結後に1週間も経たずに新連載を始めている。


 にも関わらず、一か月間何も投稿されていない。


 そりゃあ、筆休めが必要な時期というものもあるだろう。

 これだけ大量に面白い作品を書き続ける作家さんだ。

 全部が全部、同じスパンで投稿できるとは限らない。

 新作を投稿しないのは今回たまたまかもしれない。


 しかし僕には彼女が意図的に投稿を差し控えている気がした。

 新作を投稿すれば、「のすたるじー」は過去作へと流れていく。

 それはつまり、ナイトが彼女を見つける可能性が減るということになる。

 ナイトが「小説家になろう」を利用しているとは限らないのに僕にはなんだかひゅうがあおいが、いや、ひまわりがこの小説を見つけてくれるのを待っているかのような……そんな気がした。



「新作は書かないのですか?」


 僕は恐る恐る、彼女にメッセージを送ることにした。

 一読者としては出過ぎたメッセージかもしれない。しかし、なぜか彼女の声が聞きたくなったのだ。


 そんな僕のメッセージに、彼女はこれでもかというくらいの長文の返事をくれた。


「なんだか、書けなくなりました」

「なんで自分が小説を書いているのかわからなくなりました」

「自分の心の弱さを知りました」


 僕はそれを読んで愕然とした。

 あれだけ数々の名作を生んできたひゅうがあおい。彼女の本音が僕宛てに膨大な分量で送られてきたのだ。


「私は、もしかしたら自分のワガママだけで小説を書いていたのかもしれません」

「私のワガママにお付き合いくださいましたこと、心からお詫びします」


 ひょっとしたら、彼女は他のユーザーにも同じメッセージを送っているのかもしれない。

 彼女の「これ以上、書き続けていける自信がない」という趣旨の言葉は、パッと思いついて書けるようなものではなかったからだ。

 きっと、あらかじめ文章を書いておいてメッセージを送ったユーザーに返信しているのだろう。


「私は今まで……ただ一人のために、小説家になろうを利用しているかもわからないたった一人のために書いていたんだと思います」

 

 そこまでして……。

 僕は胸がえぐれるかのように締め付けられた。



「いままでありがとうございました。そしてごめんなさい」



 彼女の返信はそこで終わっていた。

 僕は呆然とそれを眺めていた。

 彼女は……ひまわりは今、何を思っているのだろう。

 どんな心境でいるのだろう。

 僕はこの一か月間、何も行動を起こさなかった自分を恥じた。

 彼女のメッセージは届いていたはずなのに。

 会いたいと願う声は聞こえていた筈なのに。


 僕は震える手で1文字1文字キーボードを叩き、彼女にメッセージを送った。




「ひまわりですか?」




 たった一言の短い文章。

 件名のタイトルは「黙っていなくなってごめん」だ。


 そのメッセージを送ったあと、しばらく彼女から返信はなかった。


 見落としているのか、読む暇がないのか。

 もしかして届いていないのだろうか? と少し不安になる。

 

 しかしそんな心配もよそに、数時間後にはきっちり彼女からメッセージが届いた。



「冴木君ですか?」



 たった一言、それだけだ。

 だいぶ慌てているのか件名が「もしかして」が「っもしっかして」となっている。


 僕は「のすたるじー、読んだよ」と送った。

 気恥ずかしくて、他に何を書いていいかわからなかった。

 すると、彼女から「ジョバンニ!!」という返事がきた。


 なんだよ、ジョバンニって。


「ジョバンニは冴木くんだったの!?」

「そうだよ」

「言ってよ!!」

「言いそびれた」 


 画面の向こうで、笑うひまわりの顔がなんだか目に浮かぶ。

 僕も笑いながら彼女の最初のメッセージについて聞いてみた。


「ひまわりはもう小説書かないの?」

「書けなくなっちゃった……」


 そっか、と僕は少し残念に思った。

 読み専の僕には、書き手の苦労なんてわからない。

 書けなくなったというのであれば、そうなのだろう。

 でも……と僕は思う。


「ひまわりは、自分のワガママだけで書いてたってお詫びしてたけど、謝る必要なんてないよ。ここはルールさえ守れば何を書いたっていい場所なんだし。たとえ、ただ一人の読者のために書いた作品であっても、それが面白ければ僕らは読むし、面白くなければ読まないだけなんだから。だからといって、書いてなんて無責任なことは言わないよ。書くことの大変さはわかってるつもりだから。でも、僕は待ってる。ひまわりの作品を、心から」


 僕はそんな言葉を送った。

 直後に、ひまわりからただ一言「ありがとう」というメッセージが返ってきた。


 その「ありがとう」の最後には、今までになかった「☆」マークがついていた。

 何かが吹っ切れた、そんな気がした。



 それからすぐに彼女は新作の連載を始めた。

 今まで投稿されてなかったのがウソのような、怒涛の投稿ラッシュだった。

 当然、待ってましたとばかりに多くのブックマークがつく。

 面白いか面白くないかは別にして、とにかく読み飛ばしがないようにというファンの想いがそこにあふれている。


 少しの不安と大きな期待。


 僕も当然、ブックマークをしてドキドキしながら彼女の更新を待ち望んだ。



 ひゅうがあおいの作品は、今までで最高の出来との評判が上がったのだった。


 

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