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3.用を足しているところを女子に見られてしまうお話

 自分がおかしくなったから周囲もおかしくなったのか。女子たちがこうも僕に絡んでくるとは。いままでは接触しないようにしていたのに。彼女たちの意図がつかめない。一緒に下着を選ぶ?どういうつもりだ?


「あなた一人だけならどの下着を選べばいいかわからないでしょ?だからついて行ってアドバイスしてあげるのよ」

 確かにそうだ。だから、彼女たちがアドバイスすると。しかし、それは相手が友達だったりとかする場合だろう。僕は彼女たちとはお友達と言えるような人間じゃない。むしろ、その真逆に位置している。


「どう?一緒に行っていいかな?」

 そんな笑顔で言われたら断るわけにはいかない。


「う、うん…」

 一応頷いてはみたが、やはり不安はぬぐいきれない。何を企んでいる?女子の意図が全くわからないまま二時限目の授業となった。先生が来て一斉に起立して姿勢を正して礼をして着席となるが、号令をかける級長は他の男子ともども病院だ。代わりに副級長の女子生徒が級長代理として号令をかけた。そうそう、級長が任期途中で退任となった場合は、新たな級長が決まるまで副級長が級長代行となる。級長代理と級長代行の違いは、前者が級長が復帰するのが明らかな場合なのに対し、後者は級長の復帰が無いと判断される場合(退学若しくは転校、または停学或いはそれに抵触するような不手際を犯して級長たる資格が無いと判断された等)である。ただし、入院が長期に及ぶのが確実な場合または退院して級長としての職務が困難とされた場合は級長本人の意思を確認したうえで級長退任と級長代行&副級長の兼任が決定される。なお、副級長が級長代行を兼任すると学校から手当として学食の割引券が出る事になっている。

 それはさておき、先生から見たら特異な光景だと思う。何しろ、男子が全員いなくて男子の制服を着た女子が一人いるんだからな。この先生もその後の先生も僕には触れずにいてくれたが、前後一列に誰もいないという嫌でも目立つポジションに位置していたら僕の事を全く意識していない事は無いだろう。内心どう思っているのか気になってしまう。でも、表面上は何ら異変も無く3時限目まで終了した。次は4時限目だが、その前にトイレに行きたくなった。席を立ってトイレへ。学校の男子トイレの個室は和式だから女の子になって初めての和式体験となる。どうでもいいことなんだけど。どうでもよくないのは男子トイレに入ろうとしたら男子が驚いた顔で止めてきたことだ。


「お前、ここ男子トイレだぞっ!?」

 わかってるよ。だから来たんだ。


「何言ってんだ?女はあっちだろうが」

 男子は女子トイレの方を指差した。そうか…僕はいまは女の子か。って、女子トイレ?


「いや、それはちょっとまずいんじゃないかな」

「なにがまずいんだよ。って、お前誰?見かけない顔だし、男物の制服着ているし」

 そうか、彼は違うクラスだから僕の事を知らないんだ。どう説明したらいいのかな。と考えてたらうちのクラスの女子たちがやってきた。


「どうしたの?」

「いや実は……」

 男子が事情を説明すると、女子たちはうんうん頷いて


「確かに君の通りだね。女子が男子トイレに入るなんて絶対あってはいけないね」

 そう言うと、女子たちは僕の両脇をしっかりキャッチして女子トイレへ連行しようとした。


「待って、まずいよ。さすがにそれは」

 思うに女子トイレというのは女子更衣室よりも男にとって禁断の聖地ではないだろうか。その聖地に足を踏み入れるなんて、そんな恐れ多い事僕にはできないよ。


「何言ってんの、もう女の子になったんだから問題無いでしょうが」

 いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいや問題大ありだよ。


「大ありだとっ?」

 たまたま通りがかった漫才部の二人が僕の台詞を聞いて立ち止まったと思ったら、ダッシュで駆けて行った。どうしたんだろう。あ、また来た。……なんで蟻の被り物をしてるんだ?二人は頭に蟻の頭を模した被り物をして両手に扇子を持った状態で踊りだした。そして、言った言葉が


「大あり名古屋は城でもつ♪」

「「「やかましいっ!」」」

 くだらない事をしてくれる。一芸終えて気が済んだのか二人はさっさと行ってしまった。


「面白くない芸ほどくだらないものは無いわね。さ、早くこっちのトイレに入りなさい」

 女子たちはどうしても僕を女子トイレに引きずり込むつもりのようだ。どうして、そんなに引きずり込もうとしたいのか。以前はたまたま女子トイレの方に顔の向きがいっただけで厳しい目を向けられていたのに。どうする?抵抗したところで多勢に無勢だ。女子トイレに入るのは阻止できても男子トイレに入るのは無理みたいだ。時間はもうあまり無い。次の休みまで尿意が我慢できるとは思えない。女は男よりも尿意を我慢できないって変態級長が言っていたからな。


「……わかったよ」

 僕は男らしく覚悟を決めた。見た目はナヨナヨになっちゃったけど、心意気は男のままでいよう。


「失礼しまーす…」

 禁断の聖地に一歩足を踏み入れる。が、その次の一歩がどうしても出せない。もし、このまま中へと踏み入れたら何か大事なものを無くしてしまう気がして……。


「ごめん…やっぱ僕無理だ」

「なによしょうがないわね。だったら目隠ししたら?」

 目隠しか。視覚を封じる事で抵抗感を無くそうと言うのか。よし、やってみよう。


「じゃ、はいコレ」

 女子が黒の手拭いを差し出した。それを受け取って目隠しに使う。よし、見えない。


「……」

 肝心な事を一つ忘れてたね。うん、もっとも重要な事を。


「見えない……」

 視界を封じられたら歩くのが難しくなる。両手を前に出して恐々歩き出す。そういや女子トイレの配列ってどうなってんだろう。


「がんばれぇっ」

「そこ、気を付けて」

「ファイトっ」

 女子たちが声援を送ってくれる。…悪いけど恥ずかしいから止めてくれないかな。手探りで壁沿いに女子トイレへ。ん?何やらいい香りが……。


「ねえ、これ何の香り?」

「ああ、それね芳香剤よ」

 芳香剤とな?女子トイレってそんなの設置されてるんだ。女子トイレに入るのは初めてだから知らなかった。更衣室や浴場に入った事はあるけどね。…盗撮用のカメラを設置するために。なんでトイレにはカメラを設置しないのかって?女性にとって排泄が一番見られたくないものだと思うんだ。いくら僕でもそれくらいの仁義は持ち合わせているさ。まあ一番の理由は僕はトイレの盗撮に何ら興味が無いって事なんだけどね。男子トイレには無い芳香剤の香りに自分が女子トイレにいるんだなと実感させられる。目隠ししても無駄だったな。


「帰ろっかな……」

 落ち着いてトイレなんてしてられないよ。でも、時間はそんなに無い。男子トイレに入れてくれそうにもない。そうか、新手のイジメか。直接的なイジメはこれまでそんなに無かったけど、とうとうそこまでに達したか。そうだよな、男なのに女の体になってしまったなんてイジメてくださいと言っているようなものだ。それに、もうここまで来ては引き返すわけにはいかない。それこそ男が廃るというものだ。覚悟を決めて手探りでドアを見つけて個室の中に入ってカギを閉める。ここまで来たら目隠しを取ってもいいだろう。目隠しを外して目に飛び込んできたのは洋式の便器だった。


「ええっ!?」

 思わず驚きが声に出た。だって洋式だよ?男子は和式だってのに。この扱いの差はなに?


「まったく不公平だよな」

 ぶつくさ言いつつもズボンとトランクスを下ろして便座に座る。男なのに女子トイレで用を足す。ある意味、これで僕は学校一の変態となった。普通なら男が女子トイレで用を足すなんて学校中が大騒ぎ(は大仰か)になって校内での知名度が一挙に跳ね上がるのは確実だ。当然、処分も覚悟しなければならない。それなのに僕はこうして女子トイレの中にいる。それも女子たちの目の前で。これをおかしく思うのは僕だけか?幼稚園の時分からトイレは男女に厳密に分けられている。銭湯だって幼稚園ぐらいなら女児が男風呂にいたり、逆に男児が女風呂にいたりする。裸が見られる銭湯でさえ幼稚園の男女が一緒に入れるのに、トイレは男女に区分けされていて幼稚園児であっても男子が女子トイレに行くことは許されない。だからだろう、僕は前に女子トイレに入った事があった。

 あれは小学3年生の時だった。当時6年生だった兄と一緒に帰る事になっていて授業が終わった後、兄の教室の前で6年生の授業が終わるのを待っていたのだ。その時、トイレに行きたくなって男子トイレに入った。そして、用を終えて出ようとした時に女子トイレが視界に入ってきた。その時、僕の中の悪魔がささやいた。いまなら誰も見ていない、と。6年生は授業中で教室の中にいる。女子トイレに入ったところで誰かに見つかる可能性は低い。僕はバッと女子トイレに入ってすぐにバッと出た。たった2、3秒だったと思う。それでも、あの時はすごくドキドキしていた。それから幾年月が経過してすっかり忘れていたがいま思い出した。まあ入ったというより中を見たというのが正確か。そして現在、女子トイレの中を見ただけでドキドキしていた少年は成長して、女子トイレで用を足すまでになっていた。……やだな、泣いてないよ。さて、思い出にふけってないで早く用事を済ませよう。と、僕は横にボタンがある事に気づいた。


「なんだこれ」

 ポチッとな。音が出た?音が出るボタンとは……。こんなのは男子トイレには置いてなかったよ。何のために設置してるんだろう。いかんいかん早く用事を済ませないと。


「……ふうっ」

 すっきりしたであります。ちょっとリラックス~っ。と、そこへ


「あーっ、本当に無いんだねぇ」

「!!?」

 完全に緩みきったところを不意打ちされると全身がビクウッってなりません?下手したら心臓が止まるんじゃないかってぐらいにね。一体何があったのかって?女子がドアによじ登ってこっちを見下ろしてんだよっ!


「あ、ああああ、あんた、何やってんのさっ!?」

 年頃の娘が男のトイレを覗くなんて親の教育はどうなってんの!?


「いやあ、本当に無くなっているかこの目で確かめてみたくてさあ。本当にきれいさっぱり無くなってるんだねぇ」

 もう僕いろんな意味でお婿に行けない……。


「ほらほら泣いてないでもうチャイム鳴っちゃうよ」

 ……そうですね。早く出ないとね。でも、なんでだろう。体がすごく重いんだ。それでも行かないといけない。よいしょっと。ズボンとトランクスを上げてトイレの水を流して外に出て手を洗う。何か知らないけど疲れた。


「ねえ大丈夫なの?」

 何が?


「目隠し外しても」

 あ、目隠し外したまんまだった。


「……」

 もうどうでもよくなってきた。女の子にむき出しの股間を見られては、女子トイレどうのこうのって大した問題では無くなる。トイレ一つ行くのにこんなにも疲れるものなのか。女の子って大変なんだな。


 -・-・-・-


 昼休み。弁当を持っていつもの場所へ。と思ったらさっきトイレで僕を覗いた女子とその友達が僕のところへ来た。


「な、なに?」

 警戒する。女子が自分から僕の所へくるなんてほとんど無かった。一緒の空気を吸うのも嫌ってくらい僕を嫌っていたからだ。それが自分たちの方から来たんだから誰だって警戒はするさ。男なのに女になってキモいんだよとか言われるんだろうか。そんな事言われても好きでこうなったわけじゃないのにな。罵詈雑言浴びせられるのは慣れているとは言えやはり多少は傷つく。一回、どうにも堪えきれなくて手を上げようと思った事があった。その時は拳を強く握りしめて何とか堪えた。手を出してしまったら、どんなに事情を説明してもどんなに弁明しても、こっちが悪者にされてしまう。何を言われても堪えるしかない。学校には味方はいない。さて、何を言われるんだろう。何を言われても冷静を保てるように心の準備をしておく。さあ来い!


「今日、一緒にお弁当食べない?」

 僕は一瞬固まった。一緒にお弁当食べない?どういう意味だ?通常こういうセリフを言う目的は対象となる人物と親睦を図るためだが、女子が僕と親睦を図りたいと思うわけがないので別の目的があると思う。はて、なんだろう………………そうか!わかったぞ、毒殺だ。毒を仕込んだ食べ物を僕に食べさせて葬ろうと言うんだな。女の子にお弁当食べさせてもらうって男には至福な一時だ。その分、警戒も緩むと見ての計画か。恐るべし。


「駄目かな?」

 どうするか。お弁当は一人で食べる事にしているという理由で断る事も可能だが…。


「うん、いいよ」

 OKしてしまった。たとえ意図がどうあれ、僕が女子に食事に誘われるなんていままで無かった事だ。多分、この機を逃せば一生女子と食事をする事なんて無いだろう。人生はその長さで価値が決まるのではない。たとえ短い生涯だったとしても充実した悔いの無いものであればそれは素晴らしい人生だったと言えるだろう。僕はボソッと呟いた。


「女の手にかかって死ぬのもいいかもな……」

 小声だったので女子たちには聞こえていない。僕らは弁当を広げた。皆、家からの弁当持参だ。


「へえ、意外とちゃんとしたお弁当だね」

「自分で作ってるの?」

 そうだよ。一人暮らしだからね。


「ひとつもらっていい?」

 いいよ。女子は僕の弁当からおかずを一品箸にとって口に入れた。


「おいしい」

「本当?私もいい?」

 いいよ。女子はさっきの女子とは別のおかずを食べた。


「本当だ、おいしい」

「でしょ?お返しに私のひとつあげる。はい」

 来た。標的のおかずをもらってそのお返しに毒入りのおかずをあげるという自然な流れで僕の毒殺を図ろうって寸法だな。見事な作戦だ。いいだろう、君らがそんなにこの哀れな男の命が欲しいなら喜んでくれてやろう。パクッとな。もぐもぐ、ごっくん。


「どう?」

 どうって…あれ?なんともないや。どうしたんだ?


「どうしたの?」

「い、いや、おいしいよ」

 動揺を隠しながら感想を述べる。毒が入ってない?なんで?まさか本当に親睦を図りに?いや、それは断じてありえない。僕に対する女子たちの態度はそれくらい厳しいものだったのだ。だったらいまの状況はどう説明できる?彼女たちの目的は何か。どうにかして隠された意図を探ろうと会話に積極的に参加しようとするが、女子たちとの共通の会話のネタが皆無という大きな壁にぶち当たった。生まれてこの方異性と親しく会話した記憶なんて一つも無い。会話に加わるどころか早々に二人の会話に相槌を打って調子を合わせるだけの体たらくとなった。笑いたきゃ笑えよ。ああそうさ、しょせん僕は哀れでみじめでちっぽけなしょうもない男さ。男のくせに体は女という意味不明な人間だよ。

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