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入学試験と魔法の深遠 ④

 リオネルは競技場に立つピトロを見つめる。

 突然、石盾を顕現させたピトロ。

 参観者の多くが首を傾げ続ける。校長もリーチ先生も、カルロス、ハイナに至るまで。

 そのような反応を示さずに、笑みを浮かべているのはただ二人だけ。

 姉のアルナと兄のランスのみ。


 リオネルにはピトロの意図がさっぱり掴めそうにない。

 この箱を壊すという試験において盾の魔法を出すのに何の意味があるのか理解出来ないのだ。

 これがもし、対人戦だったり、モンスターと戦うとか言うなら意味もあるだろう。

 敵の攻撃から身を守るのは重要な戦闘要素だ。

 しかしである。

 今回に限っては全く意味がない。

 なんせ、相手は箱だ。

 ただの箱だ。

 唸ることも、魔法を使うことも、動くことさえない標的。

 攻撃をしてこない相手に対して盾を顕現させることに何の意味があるのか。


 ――まあ、とにかく観察する事だな。

 リオネルは何とか意図を見出そうとする。

 ピトロが顕現させた石盾は直径1メートルくらいだろうか。

 あの日見たような詳細なレリーフは無い。

 それでも、模様をつけないとピトロの芸術的魂の気が済まないのか、正三角形の溝が彫られていた。

 しかし、内側の特徴が少ない分、外側が変わっていた。

 円形ではあったが、分厚い縁の表面がギザギザと棘のように突き出していてそれが全周を巡っている。

 ――あの縁で殴られたら痛そうだな。

 リオネルはどうでも良い感想を抱いた。

 実際に、長大な先の尖った盾は相手の足先を潰すのに使用される事も有るのだ。

 もっとも、実戦で役立ちそうな盾だということは分ったが、この場では無用の長物にしか見えない。


「いったい、どうする気なんじゃろう。」


 思わず、校長が声を漏らす。

 それは皆を代表した感想だった。

 ピトロはそんな観客を置いてきぼりにして次の行動へと移る。

 パンっと軽快な音を出して手を打った。

 すると、3本の石矢がすっとんできて、石盾の正三角形の溝に嵌る。

 ――え?

 次にピトロは石盾の向きをずらせた。

 円形の中心が自分ではなく、横に向くように。

 縁をピトロ自身と箱の方へと向けて。

 ――あ!

 火矢が石盾の溝に嵌った石矢に重なると同時に、ピトロが小声で呪文を呟き、腕をグルンと回す。

 火矢によるブーストを受けた石矢がそれぞれの本来の活動を始めた。

 即ち、一直線へと前に進むこと。

 しかし、それは叶わない。

 石盾に嵌った3本の矢は正確に120度ずつずれたベクトルを示す。

 モーメントゼロ。

 そこに顕現する運動は、回転。

 そう。石の盾は回転を始めていた。

 そして、ピトロが手を下に振り降ろす合図と共に、地面に触れる。

 触れたと思った瞬間には、砂煙をモウモウと撒き散らしながら硬石製の箱へと到達していた。

 ガガガッ、ガリガリガリガリガリ。

 獣が爪とぎをするような、その何倍も大きな音を撒き散らす。

 石片の煙の中で、時折火花を放ちながら回転する石盾はガリガリと硬石製の箱を削っていく。

 縁から尖って出ている棘が自らをすり減らしながら容赦なく箱の外皮を削る。

 その様子は既に唯の石盾とは思えなかった。

 まるで意志ある怒れる獣が如く。

 己の身を削ってでも、自らの強さを証明せんとする狂気の獣だ。

 一方、ピトロはと言えば、時折20センチくらいの火矢を3本生み出しては、燃料補給の要領で石矢にブーストをかけ直しているだけだ。

 魔獣と化した石盾は正面を削りとって崩し終わると、そのまま、箱の天井部分と床部分をガリガリと削っていく。

 ついには、反対側へと到達して爆音と砂塵を撒き散らしながら、ついに貫通した。

 そのまま慣性の法則で競技場の端へと転がっていき、結界の張り巡らされた壁に衝突した。

 しばらく、結界までも喰い破ろうとガリガリやっていたが魔法の効果時間が切れたのか、魔獣となった石盾は消失した。

 箱の方は真っ二つにされて、左右に割れてしまっていた。

 当然ながら、破壊判定の赤い旗が振られる。


 ピトロは硬石製をパスした。

 参観者達の度肝を抜いて。




「とんでもないな。」


 リーチ先生がポツリと呟く。

 それしか感想が出てこなかったのだ。


「いやはや。一瞬でも失望しかけた己が恥ずかしい事限りないのう。」


 正直な校長だ。


「盾を出したときはどうなるかとヒヤヒヤしたわ。」

「プレッシャーでおかしくなったのかと思ってしまった。やれやれ。」

「流石は、ピトロだね。文句なしの破壊力だよ。」

「フフン。」


 ハイナとカルロスが額の汗を拭う。

 どちらもリオネル同様首を傾げていたうちだ。

 一方、ランスは如何ほども動揺した様子は見せない。

 アルナも鼻を鳴らして得意そうにするだけだ。


「それにしても、すごい魔法であったのう。ああいうアバンギャルドな魔法こそが、我ら人間が魔法の深遠へと近づくための道程となるのじゃよ。いやはや、実に優秀な生徒が入ってくるようで嬉しい限りじゃわい。」


 校長は一瞬失望した事はもうすっかり忘れているようだ。

 ピトロの演目に皆興奮冷めやらぬうちに、他の二人の受験者も終了したようだ。

 結果、どちらも破壊判定を得た。

 これで三人とも最終ステージまで来れた事になるのだが、彼らの様子は三者三様であった。

 まず、箱の破壊のために何発も上位魔法を射出していたマリンベルは既に魔力切れに近い。

 疲労感が隠せず、息が荒く、胸を軽く押さえている。

 駆け寄って行った職員がコップに水を渡していた。

 マリンベルは一息に飲むとハンカチで口を拭う。

 気力は戻ったようだが、魔力の気配が薄く、後1発か2発撃てば魔力切れで気絶しかねない。

 次にガッターグの様子である。

 こちらはマリンベルよりはましだった。

 魔力は未だ次のステージ用に温存されている気配がある。

 しかし、額から垂れる汗を何度も拭い、こちらも職員から水を受け取っていた。

 魔力的には余裕がありそうだが、疲労感は顔色に出ていた。

 複数制御と基本魔法を上位魔法級の大きさで維持する負担は魔力そのものよりも精神的、体力的疲労をもたらしているのだろう。

 それでも、真っすぐ次の金属製の箱を見つめている所は、勝負を続行する気力が十分ある証拠だろうか。

 ピトロはと言うと、平然としていた。

 大して汗などをかく様子もなくケロリとしている。

 職員から水をもらって一口飲んでいたが、直ぐに返却してしまった。


「差が出ましたな。」

「そうじゃのう。」


 リーチ先生が三人の様子を見た感想を吐露する。

 校長も相槌を打った。


「マリンベルはあの年齢であの威力の上位魔法を何発も撃てる事は驚嘆に値するが、悪い見方をすると魔力任せで押し切った形ですな。ガッターグは基本魔法で乗り切りましたが、大出力での複数制御という繊細な技術を要する操作をしていましたから、神経をすり減らした事でしょう。その点、ピトロも複数制御をしているように見えましたが、実質的には魔法が発動した段階からは放置に近い状態でした。箱を壊してからも、彼の魔法が結界まで削って場外へ出ようとしていた事からみて、繊細な制御によっていたのではない事は間違いないでしょう。おそらく、魔法を顕現させる時点のみにおいて技巧的な制御をしていたのですな。ですから、魔法の発動は三人の中で一番遅かったということでしょう。」


 リーチ先生の独白解説である。

 ――雰囲気から寡黙なダンディーかと思いきや、一言居士なのかもしれない。

 この試験は、5箱連戦だ。

 余程魔力が潤沢にあるのでもなければ、魔力任せでパスしていくと後半で魔力切れになる。

 創意工夫を以って越える事を考えるのは美学ではなく、重要な戦略なのだ。

 少なくとも、今回の試験においては、それが如実に示されていると言っていいだろう。

 誰の目からも明らかに、上位魔法よりもピトロのアバンギャルドな魔法に軍配が上がったのだった。

 このことはリオネルにとっては大きな衝撃だった。

 上位魔法を教えることのできる家庭教師がしばらく見つからない事で残念に思っていた。

 早く上位魔法に触れたいと思っていた。

 それがより魔法を極め、高みへと登っていける事だと思っていたから。

 基本魔法を練習するうちに興味が移ったのは魔法の威力だった。

 そして、自分の魔力量を増やし、威力を増やすことだけを考えていた。

 リオネルがここ最近費やしていたのは、単調な作業のような魔法練習と、机上の数字との格闘だった。

 未だ魔法を習い始めてから幾ばくも無い身だ。

 魔力も少ない身。

 そういう方向へと焦りが出るのは自然な事だとリオネルは思う。

 しかし、高みへと登るための行為は、ただひたすら増大と肥大の欲望を以ってバベルの塔を登っていく行為では魔法の深遠には近づけず、覗き見る事も出来ない。

 校長は、ピトロのアバンギャルドな魔法を以ってして、魔法の深遠への道程と評した。

 魔法の深遠は知性の深淵の中にあるのだ。

 短絡的な数字遊びの中にあるはずもなかった。

 勿論、数字遊びが無意味な行為だとはリオネルも思わない。

 自分の最近過ごした時間が全て無意味だとは思わない。

 魔力量は確実に効率的な速さで上昇しているからだ。

 しかし、リオネルは決意する。

 ――このままではいけない。

 魔力切れで喘ぐマリンベルという少女はもしかするとリオネルの未来の姿であったかもしれない。

 彼女を見習ってはいけないのだ。

 無意味とも思える詳細なレリーフを描く石盾をリオネルに見せてくれたピトロ。

 かの兄こそ、リオネルが見習うべき先達者であった。


 笛が鳴る。

 最後の試練の始まりである。


 黒光りする金属の箱を前に三人の受験者は魔力を練っていく。

 始めに動いたのはマリンベルだった。

 彼女の場合、残存魔力が少ないので、練り上げていく過程で微量に漏れていく魔力が惜しいのだ。

 時間経過で回復する魔力よりも、漏洩魔力の方が大きいからだ。

 だから、出来るだけ早く魔力をかき集めて、最大威力の一撃を放つしかない。

 マリンベルが放ったのは全長2メートルに及ぶ氷の槍だった。

 ガツンと音が響く。

 が、次の瞬間には氷の槍は粉々に砕けた。

 箱の方は相変わらずの金属光沢を放っている。

 煌めく氷だけがゆっくりと溶けて水へと化していく。

 マリンベルは崩れ落ちるようにして座りこんだ。

 職員が慌ててやってきて支えながら控室へと連れて行った。

 マリンベルの顔は晴れやかだった。

 はなから結果は分っていたからだろう。


 さて、これで残り二人。

 最終ステージだ。魔力の温存はもう必要ない。

 両者とも、今度は大盤振る舞いをするはずだ。


 ガッターグが右腕を天高く上げる。


火球(ファイヤーボール)


 おごそかに呪文を唱えるガッターグ。

 掲げられた手のひらから火の玉が顕現する。

 しかし、勿論、それで終わりではない。


「来たれ焔凰。灼熱の風を纏いし大いなる霊鳥。

 我が刃を以って、汝が翼を顕現せん。

 焔嵐球(ピュールボール)


 ――上位魔法だな?

 先ほどのマリンベルの呪文とよく似ている。

 リオネルにも簡単に推察できた。 

 ガッターグの火球はより激しく燃え盛り、二つの翼のようなものが球から左右へと突き出ている。

 上位魔法を見た事のないリオネルには先の展開が全く読めなかった。

 ガッターグは右手を掲げながらより高い魔力を火球に送り込んでいく。


「太古に約定せし四精の子らよ。

 育てし恩義は何処にあらん。

 我は汝との絆を以って呼びかけん。

 我が血を以って、汝が姿を顕現せん。」


 ガッターグが呪文を一文詠唱するたびに、空中に火球を中心として魔方陣が浮かび上がる。

 赤々とした炎の魔方陣だ。

 燃え盛り、気を抜けばたちどころに炎の渦となって壊れてしまいそうに見える。

 四重に重なる魔方陣は直径1メートルくらいだろうか。

 中心の火球は太陽フレアのように炎を噴き上がらせながら、濃密な気配を発する。


「召喚魔法か。10歳にしては中々大きな陣だな。」


 困った時の解説要員、リーチ先生の独白である。

 正直、リオネルには何が起こっているのかさっぱり分からなかったので今回は有難い。

 始めて見る召喚魔法にリオネルはドッキドキでワクワクである。

 前世の思考的影響があろうが、リオネルの感性は6歳児相応のものだった。


召喚(サモン) 灼熱聖鳥(ピュールガルーダ)


 ガッターグの生み出した魔方陣から、中心の火球を火種として炎を纏った鳥が現れる。

 伸ばして広げた両翼はそれぞれ陣から50センチほどはみ出した。

 大きい。翼長2メートルだ。

 こんなデカ物を呼び出しておいて、未だガッターグは止まらない。

 全ての魔力を使い切るつもりなのだろう。

 更に風矢を呼び出して、4本待機させる。

 5本目は作らなかった。

 残りの魔力は全て顕現している魔法の制御で使わなければならない。

 ガッターグが腕を振り降ろす。

 魔方陣は手のひらの前に張り付いたようにして、いっしょに移動した。

 炎の鳥が翼を羽ばたかせて標的へと襲いかかる。

 待機させてあった4本の風矢も炎の鳥に追いつき同化した。

 途端、灼熱の鳥はその炎の勢いを増して体を膨れ上がらせる。

 そのまま金属製の箱の真上から、降下した。

 衝突すると同時に熱風が吹き荒れる。

 結界で遮られているため、参観席ではそよとも風を感じないが、砂塵が舞ってガッターグ少年の服が旗のように波打てば想像は出来る。

 その熱風は魔法の威力を証明するものだ。

 しかし・・・。

 ――それだけの威力が外に逃げてしまったとも言えるわけだが。

 モウモウと舞う砂塵が収まると、結果が見えた。

 金属製の箱の天井部分には穴が開いていた。

 上から貫通する事が出来たようだ。

 高い評価点数が付けられる。

 しかし、破壊判定は出ない。当たり前だが。

 

「なかなかやるじゃない。あの子。」


 アルナが小声で呟いた。

 あのアルナが褒めた。

 

「ふぉふぉ。ルキサシア侯爵家はあと50年安泰というわけじゃろうな。」


 校長の褒め方は婉曲的だ。

 リオネルには前提知識が無さ過ぎて評価のしようがなかった。

 ただ、なんとなくだが、ガッターグの魔法は基本に忠実に、それを高度に洗練させて行われたものなのではないかという推察がリオネルの仮説として浮かぶ。

 リーチ先生の一言居士評価は、10歳にしてはという表現だった。

 校長の褒め方が婉曲的だ。

 アルナの褒める口調に焦りのようなものを一切感じない。

 そう、全体として褒めることは褒めているのだ。

 凄い10歳児だと。

 ただ、そこに躍動的な賛辞が感じられない。

 それがリオネルの推察の根拠だった。


 ガッターグは肩で荒い息をしながらも、座りこむようなマネはしなかった。

 額の汗を拭い、駆け寄ってきた職員からタオルを受け取って拭っている。

 そして、天を向いてふぅと小さく息を吐くと、視線を最後の受験者へと向ける。

 さっきから石盾を生み出しては地面に放り投げるという奇怪な行動を取るピトロへと。

 ガッターグは訝しげな表情で首を傾げた。

 しかし、この競技場で首を傾げているのは彼一人だったろう。

 それは彼だけがピトロの行動を理解出来なかったからではない。

 はっきり言って、誰一人として理解など出来ようはずもなかった。

 ただ、さっきの硬石製の箱の破壊時の印象が参観者たちの頭に強く残っているのだ。

 あの行動には何か意味があるに違いない。

 今度は何をしでかしてくれるのか。

 それらが参観者たちの思い。

 そこにあるのは疑念ではなく、期待と好奇心だった。


冥界神 「マリンベルちゃんは噛ませ犬なんかじゃないんだからね!」

リオネル「いや、どう見ても・・・。」

冥界神 「次回、ピトロの魔法とリオネルの決意。」

ピトロ 「高みへ連れてってやるぜ!」

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