携帯の行方は
日が暮れてきた。私と楓は、もう少しその場にとどまっていたかったが、親が心配しても面倒なので、帰ることにした。
「千紗、あんた信じる?」
ずっと無言だった楓が口を開いた。
「んー、でも今はそれが一番正しいと思うし…。」
「でも……あんなこと普通あるわけ…」
それきりまた楓は黙ってしまった。
「それじゃ、また明日!」
「うん!学校で!」
家に帰る途中、私は楓と別れた。
……またあとで、連絡してみよう。
「ただいまー!」
「おかえりー。あれ?楓ちゃん来なかったの?一緒にご飯食べようと思ってたのに…。」
「また今度誘っとくよ。」
そういうと私は自分の部屋に戻った。
「ちょっと!ご飯は!?」
「冷蔵庫に入れといて〜。」
どれくらいたったのだろう。私は部屋に入ってからずっと携帯電話とにらめっこしていた。
もう夜の9時になっていた。
…楓に連絡してみよう。
トルルルル…トルル…ガチャ
「もしもし楓?今日のことなんだけど…」
「その携帯、完全にバグってるね。」
康太の声だった。
「さ、坂口君!?」
「康太って呼んでよ。俺も千紗って呼ぶからさ。」
「え…あ…てか、なんで私の名前知ってるの?」
「なんかこっちの携帯には君の名前出てるんだよね〜。」
「まぁ、ちょうどよかった。こっちも電話かけようと思ってたんだ。」
私はあなたに電話するつもりはなかったのだが…。
「その携帯、どうすんの?」
「え?どうするって?」
「だって、聞いたところ俺以外の人と電話できないんだろ?困ることない?」
あ、そうか。この携帯、この人としか話せないんだ。
「明日にでも携帯会社に持って行ってみたら?直るかもしれないよ?」
少し間が空いた。
「そーしたいけど…」
私が口を開いた。
「もう少しこのままにしとこうかな。」
「え?なんで!?不便じゃない?」
「特に不便ってことないよ。電話以外は普通っぽいし、SNS使えばなんとかなるでしょ!」
「え………SNS??何それ?何かの単語??」
今気づいた。10年前はガラケーで電話機能なんて、ほとんどなかったんだ。
「えっと……ソーシャルネットワークサービスの略で…まぁ、現代の携帯は10年前よりずっとすごいってことよ!」
自分でも説明が下手だってことがわかった。
「なんとなくはわかったけど、とりあえず電話は大丈夫なんだね?」
「う、うん。それに、携帯会社に持ってったら、康太君と連絡できなくなるじゃん。」
「え?もしかして俺に惚れたの??」
「調子に乗らないで。」
「ごめんなさい…。」
誰とでもしそうな、ちょっとした会話。でもなぜだろう。ちょっと楽しくって、気づけば2時間もなっていた。
「あ、じゃあ俺バイトあるから!」
「え?真夜中にバイトするの?」
「俺一人暮らしだし、夜の方が時給がいいんだよ。」
ちょっと残念だったが、まだ知り合ったばかり。自分がどうこう言えるわけではなかった。
「わかった!頑張るんだよ!」
「お、おう!」
そういうと康太は電話を切った。
もしも……もしもこれが夢であったら、ずっと覚めないで欲しい。たった2時間の会話だったけれど、何でも自分のことを話せそうな男の友達が出来たのだ。もし夢だったらちょっと寂しい。
…今日は寝ないでおこう。
うん。そうしよう。