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31:分け身の剣


 リスポーン地点はやはり巫女の花園(シャンヴェリア)の祭壇だった。

 森の匂いと、少し湿ったきれいな空気。ここはまだまだ無事のようで、少し安心した。

 優しいピアノの音も響いている。聞き覚えのない曲だが、曲調からして、またショパンだろうか。繊細な伴奏と感傷的な旋律。

 しかし、ピアノの傍まで歩いていっても、真鳥の姿は見えなかった。鍵盤はひとりでにへこみ、波のようにさざめき、精確に音色を刻んでいる。

 様子がおかしいのはピアノだけではなかった。ヴェリアの巫女たちの姿が見えない。ツリーハウスにこもっているのだろうか。拠点を変えた――? いや、まさか。真鳥がピアノを捨てるわけがない。

 非常事態だろうか。巻物(スクロール)を取り出して確認する。やはり巫女たちはハウスの中にいるらしい。動いている棒人間の数は四つ。少し離れた、森の中か。


(真鳥、大丈夫か?)


(服部くん。……ありがとう。戻ってきて、くれたんだね)


(やられっぱなしじゃあな……。それで、どうしたんだ、ピアノから離れて)


(全然、大丈夫なんだけど。戦闘中)


(さっそくリベンジチャンスか。すぐ向かうよ)


(それがね、相手は屍術師(ペナクィテ)じゃないの。ヴェリア人の――新しい、魔女たち)


(新しい……?)


 頭の中で会話をしながら森へ脚を踏み入れる。ピアノで強化された脚は巻物(スクロール)へ示された場所へと数十秒と経たずにたどり着いた。

 そこは少し開けた空のよく見える場所だった。開けているのは、周辺の木々が根こそぎ倒れているせいだ。太い幹が巨人に殴られでもしたかのように乱暴に真っ二つに折られ、乱雑に横たわっている。

 ピアノの音色を斬り裂くような、木々の葉がざわめく音。凄まじい暴風が木々の間を吹きすさぶ。小石や木の葉がいくつもの細い竜巻に巻きあげられている。竜巻の一本一本は針のように鋭くとがり、動物の髭のように素早く、痙攣するかのようにひくついている。

 

 真鳥とヴァネッタは白く描かれた魔方陣の上に立っていた。竜巻が四方八方から彼女たちに噛みつこうとするが、魔法陣のふちで見えない壁に当たったかのように弾かれ、解けるばかりだった。

 真鳥は目を閉じ、肘を水平にして指を動かしている。一方のヴァネッタは右手を上空に上げ、白く輝く輪っかのような光体を指先から打ち出していた。光の輪は立ちふさがる竜巻を貫通し、その先に浮かんでいる人影へと真っすぐに飛んでいく。人影は空中でくるりと身をかわして光体を躱し、新たな竜巻で身を隠すように、その裏側へと隠れる。


 風の、魔法使い。竜巻はヴァネッタの魔法陣を打ち破れないようだが、ヴァネッタの攻撃も相手を捕え切れていない。膠着状態というわけか。

 

(真鳥、一発ぶっ放すよ)


(うん、お願い。うまいこと、加減してね。捕まえるつもりだから)


(ああ)


 加減をしたい、ところだったが。自信はなかった。脇構えに構える。避けてくれればいいけれど、死んでくれてもいいような気がする。敵は殺意に満ちていて、今の俺は、それを、受け流せない。

 二度と、殺されたくはない。

 斜め下から斬り上げると、爆炎は狙い通りに人影を覆う竜巻に吸い込まれていった。竜巻は瞬く間に炎に埋め尽くされ、人影はたまらず飛び出し、地面へと落下していく。

 ――そこをヴァネッタの光の輪が捕らえた。胴体、首、手足、瞬く間に関節という間接が光の輪に囚われていく。

 地面にたどり着いた頃には、人影は指一本動かすことができない有り様だった。


「詠唱を禁ずる」とヴァネッタは言う。「攻撃を禁ずる。支援を禁ずる。逃走を禁ずる。目を開けることを禁ずる。許可なき会話を禁ずる。許可なき沈黙を禁ずる」


 ヴァネッタが言葉を重ねるたびに光の環が人影を締め付けていく。竜巻という竜巻は霧散し、小石や砂粒が雨のように降り落ちていくが、それすらもヴァネッタの魔方陣は丁寧に弾いた。


「くだらない。どうしてヴェリアの巫女はこうなってしまうのやら」

 静かになった森の中を、ヴァネッタは吐き捨てながら人影の方へと歩いていく。魔方陣から半歩足を踏み出した、――その刹那。ヴァネッタのこめかみから、パァンと音高く、何かが炸裂するような音がした。


(狙撃?)


 崩れ落ちるヴァネッタに駆け寄る。何処から、何を撃たれたのかは皆目分からなかった。ともかく抱き留めて、魔法陣の中に逃げ込む。入るか入らないかのうちに頭の後ろで炸裂音がしたが、幸いなことに間に合ったらしく、俺の頭蓋骨が砕けることはなかった。

「ヴァネッタさん……」

 ヴァネッタのこめかみも砕けてはいなかったが、代わりに、銀色の細長い針が突き刺さっていた。細い血の筋が針と肌の隙間からこぼれ落ち、魔法陣を汚していく。

「心配は……いりません」

 ヴァネッタは濁った瞳を俺に向ける。

「骨で止まりましたから」

 事もなげに、ただただダルそうにそう言う彼女には、痛がっている様子はなかった。苛立ち、煩わしさ、不機嫌さ。それらを混ぜ込んだようなため息をつき、さらに瞳を濁らせる。

 ヴァネッタの透き通るような肌の裏に、魔法陣と同じような、幾何学的な紋様が浮かんだ。傷口を中心に、針を押し出し、傷を癒していく。

「つくづく、嫌になる。魔力も思考力も腐り落ちている。――この私が。この程度のこともこなせずに」

 ヴァネッタは目を閉じてそう呟くと、俺の手を押しのけて、自分の足で立ち上がった。


「隠匿を禁ずる」

 ヴァネッタは光の環に関節という関節を縊られ、もがき苦しんでいる竜巻の巫女に向けて告げた。

「もう一人の巫女の使う魔法のあらましを話せ」


「――カクレ、ル」

 

 竜巻の巫女は舌を無理やり動かされているような不自然な喋り方でそう言った。


「逃げ隠れる魔法ですか。ならば、姿を現しなさい。十秒待ちましょう。現れなければ、――このまま舌を噛み切らせて、殺します」

 ヴァネッタは簡潔に、残酷にそう言い放った。

 なんて速度で、なんて恐ろしい判断をするのだろう。微塵の躊躇も、嘘もない。


 一、二、――四。


 空気がピンと張りつめ、殺気立っていくのが分かる。ヴァネッタは本気だ。

 止める、べきなのだろうか。

 相手も殺気で満ちているし、実際殺しにかかってきている。


(アア ソウ ダッケ

 モウシネトカ オモッタ リコロソウ トシタリス ルノ ヤメヨ ウトオモッテタ ンダケド

 ア ンマ リイタカッ タカラワス レテタ)


 ――六、七。


 自分の断末魔が脳裏に蘇る。

 ああ、ダメだ。我慢できない止めるしかないあと三秒で。


 課金した新たな魔法。使い方は勝手に脳裏に刻まれている。


(真鳥、魔力を――)


 二本目の剣は両手大剣(ツヴァイヘンダー)ではなく、細く鋭い刺突剣(レイピア)

 紐つけられた動作は腰元からの抜き打ち。柄が手の内に現れるが、その先に刃は付いていない。透明で、何もない。しかし俺の指に、腕には、しっかりと手ごたえが伝わってくる。

 刺突剣(レイピア)の先端は背中からヴァネッタの心臓を貫通し、そのままじわりと、柄から離れ、彼女の胸の中で溶けていった。


「な……」

 ヴァネッタは背後からの不意打ちに胸を抑えてうずくまってしまう。

 足元の魔方陣と、竜巻の巫女を拘禁していた光の輪が音もなく解けていく。


 竜巻の巫女は息を荒げながら身を起こしたが、自由にさせるつもりはなかった。右足を踏み込んで腕を真っすぐに突き出す。何メートル離れていようと、この見えない刃は届く。宙に浮いて逃げようとした巫女に瞬く間に追いすがり、胴体を腎臓の裏から刺し貫く。

 声もなく地面に落ちた竜巻の巫女に目をやる暇もなく、こめかみに銀の針が襲い掛かってきた。視認できたのは二度目だったのと、真鳥の魔法で感覚が鋭くなっているおかげだった。

 それでも避けきれずに耳が斬り裂かれたが、代わりに針の飛んできた方向に、腕を伸ばすことはできた。

 ――刺さった、手ごたえ。


      〇


(その剣には『分け身』の魔法を込めている)

 エーコさんとの交した覚えもない会話が、脳裏に蘇る。

(攻勢の精神感応(テレパス)とでも説明しようか。君自身の精神体のコピーが刺した対象に不完全に混ざるんだ。君の価値観、君の感情、君の思考。そういうものが、突き刺した相手に楔のように打ち込まれる)

(ろ、ろくでもない……。なんですかその魔法。もっと分かりやすく攻撃力が高いのがいいんですけど)

(攻撃力は高いよ。要するに相手の精神体をぐちゃぐちゃにするわけだから。君の精神力次第では、好き勝手に動かしたり、味方につけたり、やりたい放題だよ。五十万の価値はあると思うな)

(気色悪いなぁ。っていうかそれ、意思のない死体に効くんですか?)

(むしろ死体向けだよ。相手に抵抗する意思がなければ、君の思い通りってことさ。とりあえず死体を見つけたら突き刺しときなさい)

(……軽く言いますけど。なんかこう、俺がもう一人増えるってうんざりすぎるんですけど。しかも増やしたらもう、元には戻せないんですよね)

(ああ大丈夫大丈夫。もう一回刺して捻ったら直るようにしとくから)

(んな適当な)

(バグを植え付けてバグを取り除くだけのことだよ、新人くん。――ま、用法用量はよく考えて使いなね。なにせ、今の君って、死んだばかりだからさ)


(一度死んだ人間の精神体が混ざるって、経験ない生き物にとっては、猛毒だよ)


      〇


「あああああああああ」

 洞窟で俺が漏らしたような虚ろな悲鳴が、剣先を通じて響いてくる。

 倒れた感触がした。思ったより近くの木の傍に隠れていたようだった。

 

 そう、その何もかもがぐずぐずに溶けて、奈落の底に落ちていく感覚。

 ――分かち合うべきじゃないんだろうけど。分かってもらえて、ちょっと嬉しい。


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