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2:ハープで皆殺し

 後ろも向かずに逃げていると、丘の稜線を少し下った辺りに小さな男の姿が見えた。緋色に染めた目立つ胴当てをつけている小太りの男で、手招きをしながらなにやら叫んでいるのだが、うまく聞き取ることができない。よく見ると、背中に斧のような武器を背負ってもいる。

「あれは敵? 味方?」と走りながら真鳥に尋ねる。

「ここに住んでる、庭の人(ティアンス)だと思う。たぶん味方」

「たぶん?」

「じゃあ絶対」

 頼りないなぁと思いつつも、他に当てがない。高度を下げすぎないように走りながら少しずつ男の方へ寄っていく。男は短い脚を小動物のように素早く回転させて走り、あっという間に隣に付いた。

「――、――」

 喚きながら前方を指さしてくる。何かあるのかと目を凝らしながら見つめると、稜線の斜面に沿って、白い天幕のような布の仕切りが張られているのが小さく見えた。

 ……遠い。

 振り返ると、大きな骨格が丘の頂上付近に立って、こちらの様子をうかがっている。――追ってきている、のか? 息が上がる。少し気を抜いた途端、足の重さが無視できなくなってきた。

「は……はぁ……」

 足を緩めて息を整えていると、小太りの男が喚きながら天幕の方を指さして、苛立たしげに睨んでくる。走れと言いたいのだろう。分かってはいるが、足が……。


「今がチャンス、かな?」

 真鳥は深く何度か呼吸して、俺よりも早く息を整えると、

「服部くん。今から魔法使うから、絶対に動かないでね」と不穏なことを言った。

「動くなって、言われても……」

 骨格は大型の猿のような、中腰にも似た前傾姿勢のままじっとこちらを睨んでいる。

「こっちに来たらどうすんの?」

「間に合うから、とにかく動かないで」

 俺の腕を引っ張ってすぐ傍に立たせると、真鳥は目を閉じ、両手を胸の前に掲げて、ピアノでも弾くかのように指を細かく動かしながら、腕を水平に揺らし始める。


 真鳥の妙な動きが引き金になったのか、骨格が長い脚を一歩二歩と前に出して、少しずつ距離を詰めてきた。腕は振らず、むしろゴリラのように拳を地面について、疑似的な四足歩行のように歩いてくる。――速い。緩慢な動きのようにも見えるのに、体格のせいであっという間に距離が縮まる。

「やばいって、やばいって」

「うーごーかないでー」

 喚く俺たちの姿を見かねたのか、斧を背負った小男がじれったそうに戻ってくる。無精に生えた髭を落ち着かなさげに撫でまわし、もう片方の手で懸命に天幕の方を指さす。――あぁ、いい人だ。この人は絶対に味方だ。


『暁の魔女が命ずる。あなたも動くな!』


 真鳥は突然、耳をつんざくような大声でそう叫んだ。――奥歯が何本か虫歯になったようなどぎつい痛みが耳を走り抜け、世界から音が飛ぶ。なんだ? 鼓膜が、やぶれたのか? 静まり返った丘の上で、真鳥の腕と十本の指だけがひっきりなしに動いている。激しい指の動きにまぎれて、稲妻のようなチカチカする光が瞬き始める。

「――!」

 斧を背負った小男は覚悟を決めたかのように、俺たちの一歩前に仁王立ちして、背中の斧をゆっくりと抜き放つ。何がなんだか分からない間にも、骨格はいよいよ間近まで迫ってくる。――大きい。さっき羊に似た獣を沼に引きずり込んでいたのとは別の骨なのだろうか。体をかがめて歩いているのに、バスと同じくらいの体高だ。欠けている部分は見受けられず、指の先の骨までしっかりと一式揃っている。

 ――どうする。

 も何も、逃げようったってもう間に合わない。真鳥の魔法とやらを信じる他ない。

 真鳥の指先からほとばしる光は次第に強くなり、足元に零れ落ちて、陣のような紋様を形作り始める。魔法陣、のようなものか。しかし、間に合うのか? 骨格はいよいよ体育館の二面コートの向かいくらいの位置にまで近づいてきている。

 小男が不安そうにそっと真鳥の方を振り返る。太い眉毛を歪めて情けない顔になっている。俺も似たような顔をしていることだろう。その後ろからいよいよ骨格が迫る。四足歩行をやめて、まるで野球の投球動作のように、腰を伸ばして思い切り腕を振りかぶる。――まずい。射程距離だ。あの高さから骨密度の高そうな拳を振り下ろされたら三人もろとも潰されかねない。

『よし、間に合った』と真鳥は嬉しそうに目を開けたが、どう考えても間に合ってない。恐怖にすくんで足が一歩も動かないのに、頭の回転だけが妙に速い。意味のないモノローグが空転する。死ぬにあたって何かもっと大事なことを考えようと思っているのに、それがなんだか分からない。


『動いてよし!』


 真鳥は早口でそう怒鳴る。なんて大きな声だ。――と思ったところで、いつの間にか聴力が戻っていることに気が付く。さっきまでの静寂が嘘のようだ。動いてよし? あ、そうなんだ。動いていいんだったら逃げるけど、本当にいいんだよね? いやダメでしょ。間に合わんでしょ。

 などと取り留めのないことを考えている間に、

「おおおおおおおお!」

 小男が雄たけびを上げて骨格に突っ込んでいってしまう。おいおいまじかよ。それにしても、何故拳が振り下ろされていないのだろう。おっかなびっくりチラリと上空を見ると、まだずいぶんと高いところにある。あれ、もしかして間に合う? 半信半疑で脚を一歩動かしてみると、――体が軽い。まるでトランポリンの上を跳ねているみたいに、すごい勢いで体が後ろに飛んでいく。

 かなり遅れて拳が地面に打ち下ろされる。俺の体はまだ地面に落ちないまま、ぐんぐん骨格から遠ざかっていく。どうなってる。とにかく地に足を付けないと。身をかがめて、なんとか指先で手近な草をひっつかむ。草はずるりと根っこごと抜けてしまったが、ようやく地面にスニーカーの底がついた。しかしまだ勢いが止まらない。ずるずると土埃を上げながら後ろにずれて、ほとんどスニーカーが土の中に埋まってしまったくらいになって、ようやく体の勢いが止まる。

 遠ざかり、小さく見えるようになった骨格の足元を、小男が雄たけびを上げながら斧で切り崩しにかかっているのが見える。パキン、パリンとガラスが割れるような乾いた音がして、骨格の脛骨や膝が力任せに折られていく。骨格は地面に膝をつきながらも拳を振り回して小男を捕まえようとするが、小男は蚊や蠅のように骨格の周りを飛び回りながら、背骨や腰の骨にも一撃を加えていく。――見事なものだ。


『服部くーん』

 骨格と小男が戦う位置からはかなり離れた丘の頂上付近で、真鳥がぴょんぴょんとダンスダンスレボリューションでも踊るかのように脚をばたつかせながら、こちらに向かって手を振っている。

『真鳥ー、これどうなってんのー?』

 叫んでから、自分の声も真鳥と同じくらい大きくなっていることに気が付く。まるで体全体がスピーカーになってしまったように声が響いて、喉がはずんでいるのが分かる。

快速(タクス)の魔法なんだけど、ちょっと強くかけすぎちゃって』

『タクスー?』

『体が丈夫になって、特に足が速くなる魔法なのー』

『速いっつーか、うかつに動いたら沼に飛んでってそのままぼちゃんしちゃいそうなんだけどー』

『気を付けてー。私はこのまま魔法で庭の人(ティアンス)を援護するから、天幕の方に行って、何か武器もらってきてー』

『ぶきー?』

『魔女が使うぶきー。たぶん一族が何か残してくれてるはずだからー。お願いねー』

 

 たぶんが多いなぁと不満に思いながらも、言われるままに天幕の方を向く。丘の傾斜を計算に入れて、ちょっと力を抜いてジャンプすれば、ちょうど天幕の手前の頂上付近で止まれる……んじゃないかと思う。自信はないけど。

 立ち幅跳びの要領で、抑え目に勢いをつけて地面を踏み切る。――あ、ダメだこれ。思ったより高度が出ている。まるでジェットコースターの落ちる寸前みたいな胃袋の裏返り方だ。脚をじたばたさせても空中だからどうにもならない。思っていた斜面を大きく越えて、天幕に囲われた敷地のただ中に突っ込んでしまう。

『ぐっほ……』

 顔から地面に突っ込んでしまい、一瞬天地が分からなくなった。体の前面が痛い。小学校のときに飛び込みを失敗して腹を水面に打ち付けたときのあの痛みが、骨に染み入るようにして体の中に食い込んでくる。

 息がうまく吸えない。痛みで手足をじたばたさせると、土がまるでプリンにでもなったかのように、軽々とかき分けられて穴が大きくなる。湿った土は一掻きするごとに空気と似たような腐臭を放つ。――沼に浸かっていない地面なのに、少し掘るだけでこうも臭うのか。

 臭気のおかげで、体に合わせて変になっていた脳みそのテンションが戻ってきた。ともかく穴から顔を出して様子をうかがう。天幕の中には思ったより人がいた。いずれも小男で、みな思い思いの胴当てや大盾で武装して、遠巻きにこちらの様子をうかがっている。背負っている武器はいずれも斧や槌などの重量級で、刃の先をずるずると引きずっている不格好なのもいる。――なるほど、骨の塊と戦うのだから、斧のような叩き潰せる武器じゃないと役に立たないのだろう。あんなスカスカな相手に弓矢を引いてもどうにもなるまい。


『何者だ、貴様!』と斧を構えた小男の一人が威嚇してくる。さっきまでは何を言っているのかまるで聞き取れなかったのだが、真鳥の魔法の影響か、言葉として理解できる。日本語とは異なる、なんとなくユーモラスに聞こえる響きの言葉だった。


『えーっと、その』

 そのつもりはないのに大声が出てしまい、小男たちは耐えがたそうに武器を取り落として耳をふさいだ。

『すいません』とかすれ声で声をかけ直す。

『俺は暁の魔女の使いっぱしりなんですけど、何か武器ないですかね。魔女が使う武器。たぶん杖とか宝剣とか、そんな感じのものだと思うんだけど』


『魔女だと!』と威嚇してきた小男が目を丸くする。『暁の魔女が来ているというのか!』

『今、あっちの丘の上で骨と戦ってるところなんです。お仲間の、緋色の胴当てつけてるかっちょいいおっさんも一緒に』

『アーズァンダーめ、抜け駆けをしおる』と小男たちは顔を見合わせていきり立つ。どうやらかなり好戦的な連中らしい。

『それで、魔女が使う武器とかないですかね』

『そんなものは知らん。巫女に聞け。俺たちは先に行くぞ』

『巫女?』

『何処ぞで寝ているだろう。勝手に探せ。その大声でな。いくぞみな、アーズァンダーに一番手柄を取られるなどあってはならん』

 小男たちは口々に喚きながら天幕の外へと飛び出していく。――やばいな。彼らに魔法はかかっていない。アーズァンダーと呼ばれているらしい緋色の胴当てのおっさんがうまいこと持ちこたえてくれていればいいが、少しでも力加減を間違えたなら、今頃俺みたいに地面に埋まっているかもしれない。あるいは沼に飛び込んでぼちゃんだ。

『巫女さーん』

 と控えめな声で呼びかけてみる。

 返事はない。

『巫女さーん』

『聞こえてる聞こえてますから大声やめなさい!』と、突然金切り声が天幕の奥から聞こえてくる。


 やがて物陰から姿を現したのは、小男たちとは似つかない、ほっそりした体格の背の高い女だった。体のラインが浮き出た白いワンピースに青いふんわりとしたカーディガンのような上着を合わせているが、何より目立つのが足元まで伸びた長い髪だ。青みがかった神秘的な輝きをしていて、いかにも魔法がかっている。澄んだ瞳の美人だが、眉根を寄せて苦しげな顔つきだ。俺の大声のせいだろう。

『えーっとなんと申しますか、魔女の使いっぱしりの服部圭太と言いまして』とかすれ声で挨拶をする。

「聞こえていました。魔女の武器をお探しなのでしょう?」

『はい。心当たりあります?』

『あいにくですが、武器の類は受け継がれていないんです。我々庭の人(ティアンス)が暁の魔女より賜ったのは、助力を請うための儀式に使う幾つかの楽器のみでして』

『楽器……。あ、たぶんそれです。さっき真鳥はエアピアノで魔法使ってましたから』

『エアピアノ……? なるものはありません。伝わっているのは羽肋弦(うろくげん)と三弁、四弁です』

『どれでもいいから一つ持ってきてください』

 巫女はいそいそと奥の天幕に入り、すぐにハープのような楽器を携えて戻ってきた。金色に輝いた豪奢な作りで、支柱の上にルビーのような赤い宝石が飾られている。いかにも伝説のお宝という感じの楽器だった。

『それ、お借りできます?』

 ゆっくりと慎重に手をついて穴から抜け出し、手に付いた泥をジーパンで拭う。

『はい……』

 巫女はためらいがちにハープを俺に差し出した。儀式で使っていたのだろうか、弦の張りは申し分なさそうだ。壊さないよう、羽毛をつまむようにそっと支柱の部分を掴む。

『下がっててください』

『あの、暁の魔女様はいずこに……』

『今、戦闘中ですから。とにかくもうちょっと下がってください』

 巫女はしぶしぶといった様子で天幕の後ろに隠れる。

 ――さっきの失敗で少しコツが分かった。とにかく体重をかけずに軽く踏み込むこと。上ではなくまっすぐ前を目指してつま先を蹴ること。それだけ守れば、変に浮き上がってしまうことだけは防げるはずだ。

 軽く、踏み込む。天幕のぎりぎり上を越えて、丘の斜面に突き当たる。踏ん張るんじゃなくて、軽く、軽く――よし、地面を蹴って方向転換することができた。魔法のおかげか、なんとなく運動神経もよくなっている気がするな。この鼻につく腐った向かい風さえなければ、さぞ快適だろうに。


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら途中で小男たちの一群を追い越し、骨格とアーズァンダーが戦っている丘の手前までひとっとびにする。――と思ったのだが、手前でうまく止まれない。

『こっちこっち』

 真鳥の呼ぶ方に飛ぶ。あ、まずい。つま先に力を込めすぎた。このままじゃ真鳥と正面衝突してしまう。

『真鳥、避けてくれ』

『受け止めるから後ろ向いて、ハープ抱きかかえて』

 とっさに言われた通りにすると、背中に柔らかいものが当たる感触がして、ついでものすごい衝撃に襲われた。こらえていたはずの首が引き抜かれたように後ろに振り切れて、後頭部が真鳥のおでこに直撃する。

『ったい』

 真鳥はちぎれるかと思うくらい俺の肩を強く掴んで抱きとめた。

『早くどいてよ』

 脳がしゃかりき揺らされてしまったせいか、手足に力が入らない。大丈夫だろうか? まだ頭の中にちゃんと収まっているだろうかと心配になってくる。

 激突の衝撃で塹壕のようにえぐれてしまった丘の斜面に半分埋まった脚を引き抜いた真鳥は、倒れている俺の手元からハープを奪い取る。

『よかった。壊れてない』

 真鳥の後を追ってなんとか這い出す。ぼやけた視界の片隅で、アーズァンダーが巨大な骨をしつこく切り刻みながら飛び回っている。偉いものだ。こんな下手くそな魔法に合わせてうまいこと斧を振るなんて、よほどの達人でもなければできない芸当だろう。


『……服部くん、耳、ふさいどいてね』

 真鳥は不穏なことを言いながら、地べたに座ってハープを担ぎ、演奏する体勢に入った。

 ――ハープ、弾けるんだろうか。

 そういやさっき、軽音部だけどピアノしか弾けないとか、坂道の途中で言ってなかったっけ……?


 人差し指で念入りに耳をふさいで『どうぞ』というと、真鳥は快速の魔法がかかったままの指で、大雑把に、しごく大雑把に、ハープの弦をじゃこじゃこじゃこじゃことえぐったらしい不協和音で掻きならした。

 

『んぐああああああ』

 悲鳴を上げたのは俺か、それとも達人アーズァンダーか。おそらくはどちらもだったろう。七転八倒の苦しみに耐えかね演奏をやめさせるべく手を伸ばしたが、真鳥はすがる俺を容赦なく蹴とばしてじゃこじゃこじゃこじゃこと演奏を続ける。息が、息が吸えない。苦しくて仕方がない。体中の骨という骨に痛みが走っている。むき出しの神経をごつい岩で殴られ続けているようなとんでもない刺激に体が勝手に浮き上がり、宙を舞っては地面にたたき落される。

『効いてる効いてる!』

 真鳥は嬉しそうにそう言って、なおも弦を弾く手を止めようとしない。色を失っていく視界の端に、沼の方へと転げるようにして逃げ去っていく骨格の姿が見て取れた。だよな。この痛み、骨に響くもんな。あれだけ大きな骨を持っていてはさぞや痛むことだろう。

 巨大骨格も、俺も、達人アーズァンダーも、おそらくは遠くの小男たちや巫女も、このままだと痛みに耐えかねて気が狂ってしまう。なんとかしなければ。自分だけは平気そうな真鳥をなんとかして止めなければならない。巨人の庭のあらゆる骨が砕け散るか否か、今が正念場だ。

 俺は死に際の集中力で体の痙攣を押しとどめ、ほとんど霞んだ目を懸命に見開き、どうにかしようともう一度、腕を音の聞こえてくる方向に伸ばした。何か柔らかいものを掴んだような気もしたが、それがなんだったのか、はっきりとは分からない。


 再び気が付いたときには、丘の周囲はすっかり静かになっていた。

 顔を起こすと、

「大丈夫?」と心配そうに見つめる真鳥の姿がある。まだ呪いのハープを大事そうに抱えて、いつでも弾ける体勢のまま座っている。

「それやめて」

「ほら、見てよ」

 真鳥は俺の懇願をさえぎって、麓に広がる沼を指さした。

「あんなにたくさん、逃げてくよ」

 体を起こして見下ろすと、沼の様子は一変していた。水の中に潜んでいたのであろう大小さまざまな骨格たちが、我先にと丘の反対側へざぶざぶ泥水をかき分けて逃げていく。――百や二百どころの数ではない。あの大きさであれだけの数。まともに戦っては切りがなかっただろう。

「け、結果オーライだよね」

 真鳥はぎこちなく微笑んで、ようやくハープを草の上に置いてくれた。

 いつの間にか快速の魔法は切れている。何故だか左頬がひどく痛むが、体の他の部分に痛みはない。だが、耳の奥で今も残響している不愉快な耳鳴りだけは、しばらく収まりそうもない。

 向こうの丘では達人アーズァンダーが魂の抜けたような力のないあぐらを掻いて、ぼんやりと空を見つめている。小さく手を振ってみたが、何の反応もない。完全な放心状態だ。


「真鳥」

「なに?」

「帰りたいです」

「……うん。もうちょっと待ってね。現地の人に事情を聞きたいし」

 真鳥はやる気満々で欲張ったことを言っているが、まあ、すぐに気づくだろう。事情が聞けるような状態の庭の人(ティアンス)は、一人もいないということに。


 この耳鳴りが収まるのに、一体どれだけかかるのだろうか……。


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