呪い
異世界から来た少女、久留間結衣。
彼女はそこで“ミラ”と呼ばれ、保護された。
ギルドよりダンジョンの調査を命じられるが、それは命の危険を伴う仕事だ。
見習いの騎士、ルート=ヒルデブランドが助力する。
「いつまでついてくる?」
振り返りつつ、歩を緩める。急に距離が近まって、向こうも足を止めた。
私が久しぶりに口を開いたからか、短い沈黙が降りる。
「一人で行かせられるわけないでしょ。クルマ、僕の仕事を無くすつもり?」
「なんか悪いね。ルート。」
そう言いながらも気が重くなる。ずっと黙ってついてくる彼に、なにか話題を振ろうと考えあぐねていたのだ。
気を使う必要はないと思っていても、話題を探し。吟味し。相手の返答を予想し。果たして失礼がないか。そもそもこんな話面白くないか。などと思考を巡らし、ある程度覚悟を決めたら言葉に乗せる。コミュ障たる所以。
他人といることはどうしてここまで無駄な緊張を生むのか、疑問に思う。
「お嬢様を一人危険な目には遭わせられませんから・・・」
気が晴れない様子の私を見て察したのか、この騎士はおどけて、私の気を緩ませようとした。
殆んど見習いとはいえ一介の騎士の称号を持つものが、“ミラ”である私にそこまで気を使う理由。
「いいんじゃない、騎士っぽくて。さすがだね。」
ルートの思惑通り気持ちが楽になったので、強がりからか軽口で返してみた。
「騎士団の中でも最年少なんでしょ?」
「実際は僕の家の影響に依るところが大きいけど。今は誰もが僕を貴族であること以上に何とも思ってないだろうね。」
私とルートの身分は対照的。
この世界には世情が世情なだけに“ミラ”という、なにかの理由で出自が不明になったものに冠せられる呼び名がある。もちろんそんな奴、怪しいし危ないし、当たり前のように疎まれる。
ただ放っておいても、どこかで問題が起きることは分かっているので、ミラ達は“冒険者ギルド”で保護され、そこで、乞食とも労働者とも言えぬような生活を得る。
向こうにいるときは家からでることも憚られた自分から言わせてもらえば、それでも多少まともになったと言える。
今回の遠征もそのギルドに寄せられた依頼の為だ。
冒険者ギルドとは・・・きっと説明不要だろう。
ルートとは私達の拠点である“ベリーク”の街にある、そのギルドで知り合った。
彼はそれを仕事といって、私のギルドの依頼に同伴する。
ギルドからしたらルートのこの行動は迷惑以外のなにものでもない、なぜならミラには期待も信用もないからだ。依頼中に“不運”にも死んでくれれば、それが理想とぐらい誰しもが考えている。
ルート自身も騎士見習いである身でミラ如きに余計な気を使っているのは時間の無駄になる。それは感心されない事だ。
彼がそこまでして私に気を使う理由を私は知っている。
私自身はありがたいだけなので、すごく感謝してる。
「それでも頼りになるよ。」
私の感謝の意に笑顔で応える。ルートは笑顔を崩さず続けざまに言った。
「確か、フラップリザードの生息状況調査だよね。急ごうか。日が暮れると巣の場所も分からなくなる。」
挨拶ほど短い会話を済ませ、自分達の影が伸び始めるのを意識しながら再び歩き始めた。
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フラップリザード―。多分私のいた世界ではエリマキトカゲとかに通じるなにか。
と勝手に妄想していたが、本当のところ名前の由来は不明。
どこかの分類学者が学名の記載の際に語感のかっこよさで決めた説も私の中ではある。
リザードは自分で巣を作れず、持ち主を生かしてその餌を奪う労働寄生の生物。群れが繁栄すると巣の外に氾濫して街の近くにも出没するようになる。それが依頼の理由。
「ここまではさすが下級の依頼だね。調査じゃなく、殲滅でも僕はかまわないけど」
たとえ騎士でも一人でそこまで出来る人間は限られている。
つまり中にはいるということだ・・・
せっかくの異世界だしそれくらい夢があってもいいけど。
「言うわね・・・見習いの癖に」
不意に悪態をつけるほど、私達の中は道中で縮まった。
気がつけば既に巣の中だ。かなり奥まで来た。
「ダンジョンにはボスモンスターがつき物よ」
「ボスモンスター・・・」
聞きなれない表現の連続に、ルートは戸惑った。
「―っと、またお出ましか。」
暗がりの奥から鳴き声が聞こえてきた。
さすがに聞きなれたその声を、私とルートは瞬時に察した。
「数が多いね、下がってて。」
声の聴こえる方向から目線を切らないようにして、ルートの後ろに回った。
ルートは腰の剣を抜いて身構える。
剣先が鞘から抜けきると同時にリザードの群れが暗がりから姿をみせた。
私の使える魔法。“継続ダメージ効果”の魔法と“挑発効果”の魔法。と“治癒”魔法。
この状況で使うべき魔法はない。むしろ邪魔にならないように身を守っていることが最大の貢献だろう。
私が構えたあとルートは走った。
先手で一匹目のリザードの胸元に剣を突きたてる。
すかさず、リザードの体に蹴りを入れて、刺さった剣を抜いた。
しかし、その間にもう一匹のリザードがルートの空いた左の腕に咬みつく。
リザードはルートの腕を咬み千切ろうとして首を振り回す。
より深く鋭い歯が腕に食い込み、血が噴出す。
だがルートは表情一つ変えず、右手の剣を逆手に持ち直した。
そして一層の力強さをみせる。咬まれたままの腕を押し付けるように、リザードを壁に追いやり
、左腕を固定したまま体の右半分だけを振りかぶるようにして、壁を貫く勢いでリザードの顔に剣を立てた。
三匹目のリザードは二匹目のリザードが倒されるのを見て、私のほうに突っ込んできた。
咄嗟に私も剣を構えて応戦しようとするが、瞬時に体勢を変えたルートに横から蹴りで阻止される。
最後に、倒れこんだリザードを両手で上から突き刺した。
「ふーっ・・・」
「声だけ聞いたらもう少し多い気がしたけど、反響かな?」
これまでに倒したリザードの数は今の三匹を加えて十五匹。
すでに調査の域を超えている気がするが・・・この後に続く討伐隊がいるなら多少は感謝されても可笑しくない。
それでもまだ百匹以上のリザードがどこかでうろついているはずだ。
街の付近にまでリザードが現れたならそういうことだ。
ルートは突き刺した剣を抜いて、血を払い落とすと、すぐさま鞘に収めた。
「・・・」
私が、もの言いたげに見つめると苦笑いしながら言った。
「ごめんね、これでも剣士なんだ。」
ルートの戦い方はハッキリ言うと、剣士らしくない。
剣の振りの速さと、重さはあるが、太刀筋が無茶苦茶なので効果的にダメージを与えていない。
また間合いも考えてないので、余計な傷を負う。
「はい、腕出して」
ルートは照れくさそうに笑って、腕の力を緩めた。
一層、血の流れが早くなり腕から滴り落ちて、地面に広がるリザードの血に混ざる。
指先でルートの傷口に軽く触れた。ルートはいつものように、痛みを見せない。
手を受け皿のようにして傷口を覆う。私の手も血に染まる。
私の手とルートの傷口が青白い光に包まる。
光が周りを照らし、ルートの表情が鮮明になった。
「なにをニヤついてるの」
「いや、たいしたものだと思って」
「これくらい自分でもできるでしょ」
ルートのもつ好意を無視するのは心が痛い。
気づいていて気づいてないように振舞う。
自分から差し伸べた手が、それが勘違いであるようなことがあったとき、どう引いていいのかわからなくなるから。
つまり恥ずかしい思いはしたくないってこと。ルートも同じ。
私が回復役を担っている理由は、使い道の多いルートの魔力を節約する、それだけの理由。
「ルートって、ゲームで言ったら魔法剣士って感じ?」
魔法のほうにウェイトが大きすぎるが。
彼は、騎士の中でも例がない、“六属性”すべての魔法の適正をもつ。
「火」「水」「地」「陽」「陰」「氷」の六属性。
「クルマって変な言い方するよね。歴とした魔法剣士だけど・・・」
少しでいいからその才能を分けて欲しいものだ。
代わりに私の少ない剣の才能をすべてあなたの足しにしていいから。
傷は殆んど塞がった。ルートと私は手に固まってこびり付いた血を叩いて落とす。
「さて、もうそろそろいいだろう、報告する事柄もできたし。」
ルートは地に横たわるリザードの死体を指した。
首が曲がっているが、喉を震わしながら弱弱しい声を発している。
今までみたリザード達を遥かに越える生命力。
腕と足が痙攣し、暴れまわる。この挙動には確実に私達を襲いに来るような意思は篭っていないだろう。
それがわかっていても引き下がってしまう。それに対してルートは微動だにしない。
「すごい生命力だよね、それに凶暴性も増してる」
「なぜ?」
「わからない。なにか理由があるんだろうね」
原因究明はしないということか。
「この三体は明らかに今までのリザードと違った。これ以上奥に進むのは危険だと思う、クルマの言ったこと正しいかもね」
「なにがいるの?ボス?」
「“呪い”じゃないかな」
―その瞬間、リザードの死体から瘴気のようなものが噴出した。
瞬間的にルートは私を庇うように前に出て、口を塞ぐよう命じる。
冷たく、濡れたダンジョンの空気を肌に受けるのを感じ、息を細くする。
体が震えた。体が瘴気をどんどん受け入れていく。
息をしてもしなくても、どこからともなく。
―奥から耳を割るような雄叫びが聞こえた。直後に地鳴りがおき。瘴気が濃くなった。
意識が飛びそうになる。
吐き気がする。倒れそうになる。
ルートは私に逃げるように手で示したが、足に力が入らない。
「ごめん・・・ルート、一人で逃げて。」
ルートは私の要求を無視し、私を負ぶうように体を仕向けたがすぐに取りやめ、体勢を変え、剣に手をかけた。
暗がりの奥から巨大な影が現れる。闇より黒い、瘴気に体を覆った巨大な物体。
周りの瘴気はどんどん濃くなっていく。影は息を発している。瘴気で私達を飲み込もうとしている。
それは、存在しか感じられない。実体を疑うようなほど黒く霞んでいる。
ルートは鞘からだした剣の先を影に向けた。
直後に影は声を上げた。獣の雄叫び。
私達を飲み込もうとしている瘴気が、爆音に押されて晴れていく。
私は霞む意識を集中させて、ルートの方を見る。
珍しく、焦りと緊張の色が強い表情を浮かべていた。
私はもう一度、同じ言葉をかけようと口を開きかけたが、一言目を発する前に意識を失った。
*時間かかりすぎた。もう少しまとめてから書いてペースをあげたいです。
あとすごく分かりにくいですね