あなたの口に合うコーヒーを淹れられるまで~刹那玻璃さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ2016』企画へ参加していただいた刹那玻璃さんへの参加特典として書いたギフト小説です。
12月24日。道後温泉 茶玻瑠。10階の展望ラウンジ。松山市内の夜景を玻瑠は眺めていた。
今日、ここへ来たのはある人から呼び出されたからだった。彼との出会いは1年前…。
玻璃は新しいテディベアの服を作ろうと布地や装飾品を買いに行った。可愛らしい柄の布地を見つけて購入した。途中でしゃれた喫茶店を見つけたのでぶらっと入ってみた。コーヒーの香りが心地いい。低い音量で流れているBGMに誘われるようにカウンター席へ向かった。曲はビートルズのハロー・グッドバイ。
「いらっしゃいませ」
若い女性の従業員が笑顔で迎えてくれた。
「いい雰囲気のお店ですね。おススメは何かしら?」
「マスター秘伝のブレンドです」
女性従業員はそう言って、笑みを浮かべた。
「まあ!秘伝ですって?」
「はい。秘伝のブレンドです」
店の奥から白髪交じりの髪が印象的な落ち着いた雰囲気の男性が顔を出した。
「あ…。では、それをお願いします」
玻璃は彼を見て一瞬声を詰まらせたものの、秘伝だというそのブレンドコーヒーを注文した。
曲がストロベリー・フィールズ・フォーエバーに変わった。
「マスター、それは…」
カウンターの中で女性従業員がマスターに何やら話しかけている。その表情には驚きの色が見て取れる。
「どうかしたんですか?」
玻璃が尋ねると、彼女は苦笑しホールの方へ出て行った。やがて、マスターがシンプルなデザインのティーカップに注がれた秘伝のコーヒーとやらを玻璃の前に差し出した。芳醇な香りが立ち上るそのコーヒーを玻璃は一口含んでみた。
「ん?」
その秘伝のコーヒーは少し癖があるように思えた。
「あまりお口に合いませんでしたか?」
「いえ、とても美味しいのだけれど、今までに飲んだことのない味でしたから戸惑っています」
玻璃がそう告げると、マスターは穏やかな笑みを浮かべてうなづいた。けれど、玻璃にとっては好きと言える味だった。曲がペニー・レーンに変わっていた。
店を出るときマスターが言った。
「次は必ずお好みのものをお出ししますので、ぜひまたお越しください。その時までお代は頂きませんので」
「えっ!でも…」
「いいんですよ。どうやらマスターはあなたに恋をしたみたいですから」
女性従業員が言った。そう言われて照れくさくなったのかマスターはボリボリと頭をかきながらカウンターの奥へ消えて行った。
それ以来、玻璃はこの喫茶店に通うようになった。
「今日はラバーソウルですか?」
玻璃がマスターに聞いた。流れているBGMはビートルズのユー・ウォント・シー・ミーだった。
「マスターはビートルズがお好きなんですね。いつもビートルズですものね」
「はい。でも、いつもというわけではないんですよ。今日は玻璃さんがお見えになったから」
「あら?どういう事?」
「玻璃さんが初めて来られた日に掛けていたのがそうでしたから。その…。なんと言うか…」
「マスターはね、一目惚れしたお客さんにはいつもそうなんです。その人が来た日に掛けていたアーティストの曲をその人が来た時にはずっと流すんですよ」
亜美がマスターをからかうように説明してくれた。亜美はここの女性従業員だ。何度も通ううちにすっかり玻璃と仲良くなっていた。
「へー、そうなんだ。それで、その方たちとはどうなったんですか?」
「聞くだけ野暮よ。上手くいっていたら玻璃さんを好きになったりしないわよ」
「あ…。いや…。その、そういう意味で聞いたのでは…」
玻璃は顔を赤くして言葉を詰まらせながら弁解した。
「あれれ?玻璃さん、もしかして?」
「ごめんなさい」
玻璃は恥ずかしさのあまり、店を飛び出した。
「マスター、玻璃さんの気が変わる前に決めちゃいなさいよ」
亜美がマスターをけしかける。曲はイフ・アイ・ニーデド・サムワン(恋をするなら)に変わっていた。マスターはうなづいた。そして、言った。
「明日、プロポーズする」
「へっ?いきなりプロポーズ?」
亜美は呆気にとられてやれやれと両手を掲げた。
待ち合わせの時間にやや遅れてマスターが現われた。マスターが席に着くと、玻璃は言った。
「素敵な場所ですね」
「亜美君にすすめられて」
それからしばらく沈黙が続いた。
「今日は、どういった用件で?」
玻璃が切り出した。
「玻璃さんの口に合うコーヒーを淹れることが出来るまで僕のそばにいて欲しいんです」
「あら、それならもういただいていますよ」
「えっ?」
「初めてお店に行ったときに」
マスターは予想外の展開にあたふたしだした。そんなマスターに玻璃は微笑んだ。
「あのコーヒーを一生あなたのそばで飲めたら幸せだなあ」
「は、玻璃さん!結婚してください」
玻璃は結婚式の前に亜美から聞いた。あの時のコーヒーはコピ・ルアク。コーヒーの実を食べたジャコウネコの糞から出てきた豆を使ったコーヒーで希少価値が高く、かなり高価なものだったらしい。亜美はそんなウンチコーヒーを客に出すのかとマスターに嫌味を言っていたのだと言う。
メリークリスマス!