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入学試験と魔法の深遠 ③

 第三グループの試験が始まった。


 このグループのメンバーは中々にやるようだ。

 軟石製まで1人も脱落者を出さずにパス。

 

「さあて、ここからが正念場じゃよ。」


 校長ガルトリヒスが小さくつぶやく声が聞こえる。

 それに合わせるようにピッーっと軽快な笛の音が鳴った。


「硬石製、始め!」


 試験官の掛け声とともに4人の受験生が精神集中を始める。

 軟石製までと比べて集中時間が長い。

 みな、強敵相手に魔力を練り上げているのだろう。

 

 1人の受験生が明らかに高威力と分かる大きな火矢を打ち込む。

 ほどなくして、他三人も次々攻撃を開始した。

 ――毎回火属性が最初に打っている気がするが、何か理由があるんだろうか?

 リオネルがそんな事を考えているうちに、試験は終了した。

 いい線まで行った子もいるようだが、次のステージへと歩を進めることは誰も出来なかったようだ。

 リオネルは西側で試験をしていた地属性の子ならいけるんじゃないかと思っていたのだが、駄目だったらしい。顕現させた魔術の石よりも対象物の方が硬度があったのだろう。


 生徒たちが退出した後、職員たちが入ってくる。

 今回は4つも入れ替えが必要なので作業が長引きそうだ。

 ――作業効率を考えれば、確かにより多く破壊する潜在能力のある生徒は後半に回すのが得策か。

 ランスの言葉の信憑性が増した。


「そう言えば、校長先生。」

「なんじゃ。」


 退屈そうな顔をしたアルナがガルトリヒス校長に話しかける。


「この試験が地属性贔屓なのが誤解って話ですけど。あれってどうしてですか。」

「ふむ。まあ、完全に誤解というわけでも無いが。しかしな・・・。」


 校長は髭を撫で摩る。


「確かに重量と硬度のある石を顕現できる地属性はこの競技においては有利じゃ。しかし、それは軟石製までの話。硬石製の箱の破壊に関しては闇雲に矢を射ても無駄じゃ。その先に至るには、地属性だろうが、他の属性だろうが創意工夫と技術力が問われる。硬石製の箱の強度からしたら、10歳の少年少女が撃ち出せる魔法は、石も風もその衝撃は誤差の範囲に収まってしまうんじゃよ。」

「でも、軟石製までは地属性が有利だと認めるんですね?」

「それは認めざるを得んじゃろうな。」


 校長の解説に対して、やや憮然として地属性贔屓の言質を取りに行くアルナ。

 校長は髭を捩じりながら、観念したように認めた。


「しかし、この審査試験で注目されようと思わば、硬石製の先へと進むことが条件として、暗黙の了解になっておるからの。それ以前の段階で、子供らの間限定で不人気な地属性に援護射撃してやるのも又教育の一つじゃよ。」

「・・・そうですか。よくわかりました。」


 アルナは不満タラタラの顔だが、表向きは校長の言葉に肯定的な返答をしている。

 地属性が不人気なのはズバリ地味だからだが、校長の言うようにあくまでもそれは幼い子供たちの間だけだ。地属性の適性反応が出て微妙な顔つきになる子供に対しては、大人たち曰く、地属性は取り合えず食いはぐれることはないから安心しろと答えるのが定型句となっている。

 もっとも、その安定志向的な属性扱いされるが故に、尚のこと地味な印象があるのかもしれないが。要するに、前世の日本で言えば、野球選手になる夢を語る小学生が、野球選手より公務員の方が向いていますよと言われて拒否反応を示すようなものだ。

 となると、地属性持ちの子供たちに自信をつけさせるのも理解出来ない話ではない。

 ただ、理解出来るからと言って、納得できるかと言うと話は別で。

 アルナが不機嫌な顔をしているのはその辺に原因がありそうだった。

 なんせ、アルナの属性は風と闇。

 純粋に魔法によって物理的破壊力を生み出すという点では、どちらも下位に位置する。

 リオネルの光と闇も似たり寄ったりで、立場的にはアルナと同じだ。

 ――創意工夫も何も、まず現在の魔力量と最大限度量から言って、軟石製を越えられるかどうかも怪しい・・・。

 リオネルは地下訓練室で一向に壁に刺さらない自分の矢系の魔法を思う。


 そうこうするうちに、試験準備が整ったらしい。

 いよいよ、第四グループが呼ばれる。

 リオネルはチラリと兄のランスを盗み見する。

 ランスは平然としていた。

 対して、リオネルはやや緊張している。ピトロの名が呼ばれるのかどうか、確信が持てないからだ。

 自分の前で、自慢げに石盾魔法を使って見せたピトロ。

 もし、審査で求められていたのが、盾に描き出された詳細なレリーフなんかではなく、純粋に大きさだけで、それをピトロが知らず・・・。

 ――駄目だ。考えすぎると、悪いことばかり思い浮かぶ。

 リオネルは頭を軽く振って、それらの妄想をふるい落とした。

 試験官が演台の上に登ってくる。


「それでは、今期試験の最後です。第四グループの受験者は、ガッターグ・アーキス・ルキサシア、マリンベル・クトロ・マルヴェロン、ピトロ・アッガード、以上3名です。」


 リオネルはほっと安堵のため息を漏らす。


「な、言っただろ。」


 ランスはそんなリオネルの頭をクシャクシャと撫でた。

 リオネルの頭髪は兄弟によってクシャクシャにされるために存在するのだ。

 試験官に呼ばれた3名が早速、競技場に登場した。


「ガットー! お前の力を見せつけてやれ!」

「「「ガッターグ様ー!」」」


 参観席の東側から大きな声援が聞こえた。

 見れば、豪華な服を着た中年の男が立ち上がって怒鳴っている。

 その後ろでは、執事服やメイド服に包まれた一団が叫んでいる。


「元気な事だ。」


 父のカルロスが皮肉を言うとは珍しいと思ってリオネルは振り返る。

 しかし、カルロスの表情は本当に感心したような顔を作っていた。

 本心からの呟きらしい。

 カルロスらしいと言えば、そうなのだが。


「アーキス・ルキサシアって事は、あれはルキサシア侯爵かしら。」

「ルキサシア侯爵は老齢だったはずだ。あそこで応援している方は後継ぎだろう。大方、侯爵の孫が試験を受けているんじゃないか?」


 ハイナの問いに、カルロスが推測を述べる。


「マリンお嬢様ー!」


 と、今度は先程の声援に対抗するように西側から声援が上がった。

 こちらも似たような集団だが、唯一違うのは、中心人物が妙齢の女性で優しげに、受験者のマリンベルと思わしき少女に手を振っていることだろうか。


「あっちはマルヴェロン伯爵家ですな。」

「そのようじゃな。」


 リーチ先生の呟きを校長が肯定する。

 競技場に眼を落すと、マリンベルと思わしき少女がやや緊張気味に妙齢の女性に対して手を振り返していた。逆に、ガッターグだろう少年は特に気負うところもなく、威風堂々と落ち着いたものである。

 ――侯爵家と伯爵家の差だろうか?

 そんな事を思いながら、リオネルは、それでは我らがアッガード男爵家はどうかと、ピトロへと目を向ける。

 ピトロはガチガチに緊張していた。

 歩くたびに手と足が一緒に出ている。

 ――ナンバ走りだ。


「あちゃー、大分緊張してるね。」

「自慢じゃないが、アッガード家は私の曾祖父さんの代から本番に弱いんだ。」

「あなた、そういう冗談はよして下さい。」


 ランスが心配げにピトロを見る。

 カルロスとハイナは相変わらずだ。


 ふと、リオネルが横を見ると、アルナが徐に立ち上がる。

 何をするのだろうかと、ぼけっとしてリオネルは姉を見つめた。


「ミ、ミス・アッガード!?」

「まさか・・・。」

「あ、お、おい、アルナ・・・。」

「え、ちょっと、アルナ!?」


 そんなアルナを見て、校長、リーチ先生、カルロス、ハイナが一斉に驚いてアルナを座らせようとするが・・・遅かった。


 アルナは、思いっきり空気を肺へと吸い込む。

 次の瞬間。

 会場中の音がアルナの支配下におかれた。


「 ピ ト ロ 。 アッ ガー ド 家 の 底 力、 見 せ つ け て や り な さ い! 箱 は 全 部 壊 す の よ。 満 点 出 し な さ い! 」


 アルナの巨大なる声援が雷鳴の如くに、競技場に響き渡る。

 少女の腹から出たとは想像もつかない声だった。

 それが言葉であると判断がつかなければ、あるいはドラゴンの咆哮かとさえ思ったことだろう。

 アルナの声が消えた後も、意表を突かれた全ての人間が言動を停止する。

 カルロスとハイナが顔を手で覆っていた。真っ赤に頬を染めている。

 夫婦揃って、仲の良い反応である。

 校長とリーチ先生はヤレヤレと頭を振る。

 ランスはニコニコしている。

 ランスの事だ。きっと、アルナが声援とともに会場中に爆竹をばらまいても、きっとそうやってニコニコして座っているのだろう。


 リオネルが競技場の方へと眼をやると、アルナの声援を聞いてゲッソリとした顔のピトロがいた。

 おそらく、この馬鹿姉貴、何やらかしてんだよ、とか思っているのだろう。

 しかし、緊張した顔ではなくなっている。

 どちらかと言うと、やけくそでどうにでもなれという感じだ。


「エヘン。えー、では第四グループの試験を始めます。」


 試験官の時間が動き出したのだろう。

 咳払いして、仕切りなおした。

 笛が鳴って、試験は開始される。


「やれやれ、誰が言い出したのかは知らぬが、咆哮のアルナ、とはよくいったものじゃな。」


 校長が疲れたように溜息交じりにボヤいた。


「フフン。」


 当のアルナは鼻息交じりに笑っている。得意満面だ。

 ――っていうか、アルナ姉さん、二つ名あるのか。

 少女に付けるには全く相応しくない二つ名ではあるが・・・。


 ピトロは順調に箱を壊していった。

 アルナの声援のおかげかどうかは分らないが、調子は良さそうだ。

 三人の受験者は軟石製までは軽くパスした。

 精神集中にかけていた時間も今までの三組より確実に少ない。


「さあて、ここからが正念場じゃよ。」

「楽しみですな。」


 校長がつい先ほどに言ったのと全く同じセリフを吐く。

 リーチ先生が愉快そうに答えた。


 三人の受験者、ガッターグ、マリンベル、ピトロは硬石製の箱を前にして精神集中を始める。

 始めに動いたのはマリンベル。


水矢(ウォーターアロー)


 右手を宙に翳す。

 と、水の矢が現れた。

 大きい。

 1メートルくらいありそうである。

 が、それでは終わらなかった。


「来たれ氷狼。凍土を踏みしめし大いなる霊獣。

 我が刃を以って、汝が牙を顕現せん。」


 見ていると、ピキピキと軽快な音を立てながら、変化していく。

 水の矢は、氷の矢に変わり始めていた。

 いや、1メートル近い矢があってたまるものか。

 あれは矢というよりも、もはや槍だろう。


「ほう。上位魔法が使えるのか。」


 リーチ先生の小さな呟きが聞こえる。


氷槍(クリュススピア)


 カチカチに凍りついた氷の矢は少女が右手を振り降ろすと同時に、射出された。

 ガガッンと音がすると、箱の前で砕け散った氷が散乱する。

 一発ではどうこう出来る相手では無かったのか、箱に穴は開いていない。

 ただし、ザックリと削れて、氷に交じって石が剥離していた。

 その後、少女は2射目、3射目と撃っていく。

 3射目で、箱の正面に大穴が開いた。

 後は、何面か同じように穴を開けていけば破壊の判定が貰えるだろう。

 問題はそこまで、魔力が持つかどうかだろう。

 ――途中にでてきた長ったらしい呪文を聞いた時は、一瞬召喚術かと思って期待してしまった分、ただの氷の槍というのは・・・。いや、十分すごいんだけどさ。


 リオネルはガッターグへと目線を向ける。


火矢(ファイヤーアロー)」 


 ガッターグはこちらも大きな火矢を作り出していた。

 ただし、マリンベルのものより若干短い。

 ガッターグもマリンベルと同じく直ぐには射出しない。

 魔法を維持するにも常時魔力は減衰し、放出されてしまうので、普通は直ぐに射出するものなのだ。何か、更なる工程を経させないのであれば。


風矢(ウィンドアロー)


 今度は火矢の横に風矢を呼び出す。

 火矢よりも更に短めだ。60センチくらいだろうか。

 どうするのかとリオネルが思っていると、ガッターグはそれからも同じ風矢を6つも呼び出した。


「複数発動か。8つも制御化におくとは末恐ろしい。」


 リーチ先生が独白という名の解説を小声で行っている。

 リオネルは複数発動というのを今までやってみた事がなかったので、難しさが分からない。

 ――帰ったら試してみよう。


 ガッターグが頭上に掲げていた腕を下す。

 真っすぐに前へと。

 5つの風矢が中心に浮かんでいた火矢へと寄り添うようにくっついた。

 と、次の瞬間、火矢はその炎を何倍にも膨れ上がらせたかと思うと眼にもとまらぬ速さで標的へと着弾していた。

 グワンッと大きな音が響く。

 ――火と相性の良い風が、威力と速度をブーストしたのか!?

 

 硬石製の箱は火矢の攻撃を受けた面を黒々と焦がしていた。

 ボロボロと石材が崩れ落ちていく。

 しかも、反対側にまで貫通していたようだ。

 被害の大きさから察すると、もう一発同じものを打てば破壊判定が出るだろう。

 ガッターグは額の汗を拭いていた。

 しかし、疲労は見えない。

 もう一発撃てるだろう。

 彼はパス出来る。

 リオネルは確信した。


 さて、となると気になるのが、ピトロである。

 

石矢(アースアロー)


 ピトロは石矢を顕現させた。

 その大きさは30センチくらいだろうか。

 正直言って、マリンベルやガッターグに比して見劣り感が否めない。

 ――大丈夫だろうか。

 アルナが大見栄きっての声援をしている以上、リオネルとしては不安である。

 ピトロは続けて2本の石矢を呼び出した。


火矢(ファイヤーアロー)


 と、思ったら今度は火矢である。

 大きさは更に小さく20センチくらいだろうか。

 これも全部で3本作る。

 

「どうする気なのじゃろうな。」


 校長が訝しげに呟いている。

 普通に考えれば、石矢に火矢でブーストをするのだろうが、それでは火力不足だ。

 同時に3本放ったところで、そこまで有効なダメージを与えられるとは思わない。

 少なくとも、マリンベルの氷の槍とガッターグの巨大火矢を見ている観客たちは殆ど全員そのことを見抜いていた。

 ピトロは他の参観者の方を見ていない。

 硬石製の箱の強度を甘く見ているのか・・・。

 そう思った参観者は少なくないだろう。


 一方、競技場に立つピトロは、しかしながら参観者たちの思いとは反対に自信が見受けられた。

 アッシュの瞳は物怖じしない輝きを伴っている。

 自信過剰か、それとも・・・。

 リオネルの眼には始めて魔法を習った後で、石盾を見せてくれた時のピトロの姿が重なる。

 あの時のように、自信にあふれた表情なのだ。

 そう、あの時と全く同じように両腕をピトロは前方へと持ってくる。

 そして、呪文を唱える。

 全く同じように・・・。




石盾(アースシールド)




「はぁ!?」


 参観者は全員首を傾げた。


アルナ 「ふぅ~。すっきりした。」

ピトロ 「お姉ちゃん・・・。」


冥界神 「ええ姉やんか。次回、ピトロ・アッガードの本領発揮。」

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