表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/29

目覚めの刻

 6歳の誕生日の翌朝。

 夢から醒めたリオネルは石製の天井を視界へと入れる。

 ――そう言えば、俺が寝ているベッドって天蓋無いな。

 リオネルは今まで思った事も無い事を考えた。


 前世の記憶と知識が僅か6歳のリオネルの意識と思考に多大な作用を及ぼしているらしい。

 ――貴族の子息は皆が皆、天蓋付きベッドで寝起きするなんて偏見も良い所か。

 アッガード家は貴族だが、十把一絡げの男爵家だ。

 まして、四男坊のリオネルがそんな御大層な家具を与えられるわけも無く。


「はあ。」


 リオネルは小さく溜息をついた。

 6歳らしからぬ万感こもった溜息である。


 膨大な量の知識と深い思考力が前世の記憶と共にリオネルの頭脳を浸食していた。

 昨晩はそのせいで頭の中の血管が弾け飛ぶんじゃないかと思うほどに、リオネルは苦しんだのだ。

 浸食されたとは言え自我その物はリオネルのものなので、それらの知識なんかは全てタダで丸儲けという感じではあるものの、価値観や思想に対して影響を及ぼさないわけではない。

 暫くは、リオネル自身の世界で過ごしてきた6年間の常識や教育の賜物と前世の地球で得てきた圧倒的な物量の情報を折り合わせていく事に苦労しそうだ。

 もちろん、その苦労が長期的に見れば多大な利益をもたらす事は思考力の急上昇したリオネルにも理解できているが。 


 リオネルはベッドの上で上体を起こす。

 物理的な頭痛に関してはもう治まっていた。


 軽く伸びをする。


 上質で滑らかな手触りをともなう純白のシーツは、彼の家がこの世界に置いてはそれなりに裕福な方である事を示している。

 末端だろうが、貴族は貴族だ。

 天蓋の有る無しよりは、シーツの品質の方が優先されるのはリオネルも賛成だ。


 リオネルの視点は直ぐにシーツから離れ、ベッド脇の椅子にもたれかかりながら静かに寝入っている女性へと移った。

 リオネルの母、ハイナ・アッガードだ。

 今年で34歳。普段は精力的で朗らかな女性だ。

 ただ、今は少し顔に疲労の色が見える。きっと、一晩中看病していたのだろう。

 いつもは凛として美しい流線形を描き出している眉が心持ち垂れ下がっている。

 透き通るような肌と造形美を保つ顔は客観的に美人と言える。

 ただし、眉のせいなのか澄ましているのが似合う凛々しい美しさだ。笑うと何か企んでいるように見えてしまう点はハイナが自分の顔に持っているコンプレックスらしい。もっとも、それを相談された友人達は贅沢な悩みだと斬って捨ててしまうそうだが。

 ――前世的価値観でいくと、その友人達の方に同意したくなる所だが・・・。

 昨日までのハイナはリオネルにとって甘える為の存在であり、美醜など大して気にしていなかった。それが今ははっきりと美人というタグを張り付けて見ている。

 流石に自分の母親に対して下品な事を考えたりはしないが、世界に対する観察点のズレのようなものを感じざるを得ない。


 リオネルはしばし無心に母を眺める。

 膝の上で指を組み、背筋を伸ばしたまま寝入っている姿はまるで瞑想しているかのようだ。

 肉厚な薔薇の葉を想起させる濃緑色の長い髪の毛が、椅子の台座より垂れ下がっている。

 リオネルと同じ髪の色だ。

 ――これをファンタジックと感じるのは前世の影響か・・・。こっちでは普通なんだがなぁ。

 髪だけでなく、リオネルの容姿は全体的に母親譲りである。

 それを知っている分、母を美しいと表現する事は二重に憚られるのだった。


 ――寝違える前に母上を起こすべきだよね。

 リオネルはそっと母ハイナの肩を叩きながら「母上、起きて下さい」と囁いた。




 リオネルが母ハイナと共に朝食の席に付くと、一斉に体調を心配する他の家族達から声を掛けられた。

 

「熱は確かに下がっているみたいだが。まだ、休んでおいたほうが良いんじゃないのか?」

「いえ、もう大丈夫です。元気いっぱいです。」


 リオネルの額に手を当てながら、次兄のランスが心配そうな顔をする。

 リオネルは体調に問題は無い。

 昨夜の高熱は前世の記憶を思い出した副作用らしい。

 リオネルが笑顔で答えるとランスは黒い瞳を嬉しげに光らせて、ほほ笑む。

 次兄ランスは家族思いの兄だ。

 現在15歳で高等学院の2年生。

 顔立ちは母のハイナやリオネルに似通っている。ただし、髪色は父親の遺伝らしく、品のある金髪をしていた。

 ランスはその金髪を女性のように長く伸ばして、後ろで太い一本の三つ編みにくくっている。

 リオネルの住むユーティア王国では男性の間でもそれほど珍しくも無い髪型だ。

 もっとも、この髪型が似合う男は多くないが。ランスは似合う方の部類である。

 ――今まで意識したこと無かったけど、ランス兄さんって綺麗系の美形だよな。


「ねえ、それより心配な事があるんだけど。」


 リオネルがランスの顔を見つめていると、強気な少女の声がした。


「リオの事は心配じゃないのか。」

「リオの事を心配しているのよ。」


 リオネルの体調をそれ扱いしたのは姉のアルナである。

 次兄のランスが咎めだてるが、アルナはしれっとした顔だ。

 アルナは12歳で、普通学院の3年生。

 リオネルと同じ濃緑色の髪と黒い瞳だ。


「体調なんか、顔色も良いし、リオも大丈夫って言ってるんだから大丈夫でしょ。それより、魔法調べで発熱したって事は、深部的な魔法接触がリオには負荷になったって事だよね。もしかしてリオは魔法の適性が相当低いんじゃないかって。それが私心配になってたんだけど。どうなんですか。お父様。」


 12歳とは思えない深い洞察力を示して、アルナは心配そうに食卓奥に座る父親を見る。

 姉も姉なりにリオネルの事を気にかけているのだ。

 もっともリオネルの中では、魔法的素質の心配をするアルナよりも体調を真っ先に心配してくれたランスの方に軍配が上がるのは当然だろうが。


 アルナの発言で、皆の注目がアッガード男爵家の大黒柱、現在44歳の家長カルロス・フォド・アッガードに集まる。

 リオネルの父、カルロスは上品な色合いの金髪とアッシュの瞳を持っている。

 全体的に痩せていて骨ばった印象がある為か、貫禄の点では貧相に見えてしまう。

 顔立ち自体は黙っていれば目が鋭く、強情そうにも見えるのだが、中身は正反対な人間だ。顔と性格にギャップがあるタイプと言える。


 カチャ。


 カルロスはいきなり自分に話がふられるとは思っていなかったのか、手に持っていた小型のスプーンをとり落とす。


「あ、あー、リオの魔法適性なら問題無い。今朝魔法チャートの結果が出ていたから丁度見てきた所だとも。」

「良かったわね、リオ。」


 父カルロスの言葉を聞いてアルナがリオネルの頭をグリグリと撫で回す。

 姉なりの愛情表現だ。

 ――もうちょっと力を緩めてくれたら言うこと無いんだが・・・。


 リオナルは姉によってクシャクシャになった髪を整えようとした。

 それを見たアルナがプッっと噴出して笑う。


「リオったら、なに無駄なことやってんのよ。髪の事は諦めなさい。」


 そう言ってアルナは再度、リオネルの髪をクシャクシャにする。

 いや、アルナはただ元からクシャクシャの髪を掻き回していただけなのだ。

 ――そう言えば、そうだった。

 リオネルは苦い顔をする。

 前世では地味な黒髪のストレートヘアだったために手ですくだけで髪型は直せた。

 その記憶が今さっき混同されていたのだ。

 リオネルの髪は前世とは似つかない。

 髪の色が黒と濃緑色で異なるのは勿論、今は巻き毛な上に、旋毛が7つもあるという奇怪さである。

 7つの旋毛は互いの都合なんて知らんといった風に、右回りと左回りを好き勝手に銘々選択しているのだ。旋毛曲りなんて言葉も生易しい有様である。

 リオネルは連れてこられた美容師の困り果てた顔を思い出す。

 リオネルの頭上は本職でも手が付けられない無秩序地帯なのだ。

 リオネルは諦めて手を下す。

 アルナはリオネルの諦観の表情が面白かったのか、アハハと笑いながら再度リオネルの髪の毛をクシャクシャと撫で回した。


 リオネルは髪の事は頭から払いのける。


 さて、魔法チャートとは各魔法属性への適性度をグラフ化したものである。

 この世界での魔法属性は、雷・火・水・風・地・闇・光の7種類。

 で、7つもあるとやはり人気属性や不人気属性も有るわけで。

 この7種の中で雷属性の所有者は稀有な存在で、かつその属性魔法はとても強力だ。

 その為、雷属性に高い適性度で生まれたらそれだけで人生安泰と言われる程だ。

 雷属性は、ただそれだけで英雄であり、少年達の憧れの的なのだ。(因みに、少女達に一番人気なのは光属性らしい。身近な少女である姉のアルナが、自身が闇属性を持っている事に喜んでいたのを見ているリオネルとしては半信半疑だが。)


 故に、オリホスタ世界の少年達は魔法調べが行われるその時まで、雷属性が高い数値を叩きだす事を願ってやまないものである。

 リオネルにしても例外ではなかった。

 血統的に可能性は低いと知りつつ密かにそういう期待を持っていた。

 ただし、昨日の夜までだが。


 家族達がウキウキしながらリオネルの魔法チャートを食卓に広げているのを見ながら、リオネルは頗る冷めていた。

 リオネルは既に知っていたからだ。

 夢の中で冥界神が聞きもしないのに“ネタバレ”していたからである。

 もし、このチャートの結果と、冥界神のネタバレの内容が異なれば冥界神の夢がただの妄想であったとなるわけだが、リオネルはその可能性をほぼ否定していた。

 そして予想通り・・・。


「おー。なんかすげー。」

「なにこれ。適性値めちゃくちゃ高いじゃん。どうなってんの。高すぎて発熱したって事?」

「一万越える人はたまに居るけど、二属性ともってのは父さんも初めて見たよ。」

「リオは天才だね。」

「あらあら。私の実家の血が色濃く出た感じかしら。」


 魔法チャートを見ながら、家族達がめいめい感想を漏らす。

 魔法チャートは横軸に7種類の属性が並べられている。

 縦軸には、0から5までの目盛りがうってあるのだが、これは底が10の常用対数での数値だ。つまり、うってある目盛りは、0、10、100、1000、10000、100000ということになる。


 で、肝心の結果であるが。

 雷・火・風・地の4つは軒並み0と1の目盛りの間にある。適性値は一ケタ。まず魔法の習得に置いては絶望的な適性度だ。

 つまり雷属性の適性は無い。


 水属性は中々健闘しているらしく、3の目盛りより少し下にある。

 適性値500って所だろうか。


 そして、光と闇の二つが突き抜けていた。4の目盛りまでグラフが伸びている。

 適性値一万だ。極めて高い適性値である。

 ――やっぱり、あれは夢じゃ無かったか。 

 リオネルは黙ってチャートのグラフを見つめた。自然と渋面になる。

 

「どうしたんだよ。リオ。雷属性が低いのがショックなのか?」


 アッガード家三男、ピトロが心配そうに黙ってしまったリオネルの顔を覗き込む。

 9歳のピトロは一年ほど前からリオネルに対して「お兄さん」的な行動をとるようになっていた。

 金髪とアッシュの瞳をもつピトロの容姿はカルロス・ジュニアと名付けたくなるほどカルロスの面影を色濃く持っている。

 勿論、未だ9歳なのでカルロスよりはずっと可愛らしい顔をしているが、将来的には同じような顔立ちへとなっていくだろう。


 リオネルはピトロの問いに、慌てて首を全力で横に振る。

 それを見てカルロスが安堵しているのが、リオネルの視界に入った。

 自分の魔法チャートが気に入らなくて駄々をこねる息子をどうやって宥めるかは、全ての父親に共通した潜在的悩みなのだ。


「水属性の適性値がどれくらいか目算していたんだよ。」

「ああ。2.7ぐらいじゃないか。」

「馬鹿ねえ。ピトロ。この目盛りはそういう風に読むんじゃないのよ。」


 適当な事を言ってリオネルは誤魔化した。

 魔法チャートの読み方を間違えているピトロを姉のアルナが腕を組みながら指摘する。

 ピトロはむすっとした顔でアルナを睨む。


「じゃあ、お姉ちゃんには分かるのかよ。」

「えーっと、・・・700くらいかしら?」


 アルナは自信なさげに次兄ランスの方をチラチラ見る。

 どうやら、アルナも目盛りの大きさ自体は分かっているが、対数の概念は理解できていないようだ。

 まあ、未だ12歳なので当たり前だろうが。


「たぶん、500って所だと思うよ。」


 ランスは笑ってアルナに教えた。

 それを聞いたピトロがジト目でアルナに非難の眼を向ける。

 アルナは明後日の方向に目線を逃がしてしまった。


「そ、そう言えばダントお兄様の姿が見えないけれど。どこにいるのかしら。」


 アルナによる露骨な話題転換だ。


「ダントなら、今朝何かに閃いたとか言って自室で実験を始めていたな。」

「全く、うちの子達は皆貴方に似て研究馬鹿なんだから。」


 カルロスによると、アッガード家の長兄ダントは自室にこもっていると言う。

 末の弟であるリオネルの容体よりも実験の方が優先されたらしい。

 母ハイネが溜息混じりに愚痴る。

 カルロスが苦い顔をしながら反論をしないのは自覚があるからだろう。

 ――父上は尻に敷かれているな。


「お姉ちゃん。さっきのチャート・・・」 

「そ! そう言えば! 未だリオネルは情報開示魔法覚えていないわよね。」


 未だジト目を止めないピトロがアルナに追撃を掛けようとする。

 しかし、アルナはそれを遮って再び話題転換のカードを切った。

 このまま何処までも秘義「話題転換」で逃げ切るつもりらしい。


「リオ。昨日誕生日プレゼントとしてあげた『調査の指輪』は持っているかしら?」

「はい。ここに。」

「じゃあ、それを指に嵌めて。」

「はい。」


 ハイナに言われてリオネルはポケットに入れていた銀細工の指輪を取り出す。

 指輪にはオレンジ色の石が嵌め込まれている。

 リオネルはその調査の指環を右手の薬指に嵌めた。

 前世を通しても指輪をした経験が無い為、異物感に少しだけ不快さを感じる。

 この指輪は比較的安価な魔道具で、情報開示魔法専用だ。

 リオネルが指輪を嵌めたのを確認すると、ハイナは自分の右手の平とリオネルの右手の平を合わせる。


情報開示(インフォオープン)


 ハイナに教えられた通りに呪文を呟くと指輪の辺りの空中に黒い枠が出現する。

 枠の中には文字が書かれていた。勿論、こっちの世界の言語でだが。


 『ハイナ・アッガード』

 人類 人間族 34歳 

 階級:アッガード男爵夫人


 ――おお、ディス、イズ、ファンタジー。

 リオネルは魔法の無い世界の記憶を持っている分、魔法の使用に対する感慨もひとしおである。

 どうやら、この情報開示魔法は名前と種族、年齢、階級を知る事が出来るらしい。


「母上。この階級と言うのは、その人の地位を表示するということで良いのですか?」

「ええそうよ。今度は、自分に対してやってみて。」

「先天加護とかがあれば、これで判明するからね。加護とか魔法指向とかは自分以外が情報開示しても見れないようになってるから。」


 ランスが補足説明を入れる。

 リオネルは自分の左腕に右手の平を押し当てる。


情報開示(インフォオープン)


 『リオネル・アッガード』

 人類 人間族 6歳

 階級:――

 加護:学識霊の加護「図解博物誌」

 魔法指向:星宮魔法「双児宮」

 被呪:冥界神の祟り


 ――祟りって、どういうことやねん。

 被呪の項目に真っ先に目が止まった。

 リオネルは内心で盛大なツッコミを入れる。

 冥界神からギフトを貰っているのは分かっていたのだが、「冥界の天恵」とか「冥界神の祝福」等という表示があるんだろうと予想していたせいだ。

 ただし、『祟り』の内容の方は冥界神が嘘をついていない限り、有効ではあれ害に為るものではないことも教えられている。

 故に、被呪とか祟りとかいう物騒な表記を見てもリオネルは呆れるだけで至極冷静である。

 気持ちの良いものでは決してないが・・・。


「どうだった? 加護はあった?」


 ランスの言葉にリオネルの意識はようやく残り二つの項目にいく。

 家族の視線が全てリオネルの顔に注がれているのを感じる。

 ――被呪については心配をかけるだけだから隠して置こう。危ないもんじゃないし。・・・たぶん。


「ありました。加護も魔法指向も。」

「えー、なにそれ。両方あるとか狡いわよ。私、加護しか無かったのに。」


 リオネルの返答を聞いてアルナが愚痴る。


「アルナ。普通は片方あるだけで十分満足すべきものよ。」

「それは分かっていますけど、リオが狡い事に変わりないと思います。」

「こら、アルナ。リオが困っているだろ。姉弟なんだから喜ぶ所だ。」


 愚痴るアルナを窘めるハイナ。

 尚も言い募るアルナをランスが更に窘める。

 アルナはフンッと鼻息を漏らすとそっぽを向いてしまった。

 リオネルはただ苦笑いするのみだ。


「それで、どんな加護と魔法指向?」

「ダメだよ。ピトロ。加護も魔法指向もその人にとって切り札だから、家族でも無理に聞きだすのはマナー違反だからね。ピトロだって、誰にも加護の内容言ってないだろ。」


 ピトロもランスに窘められる。


「別に、無理にとかそんなんじゃ・・・。だいたい俺の加護、言わなくても皆もう知ってるし。」

「ええっと、それはまあ、ピトロの場合は仕方ないというか、あれだけ部屋にあればね。」


 愚痴り始めたピトロにランスは困った表情の微妙な笑みを見せた。

 リオネルにはピトロの加護が何なのか分からないが、家族の間ではバレてしまっているらしい。


「こらこら。人を羨んでも良い事なんか無いぞ。だいたい父さんとダントは6歳の時はどっちも持ってなかったんだからな。自分の幸運を大切にして活かしていく事が重要なわけであって・・・。」

「つまり、我が家の優秀な遺伝子は全部お母様譲りなのですね?」

「ええ。そうよ。」


 父カルロスの説教の途中にアルナが辛辣な事を言う。

 謙遜も何もなくスッパリと肯定したハイナを見て、カルロスは豆鉄砲をくった鳩になった。

 ハイナは澄まし顔だ。私、何か変な事言ったかしら? と顔に書いてある。

 カルロスは微妙な表情で何も評さなかった。


 加護と魔法指向について少しだけ触れておこうと思う。

 加護と言うのは、この世界と表裏一体を為す精霊世界の精霊からの祝福特典のようなものだ。

 例えば、ある人物が剣術霊に気に入られると、剣術霊の加護を受ける事が出来る。

 その際、「剣圧強化」や「剣速上昇」など、剣術霊が与える事が出来る権能の中から、具体的な加護が与えられる事になる。

 加護は先天的に持っている場合もあるが、後天的に身につける事も可能だ。

 特に兵士の職種等について剣を毎日振っていたりする場合は、例として挙げた剣術霊等によって認められる事は少なくないようである。

 前世のゲーム用語で言えば、スキルという言葉と互換性があると言える。

 次いで、魔法指向だが、これは先天的に与えられる才能だ。

 該当する魔法の習得速度と行使に大幅な補正が付く。

 例えば、魔法指向として暗黒魔法の虚弱化を持っていれば、暗黒魔法の虚弱化を習得する速度が速くなり、実際に行使する際も上手く使いこなす事が出来る。更に、虚弱化を習得するために必要な前段階としての基礎的な暗黒魔法の習得も高速化する。

 加護のように後天的に得られない分、特別感が有るが、実際には才能の早熟化をさせているだけで特別な力を身につけられるわけではないと見る向きもある。10代の頃は魔法指向のおかげで周りから抜きん出ていても、30になる頃には周りと比べてちょっと上手いかなという程度になるというのもよくある話だそうだ。もっとも、逆に幼少期に魔法指向の恩恵に胡坐をかかず厳しい研磨を重ねる事で、年を経るごとにスタートダッシュの差を重ねて増やしていき、周りが到達を諦める程の境地まで行き着く人もいるので、結局才能を生かすも殺すも個人の努力次第なのだ。




「加護大全には載っていなかったよ。」


 昼過ぎ、リオネルはランスが書庫から取って来てくれた加護大全を閉じた。

 名前だけでどういう加護か分かる場合も有るが、分からない場合も有る。

 分からない時にお役立ちとなるのが、こちらの加護大全。

 加護大全とは歴史上存在した加護についての情報を纏めた辞典のようなものだ。

 非常に分厚い上に、目次等と言う親切な物もついていない代物である。

 しかも、過去の加護持ちたちの善意からの情報提供によって作られているので、当然切り札として秘匿する者が多い以上、レアな加護はまず載っていない。

 これに一通りリオネルは目を通したのだ。

 目を瞑って伸びをする。


「そうか、残念だったね。」


 ランスは気の毒そうな表情でリオネルの頭をクシャクシャと撫でた。


 ランスはリオネルから加護大全を受け取ると、書庫へと返しにいった。

 リオネルもランスを見送った後、自室に引き上げる。

 自室とは言っても、四男のリオネルは三男坊のピトロと部屋を共有しているのではあるが。


 部屋にピトロはいなかった。

 出迎えてくれたのは、ピトロの机の傍に林立する彫刻群だけだ。


 現在9歳のピトロは直近に迫った普通学院入学に向けて絶賛勉強中である。

 入学年齢は10歳なのだが、入学月が9月で、ピトロの誕生日が8月なので、あと3カ月しかないのだ。制度上、入学年齢は10歳以降でも問題無いらしいが。

 実際の所、勉強しなくても現状のピトロの才能なら問題無く入学出来るだろう。

 ただし、上位合格を目指すなら話は別と言うわけだ。

 そこで、父や母や家庭教師やらに、魔法や算術、礼節に論理学と色々教え込まれているのである。


 これはリオネルにとっても、もう他人事ではない。

 深部的魔法接触を経たリオネルは明日から魔法の修練が開始されるだろう。

 そして、4年後の普通学院入学で好成績を出す事が求められるだろう。

 なぜなら、アッガード家は学問貴族の家柄だからである。

 しかし、ピトロを見ているとシガラミに囚われてしょうがなく勉強しているという感じでは無い。

 結構楽しそうに勉学に励んでいる。

 きっとハイナが愚痴った“研究馬鹿”の血がしからしむるところという奴なのだろう。

 その点、一抹の不安がリオネルにあるとすれば、彼の容姿が父カルロスよりも、大部分が母ハイナに似通っているという点だろうか。

 研究馬鹿の血はカルロスの方の血なのだから。


 そんな事をツラツラ考えながらリオネルはベッドの上に腰をおろす。

 弾力のある毛布の感触がリオネルに昨夜の事を思い起こさせた。

 ――忘れないうちに、冥界神の話をメモしておくべきだな。

 リオネルは机に向かうと羊皮紙と羽ペンとインクを取り出す。

 今までは不便だとは思った事は無かった文房具を少しばかり見つめた。

 ――資金が手に入ったら紙と鉛筆と消しゴムを『発明』してやる。

 リオネルは羽ペンを握ると目を瞑る。

 まずは昨夜の夢を思い出さなくては。

 



 ~~~~~




 リオネルの精神が前世の記憶の旅を終えた時、それは現れた。

 赤い空間の中、絶え間なく波紋を生じる黒い水面の上にリオネルとそれは距離を開けて立っていた。

 水兵服のような物を着て、鬼の仮面を被っている何か。

 黒く長い髪を背中に垂らしている。

 右手には太い樫の木で出来た杖を握っている。

 ピシッとしたズボンをはいているが、靴は履いていない。

 いや、履きたくても履けないだろう。なんせ、足先がロバの蹄になっているのだから。

 妙チクリンな格好だ。

 祭りの出店に立ち寄ってきた悪魔という所だろうか。


「じゃじゃじゃ、じゃ~ん。冥界神10大王が一人。タイザンフクン登場やで。うちの事、覚えてくれとるかな? なあ、和葉君?」


 中身も外見と同じく妙チクリンだ。

 ノリが軽い。冥府の支配者がこんなんで良いんだろうかとリオネルは頭を抱えたくなる。


「覚えてますよ。死んだ直後の事までちゃんと思い出しましたから。」

「僥倖。僥倖。あ、因みに今高熱出してぶっ倒れてると思うけど、前世の記憶の同期化処理の副作用さかい起きたら治っとると思うよ。それで、君が死んだ後にうちが話した内容もきちんと覚えてくれとるかな? 和葉君?」

「まあ、だいたいは。・・・それより、冥界神様。僕の名前はリオネルです。確かに前世では東嶽和葉という名でしたが、前世と今世の僕は別人です。前の名で呼ばないでくれませんか。」

「ふむ。それはまあ、そうやけど・・・。」


 リオネルの抗議に対して冥界神はやや考えるそぶりを見せる。

 そして、次の瞬間にふっとリオネルの眼前に鬼の仮面が近寄っていた。

 ――心臓に悪い。

 リオネルの足元から湧きたつ波紋の間隔が狭くなっていく。


「理屈はそうやけど。でも、君の意識は東嶽和葉のもんやろ?」

「いえ、僕はリオネル・アッガードですが?」

「?」


 また、気付くと冥界神は離れた位置に立っていた。

 今度は冥界神の足元からの細波が発生頻度を上げる。

 冥界神は何かブツブツと言いはじめた。


「・・・そりゃ、別人なのは確かやし。今の人格は今の世界の名で語るべきなんも確かやけど。それはむしろうちらが諭すべき事柄で、普通は前の世界の人格構成に今世の精神が引き摺られるもんやし。意識の根源的同期化の過程で、ベースとなるのはより多くの情報と精神的容量の大きい方やんか。前世で赤ん坊の内に死んだならともかく、そうでない場合にベースの選択が逆転するなんて事は・・・。少なくとも、和葉君の精神がたかが6歳児の人格に吸収されてしまうなんて有り得るわけ無いやん。和葉君の精神がリオネル・アッガードの精神を飲み込んどるはずやのに。いや、まてよ、精神的安定性に大きく差が出とる場合はむしろ吸収効率の方が重要になるさかい、容量の小さい方が何らかのはずみに容量の大きい方を攻撃してしまった場合は・・・。」


 リオネルには冥界神の言っている事はさっぱり理解できない。


「なるほど。ということはおそらく・・・。」


 冥界神がリオネルの方に向き直る。

 その瞬間。リオネルは仮面によって隠れているはずの冥界神の口端がつり上がる様を幻視した。


「あれか。和葉君の人格やと、最後の弟君のメッセージを受容しきれへんかったんか。それで、リオ君の人格の方が柔軟にショックを処理してしまって、和葉君を逆に飲み込んだんか。あははは。こりゃとんだ悲劇やな。いや喜劇か。折角、残りの寿命をうちと取引しておいて転生したら向こう側の意識に飲まれてしまうとか滑稽過ぎやで和葉君。・・・そういうことやろ、リオネル君? どうや?」

「いや、『どうや』と言われましても。ただ、まあ確かに東嶽和葉の記憶の内に置いて、弟の東嶽双葉から『二度と顔も見たくない。転生しても会いたくない。何度も苦しんで死ね。』と言われて大きなショックを受けていたのは間違いないみたいですけど。」


 胸を張って推理を披露する冥界神にリオネルなりに答える。

 仮面の下ではきっとドヤ顔しているに違いない。

 もっとも、そのドヤ顔も人間の顔とは限らないだろうが・・・。


「まあ、身うちに、しかも可愛いがっとった相手にそんな事言われたらなぁ。」

「でも、彼の場合、自業自得かなと思う所ですけどね。」


 ややリオネルの前世の方に同情する冥界神に対して、リオネルはばっさり切り捨てる。


「なんや、君。前世の自分に冷たいな。・・・って、こんな話しとる場合やあらへんかったわ。無駄話しとる時間あらへんねんで!」


 冥界神は慌て始める。

 時間の浪費をしていたのは間違いなく冥界神の方なので、リオネルに向けられる僅かの怒気も理不尽な事この上ない。


「とにもかくにも、要点だけちゃっちゃと言って今日は帰るさかい。補足しなあかん事があったら、また来年くるからそん時にするわ。」

「そうですか。」

 ――来年くるってどういう事だ? こういう神みたいな得体のしれない存在との会話みたいなのは普通は一回きりなんじゃ。


「あ、誕生日の夜だけ夢の中でうちと会えるから。・・・言うとくけど、誕生日の夜に徹夜とかせんといてよ。」

「まさか、そんなことしませんよ。」

 ――なるほど。逢いたくなければ徹夜すれば良いわけね。


「・・・。えーっと、死後にしたうちとの会話覚えてくれてるんやったら今更殆ど言う事も無いけど、復習も兼ねて、駆け足で言っていくから全部覚えといてや。」

「・・・はい。」

 記憶力に自信のないリオネルの返事は心持ち小さい。


「転生前の約束通り、予めチートな才能もあげたからね。双児宮って魔法やけど、流石に魔法自体を先天的にあげんのは無理やったから自力で習得したって。指向性付けてあげたからセンス次第で直ぐに習得できると思うわ。それから、魔法属性やけど、双児宮の指向性付けるのに必要やったから君の属性は光と闇の数値めちゃんこ引き上げといたから。その反動で雷属性がめっちゃ下がってしもたけど、まあええやろ。」

「え?」


 分かり易さもへったくれも無いという感じで、口早に捲し立てる冥界神の言葉を一言一句漏らさぬように謹聴していたリオネルだったが、思わず言葉が口からついて出る。


「僕の元々の属性、雷だったんですか?」

「そうやけど?」


 それがどうかしたのかという風に冥界神は首を傾げる。


「あの、もともとは雷属性はどれくらいあったんでしょうか?」

「うん? 結構高かったよ。実践でばんばん使えるくらいには。まあ、そんなこと別にどうでもいいやんか。それより、うちが冥界神としてあげた天恵は呪い扱いになっとるかもしれんけど問題無いから気にせんで良いよ。というか、解呪とか試そうとせんといてや。天恵消えしまうから。話は以上。質問ある?」


 冥界神は一方的にしゃべり続けた後、ようやくリオネルに発言の機会を与える。


「雷属性の数値は元に戻せないんですか?」

「え、もう無理。転生作業の過程でいじったからな。」

「元々高かったんですよね。」

「そうやで。」

「ほんとにほんとに戻せないんですか?」

「戻したら、君の魂壊れてまうと思うよ?」


 リオネルの作る渋面に冥界神は首を傾げる。


「なんや、えらい拘るな。君、転生前に雷属性が欲しいとか、別に言って無かったやろ。あ、そろそろ時間やわ。ほんなら、さいなら。」


 夢の空間は暗転し、リオネルが尚も冥界神に言い募ろうとするも、既にその姿は消え失せていた。

冥界神 「皆さま、当小説を読んで頂き誠に有難うございます。」

リオネル「精一杯生きていこうと思いますので、長い目で見守って下さい。」

冥界神 「皆さまに楽しんで頂けるよう、しっかり道化を演じさせます。」

リオネル「え? 演じさせる? 誰に!?」

冥界神 「次回、リオネル君の初魔法訓練やで!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ