かみさまのひとりごと
「ななせはね、みんなのお願い事を叶えにやって来たんですよ」
鼻歌交じりにクレヨンを滑らせながら、彼女はつぶやく。
一人、暗い屋上で。ノートを広げながら。
「七不思議が本当にいたらいいのに。願いを叶えてくれたらいいのに。人が死んだら面白いのに。皆が呼んだから、ななせは下りてきたのです。ななせは偉い神様ですから、応えてあげるのです。よい子の皆はななせの大事なお客様だもの」
ノートはいかにも手作りで、表紙には「七星小学校 七不思議のノート」と書いてあった。
彼女はそこに、ゆらゆら身体を揺らしながらクレヨンで書き込みをしている。一度止めて、幼い少女は暗闇の空を仰ぐ。
「でもね、一つだけ不満なのです。ななせは七星小学校旧校舎の神様。ここから出られない。出たら校舎が崩れてしまう。それはいけません。ななせはここの守り神なのですから……」
彼女は笑う。一が無邪気で邪悪だと感じた微笑みを浮かべる。その口はどこか歪んだ月に似ていた。
「だから。出られないのなら、来てもらいます。お友達はななせがお呼びして招くのです。一人は寂しいです。退屈です。このままは嫌です。ななせはたくさん遊びたいのです。みんなでげえむがしたいのです。でも、あんまりぞろぞろやってこられるのも大変だわ。だから一度に招くのは六人までにしましょう。ななせもいれて七人。ちょうどいい数字!」
歌うように独り言を繰り返しながら、彼女は彼女の新たなルールをノートに書き込んでいる。
七星小学校旧校舎には本物の怪異が存在した。そして七番目の怪異はもう、語られるだけの存在ではない。
不完全な七不思議を完全にし、その頂点に選ばれた彼女には力がある。
人を呪い、祝う力が。
少女は誰にともなく話し続ける。いや、聞き手は常に存在する。
支配者を敬愛する七不思議たちと学校の怪異たちは、いつだって彼女のすることに注目している。今も静かに闇の中にうずくまりながら、その愛らしい言葉に耳を傾けている。
「それにね、ななせは気が付いたのです。ななせの叶えなければいけないお願い事は一つ。じゃあ――みんなが帰りたいってお願いしなければ、帰さなくってもいいんですよね?」
七不思議たちは口々に賛同する。彼らの正義は幼い少女だ。彼女の望みならなんでも叶える。
子どもたちは知らず知らずのうちに彼女に力を与え続けるだろう。彼女は神様。人が語り、信仰し続けている限り存在し続ける。そしてその数が多ければ多いほど、より強力になる。
少女はクレヨンを置くと、ノートを閉じ、スカートをはらって立ち上がる。生温かい風が吹いて彼女の黒髪をさらっていこうとする。
「さあ、時間になりました。今日はどんな人が来てくれるでしょう」
屋上の端に歩いて行って下を見下ろせば、墓の群れたちが現れる所である。今宵の参加者たちを遠目に眺めながら、少女はふとつぶやく。
「できればはじめちゃんみたいな、いい子が来てくれるといいなあ。はじめちゃん、帰ってきてくれないのかなあ。遠くに行っちゃうなんてひどいなあ。ななせ、今では色々できるし、もう一回呼んじゃおうかなあ」
彼女には一点の邪気もない。ほんの少し孤独を満たしたいと言う欲求に忠実なだけである。彼女の些細な願いはやがて叶い、少年は再び校舎の屋上に戻ってくるだろう。一度願い事を叶えた人間の言う事はもう聞いてあげられないが、ななせを呼ぶ限り少年と彼女のきずなは切れない。ならば彼女から彼に呼びかけることができる。
旧校舎の中に入ってきてくれれば彼女はすぐにでも彼を友達にできる。彼が足を一歩、屋上から踏み出せばそれで事足りるのだから。
ああ、その時が楽しみだ。
美しい少女の細められた目はどこまでも黒く、夜の闇より深い色に満ちていた。すべてを飲み込んでしまうかのように、黒く、黒く。暗い空を、見つめて。




