魚魔法 ③
雷神暦4106年6月18日
リオネルが初めて、魔法の訓練をしてから一週間が経った。
訓練の方は順調である。いや、順調どころか非常に速いスピードで進んでいる。
13日から始めた操作の訓練は、球や矢、盾を動かす事だった。
これは元が魚型である為か、リオネルには極めて簡単にそれらが動く様子を想像出来たためである。操作していると言うよりも、泳がせていると言う方が正しいくらいに自然に魔法を使えた。
ただ魔法の習得がサクサク進んでしまう分、数回の魔法発動で魔力切れになってしまうのがとても勿体なく思えてしまう。
あれもこれも試したいと思っても、次の日までのお預けになるのだ。
もっとも、習得が中々出来なかった場合は、それはそれで練習回数をもっと増やしたいのにと愚痴っていたことだろう。人間は生きている限り不満は尽きないものだ。
リオネルは魔力量を劇的に増やす方法は無いかと、ハイナに聞いてみたりもしたが、そんな便利な方法があるわけもなく。
大量の高価な魔石を用意して使い潰していくなら可能らしいが、王族クラスでもなければそんな教育法は使えない。
魔力量は、魔法を使っていくうちに自然と上がっていくそうだ。
また、魔力を貯める器である肉体の成長も魔力量の増加に役立つ。
魔力をあげる方法には最新の学説から迷信じみた仮説まで諸説あるそうだが、ハイナ曰く、地道に毎日魔力を使い切るまで魔法の訓練をする事が一番良いらしい。
そんなわけで、リオネルは魔法行使の回数制限に阻まれて漸く17日に操作の魔法についての授業項目が終了したのだった。
未だ鎧の基本魔法については魔力量の関係で教わっていないが、上位魔法についての講義をハイナから受けたリオネルは早速昼食前に自室に戻って、羊皮紙に教わった事をメモしていく。
記憶力に自信が無いので、何でもかんでもメモしておくことにしたリオネルであった。
上位魔法とは、魔力その物による単純な攻撃や防御を行う基本魔法とは異なり、複雑な効果を発現させる魔法である。
また、上位魔法はどの属性が使えるかで大きく制限を受ける。
基本魔法がどの属性でも似た様な効果を発揮するのとは異なっているのだ。
従って、基本魔法のように異なる属性持ちの人が実際にやってみせてコツを伝えるというやり方は上位魔法では使えないのである。
だから、闇と風属性のハイナは光と闇属性のリオネルに適する上位魔法を伝授出来ないらしい。
リオネルは闇系統の上位魔法は伝授して貰えるのではないかと疑問に思ったのだが、上位魔法と属性の対応について教えられて無理である事を理解した。
闇属性の上位魔法は暗黒魔法。ただし、光属性持ちは習得できないという罠があるのだ。
また、光属性の上位魔法は神聖魔法。ただし、こちらも闇属性持ちは習得できない。
それじゃあ、リオネルは上位魔法を何も習得出来ないじゃないかと思ったのだが、例外があった。
なんと、闇と光の両属性持ち専用の上位魔法が存在した。
その名を星宮魔法と呼ぶ。
今後、リオネルが習得しなくてはならない魔法だ。
リオネルは自分に情報開示の魔法をかけてみる。確認の為だ。
『リオネル・アッガード』
人類 人間族 6歳
階級:――
加護:学識霊の加護「図解博物誌」
魔法指向:星宮魔法「双児宮」
被呪:冥界神の祟り
――星宮魔法「双児宮」か・・・。
冥界神のギフトだ。
おそらく、リオネルの魔法習得がとんでもない速さで進んでいる理由もこの先天的に与えられている魔法指向とやらのおかげだろう。
同じく先天的に魔法指向を持っていた次兄ランスも極めて速い進度で習得していたと聞く。
ハイナによると2年間で教える予定だった所まで一週間で来てしまったとの事だ。
その為、リオネルに星宮魔法を教える為の人材確保が出来ていないらしい。
それはまあそうだろう。
なんせ、リオネルの適性属性が判明したのはつい9日前なのだ。そう都合良く同属性の家庭教師は見つかるまい。本来なら2年かけてゆっくり探せる予定だったのだ。
今後は、適した人間が見つかるまで、基本魔法の習熟を行って魔力量の増加を目指すらしい。
「何書いてんだ?」
急に背後から呼びかけられた。
振り向くと、三男坊ピトロが立っていた。浮かない顔をしている。
「今日の授業の覚書をしておこうと思って。」
「そうか。勉強熱心だな。母上から聞いたぜ。もう基本魔法は殆ど出来るようになったって。・・・盾も次の日には出来るようになってたって。」
ピトロは、ばつの悪そうな苦味のある顔をしている。
恥と嫉妬とやるせなさの混じった顔。
彼がリオネルに自慢げに石盾を見せてくれたのは、僅か一週間前の事だ。
弟に良い所を見せようとして、確かにその日は憧憬の眼差しを得られたわけだが、次の日にはリオネルが盾魔法を使えるようになっていたと知ったのだ。
ピトロはハイナの予定通りに二年かけて基本魔法を習得している。
あれだけ鼻高々に自慢している手前、それを簡単に習得したリオネルからどう思われているか考えているとしたら、この態度も頷ける。
元気のないピトロのアッシュの瞳も、くすんだ灰色に見えてしまう。
――さて、この兄に対してどう振る舞うべきか。
リオネルとしては先天的な魔法指向による殆どインチキに近い自分の成果によって兄が傷つくのは、リオネル自身の心を痛ませる話だ。
――自分の成果はインチキみたいなものだと説明するか?
いや、それだと、ピトロはなぜ自分には魔法指向がないのかと運命の不条理さを呪うだけだろう。
――でも僕がやると魚の形になっちゃうんだ、円形で出せる兄さんが羨ましいよ! みたいな事を言ってみるか? あるいは、兄さんみたいに火と地属性が良かったな! とか?
なに、贅沢言ってんだ、コイツ。みたいにピトロが考える可能性は否定できない。
――上位魔法について聞いてみるか? ピトロはいくつか上位魔法を習っているはずだし。属性が違うから、基本魔法のように追いつかれるとかいう事は絶対起きないし。
しかし、ピトロの雰囲気からして、リオネルの前で魔法を披露する事に積極的になれるとは思わない。
――ここはいっそ、地理や歴史について聞いてみて、兄の知識を誉めようか。
その場合、魔法からの露骨な話題転換が、気を使わせていると感じさせるかもしれない。
リオネルの頭の中で様々な対処法と其々の問題がグルグルと駆けまわる。
ピトロの性格や思考を考えると、問題点をあげた対処法でも、ピトロのフォローに充分なるかもしれないが、リオネルには選択できなかった。
ピトロを見詰めて困惑の表情で黙ってしまったリオネル。
ピトロはそんなリオネルを見てフイッと視線をそらした。
「あっ。」
リオネルは思わず声を漏らせていた。
そして、自覚の無いまま、椅子から立ち上がりピトロの傍に駈け込んでいた。
何も考えていない。
リオネルは未だ掛けるべき言葉も、最善の一手も決まっていない。
しかし、気付いた時にはリオネルはピトロの服の袖を掴んでいた。
驚いた表情をするピトロと、下から見上げるリオネルの視線が交差する。
「・・・嫌。」
リオネルから言葉が漏れる。
何が嫌なのか。
何を厭うと言うのか。リオネル自身分からずにそう一言。
しかし、それは策を巡らせた言葉ではなく、純粋な本音。
次の瞬間、リオネルは膝立ちになったピトロに抱き締められていた。
「悪い、リオ。俺、馬鹿だ。何時も通りに接するつもりだったのに。態度に出ちゃってたのか。ごめん。でも大丈夫だから。安心していいからな。俺はリオのこと嫌ったりしてないから。」
――ああ、俺、最低だ。
リオネルはピトロに抱かれたまま最初にそう思った。
ピトロは未だ9歳だ。
きっと部屋に入って来た時も自分の感情を抑えつけて、隠しながら普段通りに会話しようとしていたんだろう。だが、9歳の演技は甘かった。
もし、リオネルの中身が6歳児のそれのままだったら、気付かなかったかもしれない。
だが、前世の記憶を取り戻したリオネルは気付いてしまった。
はっきりと手に取るようにだ。ピトロが隠しているつもりになっているのが分からないくらいに。
――正解は、ピトロの感情に気付かぬフリをして、純粋純朴な6歳児として振る舞うことだったのか。
それが唯一無二のピトロの男の矜持を守ってやる方法だった。
もっともその解法は、あの夜を境に変質してしまったリオネルに取れる方法とは思えなかったが。
――過ぎてしまった事は仕方ない。
リオネルはピトロの背中に手を回して優しく叩く。
「僕もピトロ兄さんの事、好きだよ。」
「ありがとう。リオ。」
ピトロはリオネルの頭をグリグリと撫で回しながら澄んだ笑顔を見せた。
ふっきれたらしい。
結果的にはこの選択で良かったのかもしれない。
その後で、リオネルが魔法の形が全部魚になってしまう事を相談したら腹を捩って大笑いされた。
――こんな兄貴は嫌いだーい。
雷神暦4106年8月18日
あれから丁度2か月経った。
今日がピトロの10歳の誕生日である。
家族揃ってお祝いしたが、ピトロは喜んでいたものの、目線はチラチラと書物の束の方へ向いていた。
それも仕方ない事だろう。
なんせ、学院の入学試験の日は8月24日と25日だ。
目前に迫っていた。
リオネルとピトロの仲は極めて良好だ。
今までも仲が悪かったわけじゃ無かったが、一方的にピトロがリオネルに対して兄貴ぶるという関係性に近かったように思われる。
それが、最近はピトロが一皮むけたようだ。
兄としての所作に作為性が薄くなっていた。
次兄のランスと両親が、急にピトロが成長したように感じると言っているのを耳に挟んだので、リオネルだけの妄想と言うわけでもないだろう。
リオネルの魔法修行だが、既にやった事の反復練習ばかりなのと、母のハイナが受験直近のピトロの世話に注力していることもあって、7月に入ってからは一人で地下室で練習していた。
7月の前半はハイナに言われた訓練メニューを淡々とこなしていた。
しかし、毎日同じことばかりやっていると飽きが来るものだ。
そこで、リオネルは7月の後半に入ってから何か一工夫してみようと思い立った。
目標は実戦向きの魔法への改良である。
最初にリオネルが注目したのは矢の基本魔法だった。
ハイナの矢が壁に刺さったのに、自分の魔法は壁にぶつかった後で床に落ちてしまったのが印象に残っていたためだ。
ハイナによると、差が出る原因は、込める魔力量、魔法の技量的習熟度、練り上げた魔力の質などによってくるらしい。
まず、魔力量の多寡についてだ。
リオネルは光の矢に出来るだけ多くの魔力を込めようとしてみた。
しかし、途中からある一定以上の魔力を込めようとしても漏れだすだけで魔法の発現に使えない事が分かった。
――魔力魚8匹分か・・・。
リオネルは魚型の魔力のおかげで、消費魔力を感覚だけでなく、数値として正確に把握できていた。普通は液体状に把握しているので、全体の何分の一くらいというような測り方しか出来ないらしい。
因みに、現在のリオネルの総魔力は魔力魚48匹分である。MP48と言いかえる事も出来るだろう。
最初に比べると倍近くになった感触がある。
リオネルは魔力魚8匹分の光の矢を放つ。
以前使ったよりも大きい白銀のカジキが現れて宙を飛んでいった。
しかし、残念ながら壁にぶつかって落ちるだけだった。
込める事が出来る魔力に限界がある理由は何なのか。
実験の後で、リオネルがハイナに尋ねると、習熟度のような物が関係していると考えられているという回答が返ってきた。
つまり、より技量を向上させて、その魔法の制御が上手くなれば込める事が出来る魔力が増えるらしいのだ。
――それはつまり、魔法毎にレベル制限みたいなものがあるって事か?
だとすると、例えば、リオネルの現在の光の矢はレベル8だと言えるかもしれない。
リオネルは自ら検証する事にした。
まずは実験の前に初期条件を確認しておこう。
魔法:最高魔力限度
光球:魔力魚 4 匹分
光矢:魔力魚 8 匹分
光盾:魔力魚 8 匹分
闇球:魔力魚 4 匹分
闇矢:魔力魚 4 匹分
闇盾:魔力魚 4 匹分
――綺麗に数値が揃っている辺り、何かありそうだな。
場所が薄暗い地下室だったため、リオネルは闇属性よりも光属性を多く練習している。
結果的に、光属性の方が闇属性よりも習熟度、もといレベルがあがっているのだろう。
リオネルは実験の為に8月の頭まで、光球と闇盾だけをひたすら最高魔力限度で練習する事にした。
ハイナからは満遍無くやるように言われていたが・・・。
結果、8月1日に6種類を全て試した見たら。
魔法:最高魔力限度
光球:魔力魚 8 匹分
光矢:魔力魚 8 匹分
光盾:魔力魚 8 匹分
闇球:魔力魚 4 匹分
闇矢:魔力魚 4 匹分
闇盾:魔力魚 8 匹分
光矢と闇盾が4匹分ずつ増えていた。
――数字が揃い過ぎだ。
ハッキリ分かった事は、光球の訓練をしても闇球のレベルが上がらなかった事から、同じ球の基本魔法でも属性が違うと、連動して習熟度が上昇したりはしないということだ。
念のため、総魔力量を計測した所、なんと魔力魚72匹分になっていた。
――何らかの法則性があるはずだが、サンプル数が少なくてよく分からんな。
リオネルは一旦全てを8匹分で揃える事にした。
そして、リオネルは8月に入って1週間ちょっと過ぎた頃に闇球と闇矢がレベルアップした。
込めれる魔力魚はそれぞれ8匹分だった。
総魔力量は魔力魚96匹分。
2セットのレベルアップで、魔力量が24匹増えている。
――2回とも同じ結果だ。これは明らかに法則があるはずだ。
リオネルは最高魔力限度はレベルアップする度に4増えると考えた。
そして、一つの魔法をレベルアップさせると魔力量が12アップすると仮説を立てる。
検証の為に、その日から光矢だけをひたすら毎日最高魔力限度で12回ずつ打ちまくった。
そして、8月23日。
ピトロの入学試験の前の日。
リオネルの光矢に込める事が出来る魔力魚が12匹になった。
しかし、総魔力量は116匹だった。
・・・20匹の増加であった。
冥界神 「次回、入学試験編スタート。」