入学試験と魔法の深遠 ②
リオネルは姉のアルナの独り言に口を挟んできた二人を観察する。
一人は老人だった。
ザ・魔法使いのお爺さんという雰囲気を出している。
先のしなり折れた深縁の黒い尖り帽子に、赤い刺繍のされた白いトーガ風のマントを身に纏い、灰色の頭髪と髭がもじゃもじゃと湧き出ている。
手に持っている白色の杖は、先端に大きな青い宝石のような魔石が嵌め込まれていた。
ハシバミ色の瞳は柔らかく、穏やかに知性の光りを湛えている。
もう一人は40歳くらいだろうか。
ガッチリとした体格は魔導師と言うよりは格闘家のそれを思わせる。
もし剣を佩く様にして腰にさした燃えるような翡翠色の短杖が見えなければ、老人つきの護衛の騎士か何かと間違えている所だろう。
紺色の軍服のようなパリッとした服装は彼の鋭利な容貌と相まって、尖った知性を放っていた。
しかし、その漆黒の瞳に冷たさは感じない。むしろ温かみがあった。
「校長先生!? リーチ先生まで!」
アルナが驚いて声をあげる。
おそらく、二人は普通学院の校長と教師ということなのだろう。
「久しいのう、ミス・アッガード。2月ほど前におぬしが第二訓練場を呪爆して以来かの? 元気そうで何よりじゃ。・・・アッガード卿も、お久しぶりで御座います。お近くに座らせて頂いても?」
――我が姉はいったい何をやっているんだか・・・。
「これはこれは、ガルトリヒス校長先生ではないですか。お久しぶりで御座います。席なら周りは余っていますからお好きな所へお掛け下さい。」
カルロスと老人、もといガルトリヒス校長は知り合いらしい。
「それでは遠慮なく。・・・リーチ先生。こちらにいらっしゃるのがアッガード卿です。」
「お初にお目にかかります、アッガード卿。アシュトス・リーチと申します。1年前から此方で教師をやっておりまして、娘さんのクラスも担当しております。」
軍服の方はアルナの担任教師の一人らしい。
なんでも風属性の系統の魔法を教えているのだとか。
それから、アッガード家の一家も含めてお互いに自己紹介をし合う。
二人が近くに座った事で、アルナは精神的に窮屈そうな表情だ。
「ところで、校長先生。うちの子が訓練場を呪爆したというのは、いったい・・・。」
「ち、違うの。お父様、ワザとじゃないんです。ニックの奴が悪戯して私が用意していた触媒に小麦粉を入れていたんです。ねえ、校長先生。ニックもそう自白していましたよね!」
アッガード一家の誰もが尋ねたいと思っていた事をカルロスが代表してガルトリヒス校長にきこうとするが、アルナが横から口を挟み始めた。
アルナの無実を証明するように懇願された校長は苦笑いしている。
「・・・ふぉふぉ。ミスター・キグナスもおぬしの実験が、通常の普通学院の生徒が行う実験の危険度を遙かに超える危険性に満ち満ちているものだと分かっていれば、あんな事はしなかったであろうのう。もちろん、ミスター・キグナスも悪いが、主犯はやはり許可も無く勝手に深夜に寮を抜け出し、友人達を巻き込んで危険な実験を密かに行おうとしたおぬしじゃて。ミス・アッガード。深夜の大爆発音で皆、肝の冷える思いをしたのじゃよ。」
「うぅ。」
――うわぁ、アルナお姉ちゃん、ほんと何やってんですかアンタは・・・。
アルナが校長に追い詰められて苦しそうに唸る。
滅多に見れない表情だ。
アッガード家の面々も大よそ何が起こったのかを推測出来て渋面を作っている。
その中で一人、次兄ランスは笑ってアルナの頭を優しく撫でる。
「アルナ。その実験で死人や怪我人は出たのかい?」
「・・・出てないわ。」
「だったら、気にすること無いさ。建物なんて使えなくなったら壊して、また建てたら良いんだからね。アルナの知的好奇心を満たす為にやった事なんだろう? 訓練場も本望だよ。」
「ランスお兄様!」
――分かった。ランスは家族思いな兄なんじゃない。家族贔屓な兄だ。
リオネルはアルナの所業に呆れ、そのアルナを甘やかすランスにもまた呆れる。
ランスは本心からアルナを慰めているらしく、笑顔に一陰りも無い。
アルナはアルナでランスの甘甘な言葉に乗っかって感動した風でいる。
リオネルと同じ事を思ったのか、二人の教師と両親もランス達を呆れた顔をしてみていた。
「ランス。あんまり、下の子達を甘やかさないで頂戴。教育に悪いから。それから、アルナ。危ない実験をする時はちゃんと先生達の許可を取るようにしなさい。社会のルールはしっかり守らなくちゃ。」
ハイナが母の責務として、二人の子供を叱る。
リオネルの偏見かもしれないが、こういう時は父親が叱って母親が慰めるという配役なんじゃないかと思うものの、肝心の父カルロスは目線をウロウロさせているだけだった。
「済みません。母上。」
「ごめんなさい。お母様。それと校長先生も改めてあの時はお騒がせして申し訳ありませんでした。」
ランスは綺麗な笑顔でハイナに謝る。
たぶん、反省なんて一ミクロンもしていない。
アルナも素直に謝罪の言葉を口にする。
反省は一応しているのだろう。しょんぼりした顔だ。
だが、リオネルには想像出来てしまう。
アルナの申請した実験が危険過ぎて許可が下りず、だったら強行するしかないわねとか言って嬉々として触媒を混ぜ合わせるアルナの未来の姿が!
「ところで、アッガード卿とご家族がここにいらっしゃるのは?」
「あ、ああ、それはですね・・・。」
「私の弟のピトロが今回入学試験を受けるんですよ。校長先生。」
校長先生が折角空気化していたカルロスに話を振ったのに、アルナが答えてしまう。
カルロスの目線がまたウロウロし始めた。
「ピトロは頑張り屋さんだから、きっと5番目の金属製の箱もぶっ壊してくれると思いますわ!」
アルナが胸を張って自慢するように言う。
普段は、ピトロの事をおバカさん扱いしている節があるが、あれも愛情の裏返しなのだろう。
「ふぉふぉ。それが本当ならアッガード家の子供たちは皆、揃って優秀という事じゃろうな。8年前にダント・アッガードが不可思議な魔法で5番目の箱を壊すのを見て驚いて以来、アッガード家の子供達には驚かされてばかりじゃからのう。未だにどうやって壊したのか詳細な方法がわしらにも分からんのは驚異と言わざるを得ん。」
校長先生は感慨深げにそう言うと、視線をアルナからランスに切り替える。
「ランス・アッガード。勿論、わしはおぬしの魔法にも度肝を抜かれたの。あれほどの妖精の大量同時召喚は初めて見たからのう。5年前に聞いた時は先天性魔法指向による力押しと言っておったが、本当の所はどうなんじゃ? 10歳の子供の魔力量を考えると不可能としか思えんが。」
「ははは。僕なんて、大したことありませんよ。それより、リーチ先生。アルナの成績はどうなんですか? 首席で卒業出来そうですか?」
ランスは校長の質問に全く回答する気が無いようだった。
もっとも、その態度がランスの5年前使った魔法が唯の力押しで無かった事を暗示していたが。
ランスは露骨に話題を変えて、話をアシュトス・リーチに振ってしまう。
振られたリーチもそれを分かっているのだろうが、ランスの意向を汲む事にしたらしい。
一瞬苦笑いした後、アルナの方をチラと見て話しだす。
「私が管轄していない教科については知らないが、少なくとも私のクラスではアルナ・アッガードは優秀だ。頭一つ、いや二つ分くらいは抜きんでている。首席で卒業できるかは・・・まあ、普段の行い次第だろう。」
最後に付け加えられたコメントにアッガード一家の顔は引き攣った。
「彼女の優秀さはよく見てきたから理解していますが、一家揃って優秀だとは知りませんでしたよ、校長。私は去年赴任してきたばかりですからね。この分だと、ピトロ・アッガードの魔法は期待してみる事が出来そうですな。」
「そうじゃ、そうじゃ。わしは大いに期待しておる。」
ピトロのハードルが上がった。
本人がこの会話を聞いていたら胃痙攣を起こしても不思議ではない。
――それにしてもうちの家族はそんなに秀才揃いだったのか。
世間を知らないリオネルは家族を常識の基準とするしか無かった為、10歳にもなれば皆ポンポンと基本魔法の矢やら盾やらを使えるもので、上位魔法なんかも平然と披露できたりするんだろうと思っていたのだが、どうも違いそうである。
兄達が優秀な分、ピトロはプレッシャーを感じているかもしれない。
普段の過剰な自信も、そういう抑圧的な負の感情を跳ね除ける為の物なのかもしれない。
「とすると、そちらの末っ子のリオネル・アッガードも4年後を楽しみにしていて良いという事かな?」
急に話の矛先がリオネルの方に向く。
リーチの言葉に、どこか他人事気分でいたリオネルはビクッと震えてしまった。
――俺のハードルまで上がってしまった・・・。
リオネルは内心恨みながらアシュトス・リーチの方を向く。
二人の目線が合わさった。互いに漆黒の瞳だ。
視線が絡んだ瞬間、リーチが酷く驚いた顔をする。
――なんだ?
リオネルには目線を合わせたぐらいで驚かれる心当たりは無い。
注意深く見ていると、リーチの視線がリオネルの右手に嵌められている調査の指環に向かったのをリオネルは捉えた。
確証は無い。
だが、視線の動きが何かを確認するようにリオネルの右手に落ちた。
リオネルはすっと目を細めた。
――この反応。放っておくには不気味だ。
「あー、リオネル君は6歳なんだよね。もう情報開示の魔法は覚えてるのかな?」
リーチの方から話しかけて来てくれた。
なんとか会話を続ける事でさっきの表情の意味を知りたいとリオネルは思う。
「はい。もう使えます。」
「リーチ先生。リオってば凄いのよ。加護も魔法指向も先天的にあるの。」
「ほう。それは凄いね。」
まずは正直に情報を与えるリオネル。
そこにアルナがドヤ顔で横槍を入れてきた。嫉妬して愚痴っていたのが嘘のようだ。前世で言う所のいわゆるツンデレというやつかもしれない。
リーチは素直に感心したそぶりを見せる。
しかし、どこか探る様な眼つきでアルナを見て、チラっとハイナやカルロスを盗み見た。
その目線は再びリオネルの顔に戻ってくる。
――驚いた表情だった。リーチは何かに驚いたんだ。その後、情報開示の魔法を俺が使えるかについて尋ねた。情報開示を子供自身が使える事によって分かるのは、加護、魔法指向、そして被呪の3種類だ。アルナが加護と魔法指向について自慢した時、感心して見せたが、それだけで納得できずに俺の両親の顔色を窺っていた・・・か。
リオネルは嫌な推測をしてしまい、後でこのリーチという教師を絶対に問いだたさなければならないと考える。
しかし、今はダメだ。家族がいる。話すわけにはいかない。
リーチの顔を見詰めるリオネルに、リーチは困ったような笑みを浮かばせた。
何かを隠すためのような笑みだった。
それから、アルナの学院での問題行動について少しばかり雑談などが交わされた頃、円形競技場の端にある演台の上に人が登って来るのが見えた。
「えー、皆さま。長らくお待たせ致しました。これより普通学院入学試験最終審査を行います。今回は15名の生徒が事前審査において最終審査出場を許可されました。」
演台に立った人物が試験開始を告げる。
――15名か。
果して多いのか少ないのか、リオネルには判断材料が無い。
「一度に4名ずつ、執り行います。まず、第一グループの受験者は・・・。」
初回に審査を受ける4名の名が呼ばれる。
ピトロ・アッガードの名は無い。
リオネルは何だか名前を聞いているだけで緊張してきた。
見れば、手にうっすらと汗が出ている。
――受験者でも無いのにこの様とは・・・。
4年後が猛烈に不安になるリオネルである。
4人の受験者が入ってくると、その関係者と思われる人々が激励の言葉を投げかける。
受験者たちは緊張した顔をしながらも手を振ったりしていた。
その後、4人の受験者はそれぞれ東西南北の持ち場へと移動した。
ピィー。
突如、笛の音が鳴った。
「木製。始め。」
演台に居る人物が短く号令をする。
同時に4つの方角で受験者達が精神集中を始めた。
参観席は静まり返っていた。
さっきまで雑談に耽っていた周囲の参観者達は固唾を飲んで見守っている。
――じれったいな。
中々魔法を発射しない受験者達。
魔力を練ると言うのも案外時間のかかる作業なのだ。
「火矢」
一人の男の子が最初に行動を起こす。
掌から放たれた炎の矢は狙い違わず木製の箱を襲い、貫いて火を付けた。
火は直ぐに収まり、炭化して崩れた木材が取り残された。
それを皮切りに他の三人も順々に魔法を放っていく。
流石に、木製の箱程度は皆壊せるようだ。
それを見届けると、再び笛の音が鳴り、試験官が土製の箱を壊すように号令する。
ここで、一人脱落者が出た。
最初に動いた例の男の子だ。
火力が足り無かったのか、一度目では壊せず、二度、三度と打ち込むが、結局破壊まではいかなかったようだ。
少年はガックシと頭を垂れる。
最初の敗退者となって落ち込んでいる事だろう。
点数は16点だった。
次の軟石製で残った三人も全員脱落した。
点数は20点代後半だ。
4人が退場すると、職員がやって来て壊れた箱を新しいものと交換していった。
10分ほどで手際よく職員達が出ていくと第二グループが呼ばれる。
ピトロの名は無かった。
第二グループも第一グループと大差ない感じだった。
再び、受験者達が退場していく。これで8人の審査が終わったわけだ。
残り7枠。
「ピトロ兄さん、呼ばれないけど、最終審査に残ってますよね。」
ちょっと心配になったリオネルがランスに囁く。
「ああ。心配いらないよ。きっと最終組さ。」
「なんで分かるんです?」
「事前審査で優秀だった者ほど、後に回されるからさ。」
ランスは胸を張ってそう答える。
随分な自信だ。
ピトロがそれだけ優秀だという事なのか。
――あるいは、ランス兄さんの家族贔屓で過大評価されているか。
先ほど、ランスがアルナを甘やかす様を見ていたリオネルとしては懐疑的になってしまう。
そして、第三グループが呼ばれた。
ピトロの名前はいまだ現れない。
リオネル「あのダ○ブルドア校長は我が家のハードル上げ過ぎだよ!」
冥界神 「4年後が楽しみやな。次回、長女アルナの暴発!」