リアル人生ゲーム
「ねぇ助手君______あぁ、手は止めなくていいよ?続けながら話そうか。と言っても僕の駒はしばらく動かないからパスを続けるけどね?」
「君はこれからの人生どうなると思う?うん、よく分からないよね?」
「じゃあこれまでの人生どうだった?楽しかったとかそういうのでいいよ?『あなたに会えてよかった』、ね」
「じゃあさ、それがもし"誰かにそうするように決められていてた"としたらどうする?」
「難しかったかな?ん~、例えば"僕が君の人生を僕の好きなように動かしてた"そうだとしたらどう?ってことかな」
「『店長になら何されてたとしても許す。でも他は嫌だ』ってよくそんなにも恥ずかしいこと言えるよね……」
「ところでさ、"君"はどうかな?自分の意思で生きてきた?それとも誰かがひいたレールの上を歩いて来て、そして誰かに駒のように動かされてきたかな?」
「君はそれがどちらなのか知りたいかい?『自分の人生は自分で決めてきた』とかっこいいコト言ったところで本当は違うかもしれない。でもそれを知るのってとても怖いコトだよね?」
「ん?あぁ、助手君ありがとね。やっと僕の番か」
ギギギ……。
古びて錆び付いた扉を押すとそんな不快な音を出した。
久々にここの空気を吸う気がする。
親しみはあまり無いはずなのにどこか懐かしく、少し甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
扉を開けてすぐ目に入る物は、視界の右側に広がる、初めて来た時から一向に理解できない趣味の悪い骨董品達。
その右隣の棚にはまるで本物のように見える(決して本物と信じたく無い)人の頭蓋やとても精巧に出来た首や手足のない人形。それらの周りには真逆で、対象的に美しく、色とりどりに煌びやかな(本物かどうかは知らないが)宝石達。
それらに背を向け、振り返ると、
「やぁ、いらっしゃい。僕は君が来るのを待っていたよ?」
特に理由もなく、唐突にふと思いつきでこの店に立ち寄っただけだ。
それなのに、さも知っていたかに振る舞う店主は変わらず元気なようだ。
まるでこの人を中心にしてこの奇妙な空間は生まれているように感じるのも相変わらずらしい。
「で、今日は何をしに来たのかな?何か買う気になった?安くしとくよ?」
ありがたく遠慮する。
変なものでもつかまされたらたまったもんじゃない。
それよりも今日は聞かせて欲しい話がある。
「聞かせて欲しい話?あぁ、懲りずにまた僕の年齢でも探ろうって気かい?」
陽気に、いや無邪気に笑う店主。
確かに彼(?)はとても……いや、あまりにも若い。それなのに見た目にそぐわなすぎるほど大人びているのだから気にならない訳が無いだろう。
普段ならそちらを調べようとするが、今日は別の用事で来たのだ。
「えぇっと……怖い話が聞きたい?まったく……ここはそう言う店じゃ無いし、何も買わない冷やかしなら帰って欲しいんだけどな」
幼い顔立ちには余りにも大人びた、似つかわしくないニタリととても楽しそうに笑う店主。
夏なのに背筋がうすら寒くなるのがわかる。
無邪気な目に心の奥底まで覗かれているように感じてならないからだ。
「僕なら話してくれると思ってたって?いやいや、それは買いかぶりすぎだよ?でも、君が今日ここに来ることは知ってたし、怖い話が聞きたいって言うのも分かっていたから幾つか用意しておいたよ。さぁて、何がいいかな______」
何だかんだ言いつつも、色々とこの人はよくしてくれるからありがたい。
どうして私の用事について知っていたのか気になるが、上手くはぐらかされるのが目に見えてるいので、やめておこう。
そう言えば……あの子が見当たらない。
いつもこの店主にくっついている助手の姿が。
「ん?あぁ、助手君かい?奥にいるよ?さっきまで……いや、今もなんだけど、二人で人生ゲームやっていたんだ。最近手に入れたんだけど、何でもいわくつきの一品らしいんだ。まぁ、君が来るから一時中断したんだ」
それはとても悪いことをした。
この店主と同じで助手も性別・年齢ともに不明なのだが、この店主以上に見た目が幼いゆえに悪いことをしたなと思う。
「あぁ、気にしなくていいよ。ああ見えてあの子は我慢強いからね?君に話をしている間はおとなしく待っていてくれると思うよ」
私の考えていることを見透かしたのか、店主はそう答え店の奥に目をやる。
つられるように店の奥へと視線をやるが、いつもながら真っ暗だった。真っ黒だった。
店の奥と言うより、異世界の入り口だとか、真っ黒に塗りつぶした壁がそこにあると言われた方がまだ納得のいくほどに『奥』は一切の光を通していなかった……。
「ところで連続殺人犯が最近彷徨いてるらしいけど来る時に一人で大丈夫だった?」
あまりにも自由すぎる彼のペースに軽い目眩を覚え近くの棚に手をつく。商品(?)には決して触らないようにした。
この店が全体的に古めかしい故に時事ネタには疎いと思っていたのは私の勘違いだろうか。
それにそう言うことは会った時に言ってもらいたいものだ。
そしてその話は間違っても笑いながら聞くことではないと思うのだが?
「じゃあそろそろ話そうか。そうだね、ちょうど人生ゲームをしていからね、それにしようか______」
あの話は言伝で聞いたから、本当の話か、はたまた嘘なのかはわからないんだけどね、ある中学生の女の子宛に贈り物が届いたってことから話は始まるんだ。
え?その子が可愛いかって?可愛い子だとは思うけど助手くんには負けるよ。
そういうのはいいって?ごめんごめん、ちゃんと話すよ。
女の子への贈り物。
それは大好きな親戚のおじさんからの贈り物だったらしい。
『一日早いけど、お誕生日おめでとう』
大きな包みにはその一言だけ書かれたメッセージカードが添えてられていた。
「もう、伯父さんったら……誕生日は一週間以上過ぎたのに……」
中学生の女の子は伯父さんから貰ったってことがよっぽど嬉しかったんだろうね。
誕生日を正確に覚えられていなかった憤りにも笑みがこぼれていた。
「おかあさーん!伯父さんから誕生日プレゼント貰っちゃった!」
「あら、それはお礼の電話しなきゃ……って今伯父さんどこにいるのかしら」
「お母さんも知らないの?伯父さんまた住所書かずに送ってるし……」
「まぁ、出来る時にまとめてお礼しましょう。それよりそれ大きいけど何が入ってるのかしらね?」
伯父さん呼ばれる人は行方不明らしく、交流と言えば定期的に連絡や贈り物があるだけだ。
二人とも慣れてしまったようで対応も手慣れたものだ。
そしてビリビリと包みながら少女は言う。
「一番最近に連絡あったのっていつだっけ?」
「一年前……だったかしら?妹の私でもあの人の行動は理解できないわ」
母親も気になるようで小首を傾げながらも少女が紙包み破くのに見入っていた。
「一年間伯父さん何してたんだろ……ってすごろく?」
中に入っていたのは実に古めかしいすごろく。
「こんなモノ送って中学生の女の子が喜ぶと思ったのかしら……」
額に手を当てため息を付く母親だが、少女の目は爛々《らんらん》とかがやいていた。
「見て見てお母さん!『このゲームであなたの人生変わります』だって!」
どう見ても売り文句である箱に大きく書いてある言葉を見て、とても嬉しそうに笑っている娘を見ながら母親は思う。
そう言えば『今まで兄から届く物は食べ物やお金、この子宛に届いたのは初めてだから嬉しくなるのも当然かしら』と。
「ねぇ、そのゲームお母さんとやらない?」
「うん!」
「でも、ご飯もお風呂も済ませてからよ?」
「じゃあさ、お母さんご飯まだー?」
✩ ✩ ✩
「とりあえずこの後は少し時間が飛ぶよ。安心して、まだ続くし、『このすごろくが実は生き物で親子が食べられちゃいましたー』とか言うつまらないオチでは無いからさ」
✩ ✩ ✩
日付は変わって次の日。
少女とその母親は前日に少し遅くまで一風変わったすごろくを楽しんで次の日がお互い学校と仕事と言うことで盤面はそのままで、片付けをした。
「おふぁーさん……どこぉ?」
起きているのか起きていないのやら、まだ夢の世界に片足をつっこんだままの少女が母親を探す。
しかし、家に人がいるような物音がしない。
そして家中どこを探しても見つからない。
「おかしいな……いくら早く仕事行くとしても毎朝起こしてくれたのに……」
落胆した少女は朝ごはんに食パンを1枚食べ、制服に着替え、自室の荷物を取りに行くときに少女は気づく。
「……あれ?お母さんの使ってた駒がない」
確か長くなりそうなのでという事で駒などの配置が動かないように注意しながら机の上に移動したはずだが何かの拍子に落ちたのだろうか。
そう思い、机の下や周辺を探すが見つからない。
「ま、駒の代わりはいくらでもあるしいいかな。それよりちょっとズルしちゃおっ♪」
少女は付属されていたサイコロを転がし、そして出た目の数だけ駒を進めた。
『おめでとう!今日は君の誕生日だ!皆から祝ってもらえる!』
少女の駒が止まったマスにはそう書いてあった。
「朝から結構いいマスに止まれたし______ラッキー♪」
少女が家を出ると同い年の三人の女子生徒が待ち構えるように立っていた。
「あれ?ミッちゃんに、ゆーに、リンちゃんまで?三人揃ってどうしたの?部活の朝練は?」
名前、もといあだ名を呼ばれた三人はそれぞれに口を開いていく。
「朝練は休んだ」
「だって今日はあんたの誕生日でしょ?」
「私達としては~、部活より友達の方が大切なので~、プレゼント持って来たよ!」
そして三人がおの各々に持って来たらしいプレゼントを少女に差し出す。
しかし肝心の少女はキョトンとしていた。
「た……誕生日って一週間前に過ぎたよ?」
「え?何々~?自分の誕生日も忘れちゃったとか~?」
「じゃあ今から学校サボ……サボって病院に行く?」
「……それ言い直した意味はあるの?」
✩ ✩ ✩
そんなやりとりの後、学校に行くんだけど特にどうでもいいからカットするね。
放課後まで飛ぶよ。
✩ ✩ ✩
……あれ?なんかおかしな気が……もしかしたら私の理解能力が無いだけかもしれないが、ちょっと待って欲しい。
「ん?なんか変な所あったかな?ないと思うんだけどなぁ……」
突然話を止めた私に店主は大仰に肩をすくめ、苦笑する。が、声のトーンは高くなっていた。
いや、でも……どう考えてもおかしいなことが起きているとしか思えない。
と言うか、怖い話にしてはありきたりと言うか、ネタバレにしては早すぎる気がする。
「変……かなぁ……?『ボード上のことが本当に起こる』のなら、その前日に"おじさんは一日早いけど誕生日プレゼント"って送ってきたよね?」
確かにそうではあるが……少女が自分の誕生日を忘れたなんてことがあり得るのだろうか?
「ま、そんなことより話の続きさせてもらうよ?いいね?」
✩ ✩ ✩
今度も時間が飛んで放課後だよ。
学校?特に何事もなく終わりましたとさ、ちゃんちゃん。
そして少女は仲のいい友達とゲームをしたいから放課後に遊ばないかって誘ったんだ。
合唱をしなくなった蝉の声と少し日が落ちるのが早くなり、辺りを朱く染め上げる夕焼けが窓から家の中に染み込んでくるそんな時間帯。
「これがおじさんに貰った物?」
「うん!面白いんだよ?」
室内では少女と友達二人がゲームを囲み、それぞれの駒をスタートラインに立たせていた。
「説明書ある?」
「リンちゃんは相変わらず説明書とか読むよね。ところでゆーはどうしたの?」
「昨日部活サボったことで顧問に呼ばれてる」
リンちゃんと呼ばれる女の子に説明書を渡しながら少女は苦笑いを浮かべる。
少女は父親がいないので、早くから母親の負担になるであろうと部活を自ら辞めていた。
「あんた辞めちゃったから私達も辞めたいんだけど」
「あのハゲがうるさい」
「あはは……ってそれよりゲームしよ!ゆーもそのうち来るだろうから、ゆーの駒は私が動かすね」
少し気恥ずかしくなったのか、それとも夕焼けの色に染まったのか少女の頬は少しだけ赤みを帯びていた。
そしてゲームは始められる。
少女がサイコロを転がし、ゆーと呼ばれる子の駒を動かす。
カツカツと軽快な音をたてながら駒が進み、そして止まる。
「『自転車にぶつかる二回休み』だってさ、始まったばかりだしそこまで被害はないんじゃない?」
「ごめんね、ゆー」
「次は私か」
三者三様の反応の後に、説明書を片手にリンちゃんと呼ばれる少女がサイコロを振る。
進んだ先は『特になし』。
その後も『特に何事もなく』ゆっくりとゲームは続いて行く。
そしてターンが四順目になった時に事は起きた。
唐突に少女の部屋の扉が開かれた。
「とうちゃーく!ごめんごめん急いでたら自転車にぶつかっちゃってさ~」
「大丈夫?」
「その調子なら大丈夫そうね、ゆーの番だよ」
「へーきへーき!あ?私の番?」
朗らかに答えながらゆーと呼ばれる少女はサイコロを振り、駒を歩ませ、その歩みが止まった時、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
少女が近づこうとするが突然の悲鳴に体が固まる。
「ダメ!このゲームは!」
「えっ……ちょっ……リンちゃん……どうしたの?」
「こんなゲーム!しちゃダメなの!」
リンちゃんと呼ばれる少女は錯乱したように叫びながら盤面の上の自分の駒を払い落とし、そして煙のように消えた。
自らがいた場には先ほどまで読んでいた説明書を残して……。
そして都合良く、ちょうどいいぐあいに説明書が開かれていたんだ。
"このゲームはあなたの人生です。そして『あなたの人生変わります』"
「どうかな?面白かったかな?」
怖い話に関して面白いって見解はどうかと思うけど……。
ところで何でリンちゃんと呼ばれた子は消えたのだろうか。
「え?君は自分の人生から外れたとしたらどこに残るんだい?まぁ、そこら辺は聞いた話だからなんとも言えないんだけど、ね?」
確かに怖かったと言えば怖かったけどなんか物足りないって気が……。
不意に店主の後ろにある黒い壁の中から小さな手が出て来た。
その手には大きなボードゲームのような物が乗っており、手の主は少しフラフラとした足取りをしている。
「おや、助手君。待ちくたびれちゃったのかな?どうやら思ったよりも長話してたみたいだね。それに君が持つとこのゲームはとても大きく見えるね」
そう優しげに笑いながら店主は助手と呼ばれる少女の手からボードゲームを受け取るが店主が持ってもとても大きく見えた。
それに、もしやさっき話してくれたゲームを今しているのだろうか。
「まさか!そんな危険なゲームに"自分と助手君の"人生を無駄使いする訳無いじゃないか!」
どうやらまた心を見透かしたようで、私の考えを否定してきた。それも助手から受け取ったゲームを台に置くためにこちらに背を向けたまま。
つまり私の方は一切見ずにだ。
「そう言えば僕の番だったね、サイコロを貸してもらえるかい?」
店主が助手からサイコロを受け取り、転がし、駒を進めている動作を見ていると、とある事を思い出す。
店主のやっているゲームも気になるが私はこれにて帰らせてもらおう。
「え?帰るのかい?買い物に行くって?ここも店なんだけどなぁ……
まぁ、いいけどさ。次また来れる事があれば何か買ってよね?」
悪戯の失敗した子供のような表情を浮かべる店主と無表情のままの助手、その二人に別れを告げ、甘い匂いを胸いっぱいに吸い込みながら扉を開いた。
客がいなくなり少しすると今まで無表情だった助手の顔に薄く小さな笑みが浮かぶ。
そしてそれにつられるように店主も笑う。
薄暗い店の中に二つの笑みが浮かびあがる。
「それにしても"買い物に行った先で連続殺人犯に出くわす"こんなマスもあるんだねぇ」
手の中でサイコロを弄びながら店主は助手に語りかける。
「助手くんの人生も、こうやって誰かがサイコロ振ってるのかな?」
口を開きかけた助手だが、何かが聞こえたのかすぐに口を閉じた。
サッと助手の表情が消え、店主後ろからの服の裾を引く。
それから少ししてキキィ……と心地よい音をたてながら店の扉が開かれた。
そして店主が笑顔で話しかける。
「やぁいらっしゃい、何をお探しかな?」