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ななせさまと七不思議 中

 しばらくの間呆然と突っ立っていたはじめだったが、やがて我に返る。

 旧校舎の下駄箱は綺麗だった。内部は外部の見た目と違っていかにも普通の学校だった。どころか、新築のように明るく汚れもみられない。しかも電気が点いている。


(勘弁してくれ……)


 一縷の望みをかけてUターンし手をかけた玄関の扉は、案の定びくともしない。恐る恐る廊下に踏み出してみると、人気のないが綺麗な学校の景色が広がっている。


(建物っていうのは、人がいない、それだけで怖くなるものなんだな)


 一はそんなことを思いつつ、しかしいかにも廃墟じみた暗い場所でなかったことに安堵をしていることにも気が付いた。


(暗かったら何より雰囲気が嫌だし。それにまず、明かりの確保からしないといけないし。腐敗してたら、そもそも歩けないし。だからこれで良かったんだ、うん)


 彼は恐る恐る周囲を見回し、ふと自分に目を下ろす。


(なんだろう、これ?)


 左胸に見覚えのないものがあった。安全ピンで制服に留められている。シャツを引っ張って見てみると、星形、いや七角形のバッジのようだった。何か書いてある。


(きむら はじめ よいこのあかし……? もう名前も知られてんのかよ)


 ひっくり返すと裏側にも何か書いてある。


(たいせつな おまもり あなたを まもる なくさないように)


 ハア、とため息を吐き出して一は再び周囲を見る。


(僕はどうすりゃいいんだ。玄関は開かない。となればたぶん建物内に行くっきゃない。広瀬たちはどうなった? あの子はどこに行った? と言うかなんだったんだよ、さっきの墓は。変な事が一度に起こりすぎて頭がパンクしそうだ……)


 立ち尽くしていた時間はあまり長くなかった。一はぼーっとしているよりは忙しく考えていたり身体を動かすのが好きな方なのである。


(ここで動かないってのもありだが、もうこうなったら行こう。状況からして、信じたくないが……ここは旧校舎。裏旧校舎って奴だろう。だとしたら、七不思議がいるはずだ。七不思議全部と会えば、旧校舎から出られる。そういうルールだったはず)


 彼は一瞬だけ踏み出すかどうか迷ってから、廊下に上がった。迷ったのは土足だったからだ。だが、スリッパだの上履きだのはさすがに置いていなかったようだし、置いていたとしてもこんな得体のしれない所のものを使いたくない。

 なんとなく下駄箱から右側に曲がって廊下を歩き出しながら、考える。


(なんだったっけ。七不思議。怖いしばかばかしいし、何だか口にしちゃいけないような気がして前は避けてたけど、僕だって七星小学校の生徒だった。一通りは聞いたし読んだはず)


 ちらっと見た窓から見える外は暗く、闇が広がっていてそれ以上のものは見えない。見えてほしいような、さっきの墓がもう一度見えるぐらいならこのまま暗いままであってほしいような。

 これ以上おかしなものが見えないように下を向きながら、一はとぼとぼ歩く。昔クラスメイト達がこぞって話しまくっていた七不思議の噂。そしてその対処法。今懸命に、それの記憶を手繰ろうとしていた。


「うわっ!?」


 急に物音がして、彼は大声を上げるのと同時に震え上がる。


「だっ、誰だよ!?」


 教室から誰かの笑い声が聞こえてくる。すぐ横から複数名。けらけら笑うそれは走る音と一緒に遠くなり、バン、と何かを叩く音。同時に、一の進行方向、廊下の上にペンキで乱暴に書いたような大きな矢印が出現した。


(……このまま、行けと?)


 笑い声はもう聞こえない。心臓はバクバクとうるさく鳴っている。きっと顔面蒼白、歯まで鳴りだしそうだ。


(行きたくない。今すぐ身を翻して駆けだして、玄関開けて逃げ出したい)


 しかし同時に、彼は思い出していた。


(七不思議は、言う事を聞く良い子に、優しい……)


 一が喚きださず妙に冷静でいられるのは、起こっている怪奇現象が彼の予想外過ぎて感覚が麻痺してしまっているからだ。あと、怖い事があると分析してやり過ごそうとする生来の癖のせいもあるだろう。肝試しに連れて行かれて脅かされると、彼は必死に冷静に頭を回して、それが脅かし係の仕業、あるいは自然のちょっとした偶然であることを探り出し、それで自らを安心させてきた。

 残念ながら人為でも自然でもない現状ではその癖は本来の効果を発揮してはくれなかったが、有益なヒントは与えてくれた。


(そうだ。僕をここに連れてきたあの子がななせさまなら……ななせさまを怒らせるようなことをしては、いけない。なんて言ったっけ? 一緒に遊びましょう。……そう、ルールを守って、七不思議と遊んでやればいい)


 震える足を励まして矢印の方に歩いていく。追い越して振り返るとそれはすっと消えていき、一の進行方向に新たな矢印となって現れる。見るからに先に行けと誘導していた。

 廊下からまっすぐ階段へと伸びたそれは、階段を上がるように指示している。2階へ上がると、そこから廊下に出てすぐ右に曲がれと矢印は言っている。

 彼は矢印の案内する目標地点らしいところで立ち止まった。


(二階女子トイレ、それとたぶん東側……そうか、ここは確か、合わせ鏡)


 二階東の女子トイレには、なぜか水道上にある鏡と反対側に無意味にもう一つ鏡が設置されており、それらが合わせ鏡となっている。七不思議の一つだった。


(七不思議ノートには、三番目に書いてあったっけ)


 旧校舎の七不思議は子どもたちの噂でできていた。伝言ゲームのようなそれは、場所や人によって時々変わる。一番目が校庭の墓、七番目がななせさまであることは共通しているが、それ以外の七不思議は結構順番が雑だったと彼は記憶している。


 ともかく、合わせ鏡の対処法なら簡単だ。鏡は覗き込んだ人間に何かおかしなものを見せる。だから覗き込まなければいい。


(そうだ。片方に覆いをしてしまえばいい)


 彼はごそごそとポケットを漁って、すぐに目当ての物が出てきたことにほっとする。


(持っててよかった、ハンカチ。あとサイズが大きい奴で助かった)


 一は注意深くそれを広げ、目の前を覆うように広げて女子トイレに足を踏み入れる。禁断の花園に入れた感想は、と悪友なら喜ぶかもしれないが、彼にとって今の状況は処刑台に上がっているのと大差ない。


 入ってすぐ右側に水道が見える。トイレの内装といい鏡といい、新品のように真新しい。ちらっと見えた反射の仕方からしてさぞかしよく映るだろう。今は変なモノが映ったら困るのだが。

 一が目指すのは逆側の壁についている方の鏡だ。覗かないように、けれど場所は確認できるように、ハンカチの端から見える景色を頼りに慎重に進んでいき、やがて到達する。一がそっと鏡の端に器用にハンカチをひっかけて離れた瞬間、トイレの中から笑い声が上がる。


「う、あああ!」


 彼は叫んで尻餅をつく。その勢いでハンカチが落ちてしまうかとも思ったが、どうにかなったようだ。

 ちかちかと急に明るく光っていた電気が瞬きはじめ、バシバシバシ、と断続的に何かを叩くような音がする。震えながら一が座り込んだトイレの足元を見ると、ペンキのような文字が殴り書きされていた。


「かがみん できた」


 かがみんが鏡のことなのか、と思い当たったのは、全身を震わせながらトイレを這いつくばるように出て深呼吸を重ね、どうにかまた歩き出せるようになってからだった。

 そういえば校庭のあれのことを、彼女はぼーちゃんと呼んでいた気がする。

 墓、墓地、ぼーちゃん……。

 ネーミングセンスにくらりとするのを感じながらも、彼は親切な矢印に従って再び廊下を歩きはじめる。


 次は同じ二階の職員室でカギを取ってから(本当に親切な事に先に職員室に案内されたのだ)、三階の理科室へ。骸骨だの人体模型だのその他よくわからない生物の標本だのが、扉を開けた瞬間ガタガタ音を立てて笑い、動き出した。あらかじめわかっていても実際見ると絶叫せずにいられない。速やかに扉を閉めて鍵をかけなおすと、「りかさん できた」と廊下の壁に文字が浮かび上がった。頭をかきむしって泣きたかったが、なんとかこらえた。


 次の音楽室に向かうべく歩いていると、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてくる。

 彼は落ち着いて深呼吸してから振り返る。金の目の黒猫が彼の後ろにぴったりくっついていて、にゃあごう、と鳴いた。

 廊下の猫。


(こいつは確か、機嫌をそこねたら食べられてしまう……機嫌をそこねるって、どうしたらなるんだよ? と言うか、どうすれば追っ払えるんだよ!?)


 震えあがる一を金の目がひたと見つめている。バシバシバシ。何度か聞いた文字を叩きつける音が聞こえた。彼が廊下を見回すと、再度文字が出現している。


「おなか へってる かていかしつに いって ごはんを あげる」


 大人しく指示通りに一階家庭科室まで降りていくと、ぽつんと調理台の上に魚の乗った皿が置いてある。猫は廊下にいる間はずっと鳴きながらくっついてくるが、階段に行ったり教室に入ったりすると消えてしまう。皿をそっと廊下に持っていって置いてやると、すごい勢いで走ってきてあっという間に平らげてしまった。


「にゃーご できた」


 食べ終えた猫が行儀よく身づくろいしてどこかへ再び行ってしまうのと同時に文字が出る。一は皿を元あった場所に戻しながら、むしろ文字の出現には慣れ始めている自分に気が付いた。


 再び四階に上がり、目的の音楽室にたどり着く。机が片づけられ、ぽつんと一つだけ椅子が用意されていた。座ると、ピアノが音もなく開いて曲を奏でだす。


(……なんだっけ、この曲。月光? ともかく、音楽室のピアノはとにかく演奏の邪魔をしてはいけない。で、終わったら拍手をする)


 一は大人しくピアノの演奏を聞いていた。短かった気もするし、結構な長さだった気もする。椅子の上に大人しく座り続け、終わると惜しみなく拍手を送った。状況が状況でなければもうちょっと素直に感動できたぐらい、ピアノの演奏は素晴らしかった。

 文字の出現する音が聞こえる。ピアノの後ろの黒板に黄色い文字が浮かび上がる。


「ピアノ よろこんでる」


(そりゃ、よかったな)


 かくん、と肩の力が抜けるのを感じながら、彼は考える。


(これで確か、後は……十三階段)


 案内されるまでもなく近場だった。音楽室のすぐ横、屋上へ続く階段を、一歩一歩声を出しながら数えて上る。


「一、二、三……」


 十三段目だけ飛ばして、他は一段一段丁寧に踏んで上っていく。十三階段は面倒なやつで、十三段目を踏むと怒るが、十三段目以外を飛ばしても怒るらしいので。


 気が付くとすべて上り終えていた彼の前に、屋上への扉が沈黙している。振り返ると、天井に「だんちゃん できた」と書いてある。


(これで、六つ全部。あとは……)


 一度唾を飲み込んでから、一は屋上への扉に手をかける。ゆっくりと横に引くと、軋んだ重たい音を立てながらそれは開いた。

 屋上だけはさすがに照明がないせいか、お化け学校相応に暗い。荒くなっている自分の息の音をうるさく感じながら、一はゆっくりと足を踏み出す。


 屋上に出ると、背後でゆっくりと扉が勝手に閉まる音がする。他は暗いが、一か所だけぽつんと光っている場所があって、引き寄せられるように一はそこに歩いていく。


「来てくれたね、お兄ちゃん」


 淡く燐光を放つ少女はフェンスのようなものに手をかけて黒い空を眺めていたが、一が近づくと振り返る。

 ……服が変わっている。今度の彼女は真っ白なワンピースに、同じく真っ白な帽子をかぶっていた。そう言えば、赤いスカートを履かせるか、白いスカートを履かせるかで、女子が昔揉めていたような気がする。

 ぼんやりそんなことを思っている彼ににこにこと笑いかけながら、彼女は言った。


「わたしはななせ。七星小学校の神様。お兄ちゃん、今日は私達と一緒に遊んでくれてありがとう。楽しかったわ」


 一は思わず両腕で自分を抱え込むようにしている。震えが広がってガタガタしそうになるのを止めようとしているのだ。


「代わりに一つ、なんでも願いを叶えてあげる。お兄ちゃん、私に何をしてほしい?」


 少女の瞳は黒かったはずだ。だがその奥に、ほんのり赤い光が宿っていた。

 一はただ黙っていたが、ようやく口を開こうとして――。


 背後から、爆音がした。

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