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6:課金なう

 部屋に戻るとエーコさんは早速ハンモックに座り込んだ。

「部屋にハンモックって発想がなかったよ。画期的だね」

 よほど気に入ったのだろう。ギシギシと楽しそうに体を揺らしている。手に持っている牛乳パックが気になって仕方ない。

「牛乳、こぼさないでくださいよ」

「だいじょぶだいじょぶ」

 ほんとかよと思いつつ、椅子に座って話の続きを待っていると、エーコさんはこう切り出した。

「魔法使いと戦うときに、一番有効な武器ってどんなだと思う?」

「有効な武器、ですか」

 なんだろう。さっぱり分からない。

「狙撃ライフル……とか? 不意打ちで、魔法を使う間もなく倒せるような武器がいいんじゃないかな」

 どうやら物理法則をあんまり気にしない連中らしいし、魔法を使われたら負け、ぐらいの気持ちで戦った方がいいだろう。何をされるか分かったもんじゃない。

「お、いい線行ってるねぇ。じゃ、ライフルで戦ってみる?」

「軽く言われてもなぁ。銃はエアガンしか撃ったことないし」


 ――そういや、父は銃が得意だったなと、どうでもいいことを思い出してしまった。

 父は自分が金持ちだと思わせるために、付き合っている女をよくハワイに連れていった。小さい子供を家に置いていくのも女受けが悪いという理由だけで俺も連れていってもらえた。

 ほとんどはビーチで放し飼いにされ、浅瀬の海でクラゲのように漂っていたのだが、ときどき父の気分が乗ったときには、射撃場に連れていってもらえることもあった。

 身長制限のせいで自分で撃つことはできなかったけど、父がリボルバーを弾いているのを見るだけで、ずいぶんとワクワクしたものだった。


「実戦で練習してみれば? 異世界なら法律も気にせず撃ち放題だよ?」

「仕入れてくれるんですか?」

「その気があるなら。けっこういい銃でも十万もあれば買えるよ。弾は一発百円ぐらいかなぁ。まとめて買えば安くはなるけど」

「……その値段だと、今の段階で買いたくはないですね」

「つけといてあげるよ? ほんとにいいの? 夏休みがっつり働けば余裕で元は取れると思うよ」

 ――頭では分かっているんだけど、十万円のローンなんて組みたくないとどうしても心が拒否してしまう。これが貧乏性というものか。

「そういや確認しておきたいんですけど、異世界に行っている時間って、全部が労働時間になるわけじゃないですよね。例えば今日だと、けっこう長い間ハープのダメージで伏せってたんですけど。そういう時間ってどういう扱いなんでしょう」

「ん? 向こうに行ってる時間は全部労働時間でかまわないよ?」エーコさんはあっさりそう答えて、お尻でハンモックを揺らしながら牛乳のパックを開ける。危なっかしいなぁ、ほんと。

「ずいぶん太っ腹ですね。極端な話、向こうに行って昼寝してるだけでも時給が出るんですか?」


「出るよ。だって、寝ている間に殺されるかもしれないし」


 俺がしばらく絶句するうちに、エーコさんは牛乳をくぴくぴと飲んで、パックの口を閉じ直す。

「殺されるだけなら精神体はこっちに戻ってこられるけどさ、極端な話、悪い魔法使いに精神まるごと操られて、寝ている間に下僕にされちゃうようなこともありえるんだよね。そしたら死ぬまでタダ働きだよ」

「……きっついなぁ」

「まあ、時給三千円だと、巡回警備員というよりは傭兵の値段になっちゃうよね。それはしょうがないことだよ。人間社会が決めた人間の価値だからさ。手心加えてこっちが損するのもバカらしいし」

 それはそれで筋の通った言い分だが、やはり少々、フェアじゃない。

「やっぱり、時給下がってもいいから、もう少し安全な異世界に鞍替えできませんか。真鳥も戦闘得意ってわけでもなさそうだし、しょっぱなから魔法使いと戦うのは辛そうだ」

「うーん、それは却下」

 エーコさんは牛乳パックを両手で支えながらころりと仰向けになる。

「服部くんが一人で仕事するんだったら、要望を聞いてあげたいところなんだけど。君はチカのパートナーだからね。チカはもう、格下の敵と戦う段階はクリアしてるから。いつまでも安い仕事させられないんだよ」

「格下の敵……?」

「魔法が使えない敵ってこと。例えば、チカが春休みに一人で手掛けていた仕事は、異世界の戦争を終わらせることだった」


 戦争を、終わらせる……?


蒸気のほとり(ヴァーパル・デーン)と呼ばれている異世界に、地球に似た水の惑星があるんだけどね。その世界の水は魔力を持っていて、少し意思で圧力を加えるだけでよく暴れるんだ。――こんな風に」

 エーコさんは突然牛乳パックを宙に放り投げた。

 投げ上げられた牛乳パックは、しかし、いつまでも落ちてこない。こぼれもしない。くるくると、無重力状態のように空中で回転しながら、ときおり右に左にと、棒でつつかれたようによく跳ねる。

「繁栄してるのは強靭な血管や皮膚を持つ爬虫類に似た人種でね。人間よりも大きいけど、飛んだり跳ねたりが得意で、とっても素早い。脚が退化している代わりに胴が長い蛇人間と、走るときは腹這いになってシャカシャカ走るトカゲ人間が二大人種なんだけど、その二つがずっと戦争を続けていたんだ」

「人種間戦争……ですか」

「けっこう悲惨だよ。人種が違うと相手に対する同情が湧きにくいからね。蛇とトカゲは競い合って進化しながらずーっと戦争を繰り返してたんだけど、テクノロジーの進歩に伴って、いよいよ被害が洒落にならない規模に拡大し始めたんだよね。いわゆる蒸気革命ってやつ」

「水が弾む世界で、蒸気革命……」

「想像しにくい? 文字通りのスチームパンクってやつだよ。蒸気の力で大型の機械がバンバン動かせるから、大量生産大量消費がはかどってね。戦車代わりの放水車、ライフル代わりの水鉄砲、安直だけど強い兵器が次々戦場に送られて、収拾がつかなくなっちゃったんだ」

 水兵器で戦う蛇とトカゲ、か。

 想像しただけだとコミカルな絵面なせいか、いまいち実感は湧かない。――まあ、異世界ってのは、そういうものなのかもしれない。実際に行ってみるまでは、お話の世界そのものなのだから。


「真鳥はどうやって、その水戦争を止めたんですか?」

「すっごく単純に止めてたよ。ピアノの魔法で両軍の兵士たちをしこたま強化して、水兵器が効かないくらい強靭にしたんだ」

「ほんとに単純だなぁ……」わくわくもへったくれもない。

「防御力だけカンストしてる状態で殴り合ってもしょうがないでしょ? それでも未練たらしく、一週間くらいはぽこぽこ殴り合って、ぴゅっぴゅと水をかけ合ってたけどね。いい加減あほらしくなったってことで、初めての人種間和平条約が結ばれたんだよ。こっからこっちには入ってくるな、みたいな、子供じみた条約だけどね」

 エーコさんはくすくすと笑い、空中に遊ばせていた牛乳パックの高度をゆっくりと下げて、自分の両手に迎え入れた。

「真鳥は一週間ピアノを弾き続けたんですか?」

「まさか。あの子の魔法には精神魔法の側面があってね。一度耳に入れてしまったら、ずっと頭の中でリピートさせ続けることができるんだよ。寝ても醒めても旋律が止まらずに、魔法の影響下に入ってしまうんだ」

「リピート……。聴かされた方が勝手に頭の中で繰り返してしまうってことですか」

「ハープの音色、しつこく耳に残ってたでしょ?」

「嫌になるくらいに」

「そういう魔法なんだよ。いい音もひどい音も、いつまでも鳴り続けるんだ」

 ――なるほど。とにかく効き目が長いのか。

 それにしたって、たとえどんなにいい曲だったとしても、一週間もピアノの音色が頭に鳴り響いているというのは、辛い状況じゃないだろうか。蛇もトカゲもろくに眠れなかっただろう。体がいくら元気いっぱいでも、心が付いていけなさそうだ。

 眠れずに気が狂うか、それとも戦争を止めるか。二択を強いられていたのかもしれない。


「魔力の強い子だからね。たいていのトラブルはごり押しで解決できるんだよ。ただ、対魔法使い戦の経験は薄い。私と組んで出陣することもあるけど、基本的に、後方でピアノ弾かせてるのが一番役に立っちゃう子だからね。格上の魔法使いと組んじゃうと、シビアな経験が得られないんだ」

「……それで、素人と組ませると」

「まあ、そゆこと。君のスカウトはチカの育成の一環でもある。だから、基本的にはチカの都合に合わせて動いてほしい。もちろんフォローはするよ。今やってるみたいにさ」


 ――事情は、それなりに、飲み込めた。


「分かりました。そういう事情があるんなら、文句は言いません。沼で働きますよ」

「お、物分かりがいいね」

「その代わり、ちょっといい武器作ってもらいたいんですけど、構いませんか?」

「いいよいいよ。アイデアがあるの?」

 エーコさんはハンモックから身を乗り出す。普通なら絶対にひっくり返ってしまうような体重のかけ方だったが、不思議とひっくり返らない。

「アイデア、というより。俺が使える武器って剣しかないんですよね。中学の頃、剣道やってたんで」

「そうなんだ。今はやってないの?」

「事情がありまして。――ともかく、剣をベースに、魔法がかった武器を作ってもらいたいんです」

「ほうほう」

 エーコさんはゆさゆさハンモックを揺らす。「魔法剣が欲しいとな」

「欲しいです」

「ふふふ、冷静ぶってるけど君も男の子だね」

 エーコさんは楽しげにそんなことを言う。

 べつに変なことを言ってるつもりはないんだけど、何故か煽られてるなぁ。

「いけませんか?」

「いけなくないよー。それで、どんな魔法剣が欲しいの?」

「ライフルみたいな剣が欲しいです」

「んー?」

 エーコさんは首をかしげて、そのままハンモックの上にひっくり返ってしまった。

「ちょっとその牛乳パック、こっちにください」

 いつこぼれるかと心配でたまらない。立ち上がって無理やり引っぺがしにいくと、エーコさんは案外素直に渡してくれた。実際、ハンモックの上ではしゃぐには邪魔だったのだろう。

 座り直して机の上に安置してから、言葉の意味を説明する。

「虫がいいですか? 剣を振るだけで遠くが攻撃できるような、近づかなくても済むような。そんなふうな魔法剣。素振りしてるうちに相手が倒れている、みたいなのが理想なんですけど」

「んー、なるほどねぇ。チカの魔法の影響下にある状態なら、彼女の魔力を転用できるから、使えるだろうね。ただ、ライフルより取り回しは悪いと思うよ」

「当たらない銃よりはましでしょう。練習するにしたって、十発撃てば千円かかっちゃうんでしょう?」

「あはは、それもそうだね。いいよ分かった。その方向で考えとく。――値段は、そうだねぇ。やっぱり十万くらいかなぁ。ライフルの代わりだし」

「まかりませんか」

「安物買いの銭失い、とも言うね」

「どうしても?」

「私の魔法は安くないよーん」

 エーコさんはそう言って微笑むと、手を何度か握ったり開いたりして、

「では、また来週」

 俺が瞬きをする隙間を縫ったかのように、何の脈絡もなく、突然ふっと、ハンモックの上から姿を消した。

 ――いちおう部屋の中を見回してみるが、影も形も見えない。窓もドアも閉まっているというのに、一体何処へ消えてしまったのやら。


 ……しまったな。エーコさん的には、今のでもう商談が成立してしまったのか。余計なことを言わなければよかった。

 いくら時給が高いとはいえ、十万円のマイナススタートは心理的に厳しすぎる。こうなった以上は真鳥にかけあって、積極的に、可能な限り長い時間、異世界で過ごすしかなさそうだ。

「なんだかなぁ……」

 頭を抱えたくなってくる。今後もこの調子で高額アイテムを売りつけられてしまうのかと思うと、不安でたまらない。俺は詐欺に引っかかっているのだろうか。

 牛乳でも飲んで落ち着こうとパックの口を開けようとすると、カランと、何かが机の上に落ちた。

 骨の切れ端だ。そういやさっき洗面所に置いてきたまま、回収するのを忘れていたっけ。

 ――回収した覚えはないのに、俺の手の中にいつの間にか握られていた、のか。

 手に取ってしげしげと眺めるうちに、だんだん実感が湧いてきた。

「これ。もしかして、捨てられないアイテムなのか……」


 マイナス十万スタート。装備品は魔法剣と、外せない呪いの骨……。


 無性に真鳥に電話したくなってきた。明日さっそく伯父に連れ添ってもらって、携帯ショップに行こう。

 それから、なんとしても真鳥を説き伏せて、明後日から少しずつでも異世界に連れて行ってもらおう。来週までなんて待っていられない。

 不安だ……。

 

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