月光
豫嬪を失った翌年に皇帝も崩御した。宜花は血のつながらない兄皇帝により、西域に嫁ぐことになった。
慧敏な彼女が兄皇帝には邪魔な存在だったからである。
冷たい月光を回廊で眺めながら宜花は夜風に身を委ねていた。この国から離れたことのない彼女にとって、この国がすべてであり、外の国というのは未知であった。
人は未知に触れるとき、拒否をする。それは全てであったものや価値が崩れるのが怖いからである。
それが恐怖から身を守るための本能なのだ。
背後から侍女の小寧が小さく声をかけた。
「公主さま、夜風は身体にお悪うございます」
宜花はそっと右手を上げて小寧の言葉を制した。
そして再び月を眺めた。白磁のような光が台に反射して霜のようになっている。
「西域は砂漠と聞いています。砂漠の月も今宵のように美しく冷たいのかしら」
「恐れながら、わたくしめはこの国から出たことがありませんので分かりかねます」
「それは私も同じです。梅や牡丹は咲いているかしら……花を愛でることは好きでないけれど色彩があまりにもなさ過ぎるわ」
宜花は回廊から降りて庭に出た。小寧もついて行こうとしたが、彼女は一人にしてくれと呟いた。