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とある冬にかかせないお仕事の田中さんのおはなし

作者: 山藍摺


 初老の年齢に差し掛かった田中さんは、冬にはかかせない職業に就いていました。

 その冬にはかかせない職業とは、人の世界に冬の到来を告げる冬将軍の役目でした。

 毎年、毎年、佐保姫が春霞を織り始める花盛りの春も、筒姫が支配する鮮やかな色の空が続く夏も去って、赤や黄に葉が彩り移ろい行く竜田姫が染色を始める秋が来て、秋も終わりに近づき、竜田姫が秋の郷に帰ってしまえば、雪の舞う銀世界――冬の出番です。

 秋を司る竜田姫から、冬を司る宇津田姫に季節のバトンは渡され、世界は秋から冬に移ろい始めます。

 その冬の到来の初雪や北風、そして冬真っ只中に降り積もる雪などの天候を、冬将軍の田中さん率いる冬の軍隊が各地を巡行し、冬が始まることを知らせながら、世界を冬に染めるのです。

 世界の季節は、竜田姫が秋の郷に帰り、宇津田姫が冬の郷から出てきました。そうなればいよいよ、最近頭部の将来に不安を感じ始めた田中さんの出番です。

 寂しくなり薄くなった頭部は暖まりませんが、同じように薄くなったお財布と懐は温もる季節です。

 かかあ天下の田中家で、宇津田姫の侍女頭を勤める奥さんに、田中さんが唯一胸を張れる季節です。普段から一定収入のある奥さんと違い、……悲しいことに……田中さんの収入は……この時だけだったりするのでした。

 だからこそ、外の世界はどれだけ寒くても、田中さんのお財布はあったまるのです――動物たちや人間たちが冬支度を迫られるなか、田中さんは冬が待ち遠しいのでした。だって、田中さんにとって活躍できる唯一の季節であり、お給料をもらえる唯一の季節でもあるのですから。悲しいことに、冬しか定職につけないのです。

 なので今年も、一年中雪に覆われる極寒の冬の郷から、冬将軍の田中さん率いる冬の軍隊が――皆、財布が暖かくなる季節にほくほくしながら――秋の残り香が仄かに残る世界へと降り立ちました。


「……オヤビン、何だかオカシクないですかぃ」


 真っ先に違和感に気づいたのは、北風太郎でした。親戚に北風か○たろうのいる北風太郎は、冬の軍隊の中では風の役割を巻かせられた兵隊さんでした。

 雪も、あられやみぞれも、風がなければ舞えませんし、寒さをいっとう強く知らしめる役割もあることから、北風太郎はなかなかに発言力のある兵隊さんでもありました。


 郷の外の世界は、田中さんが絶句して驚くぐらいに、暖かかったのでした。

 そう、暖かかったのです。予想外に、暖かかったのです。田中さんたちのほっかほかな懐くらいに、暖かかったのです。

 世界は、田中さんたちの財布並みに暖かく(予定)なっているのです。暖かかったらいけません。暖かかったら、冬がまだまだ先立ということになってしまうのです! そうなれば、田中さんたちの活躍期間は減ってしまいます、つまりお財布の中が寂しくなるのです、思ったより暖かくならないのです、悲しいことに……!


「…………暖冬ですか」


 眼鏡を押し上げながら、そう呟いたのは、冬の軍隊で参謀をつとめる鈴木さんでした。いんてりめがねで、頭がきれるそうです。

 しかし冬の軍隊が戦をすることはありませんので、あまり活躍の舞台がない参謀でした。はっきりいって、今年はどんな吹雪の仕方でいくとか、今年はどれだけ風を強めるとか、今年はどのあたりを初雪観測の地にするよとか、そんな参謀らしくない参謀(笑)のポジションなのです。

 そんな参謀(笑)の鈴木さんが、今こそ活躍時だとどや顔で輝いていました。どことなく残念ですが、それは指摘しない方がよいでしょう。


「鈴木、おまえ、何だか残念臭漂ってるぞ」


 しかし、そこはキングオブ空気読まないのヨマナイストの田中さん。しっかりと指摘をしてしまいました。かかあ天下のため、家庭なで大きな顔をできないストレスが、ここへきて発散されたのです。なんて最低なのでしょう。

 ――そのあとしばらく、冬の軍隊の行進が止まってしまったのは、いうまでもありません。


「……ふむ、行進を再開しよう」


 頭をさすりながら、田中さんは暖かかい世界を見渡しました。風になびく量が少ない、まるで冬の野山のように寂しい頭頂部には、三段重ねのアイスクリームのようなたんこぶが鎮座しておりました。

 これは聞くまでもなく、上司たる田中さんから言葉の「ぱわーはらすめんと」なるものを受け、頭がぷっちんとなった鈴木さんによるものでした。良い上司も悪い上司も真似をしてはいけませんという良い事例でしょう。


「またぞや秋の姐さん方がシブってんでしょうがね」


 北風太郎は、頬をカリカリ指でかきながら、はあと、大きな溜め息をひとつつきました。

 北風太郎がいう秋の姐さん方とは、宇津田姫の配下である冬の軍隊と同じポジションにいる強く猛々しい女性方です。

 秋を司どる竜田姫はおしとやかさんで知られるわけですが、彼女の配下――世界各地に散らばり、山々や野の葉の染色を一手に担う職人集団の彼女らは、たいへん仕事に熱心ですが……困ったところが、実はあるんです。


「かっはぁ……くぅ、現実逃避のタバコはうまい」


 田中さんは、遠い目でお空の彼方を見やりながら、ぷくぅと円の形に煙を吹き出しました。

 ――田中さんは、姐さん方を前に、現実逃避の一服をしたのです。

 姐さん方に対面する前に、死んだ魚のような目で現実から逃げたくなる。

 それは、冬の軍隊の満場一致の意見でありました。誰しもが、タバコを吸わない北風太郎や鈴木さんでさえ、このときはポ○キーあたりをくわえたくなるのです。



 ――そのあと各地で、からだのあちこちに生傷や青アザをこしらえた冬の軍隊が、のろのろと北から南へ南下していく様が見られました。

 なんとも痛々しい彼らでしたが、どこか大役を終えたやりとげ感も漂わせていました。

 秋の姐さん方は、職人集団です。最後の葉の染め上げは、一番寒い北国でありました。一番寒い北国は、冬の軍隊が一番はやく降り立つ場所。

 秋の姐さん方は染め上げたあと、秋の気配をまといながら、北国にて酒盛りをしていたのです。打ち上げです。一仕事終えたあとの宴会です。

 一仕事終えたあとのお酒ほど、姐さん方には美味しいものはないのでしょう。べろんべろんのどろんどろんに酔いつぶれた姐さん方は、北国の地に何日も突っ伏していました。何日も、つまりはお仕事終了の期日を大幅に過ぎていたわけですね。

 竜田姫が去り、宇津田姫の支配する冬になったはずなに、秋の気配をまとって突っ伏してた――停滞していたわけですから、そりゃあ暖冬にもなるわけです。

 冬の軍隊のメンバーたちは、酔いつぶれ、ぐにょんぐにょんになった、深酒をしたら暴れん坊になる酒癖の悪い姐さん方に殴られ蹴られながらも、姐さん方を担ぎ上――いいえ、優しくおんぶや抱っこをして、秋の郷へ強制そうか――いいえ、秋の郷へと速やかにお送りしたのでした。

 秋の姐さん方は、よくこうして酒盛りをし、酒宴にて仕事を互いに労いあうのですが、よく居残ってしまうのです。

 ――自分たちの季節が終わってしまえば、実は自力では郷へ帰れないのです。季節を司どる神姫たちが、郷から他界への入り口を開け降り立ちます。降り立つそのあとを追う形で、神姫の配下たちも降り立ち、そして帰還の時も同じようにあとを追うのです。彼らには、他界への扉を開ける力がないからです。

 ――ですので、冬の軍隊は毎回のことですが、今回も宇津田姫に頭を下げて扉を開けてもらったのでした。




 そんなわけですので。

 今年の秋は例年よりちょっぴり長く、また北国の紅葉もちょっぴり長く色づき、暖冬といわれながらも、ゆっくりとゆっくりと冬の足音はきちんとそこまで近づいていたのでした。

 さあ、皆さん。今年もお待ちかねの冬がやって来ましたよ!


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