第四話
モンスター図鑑
ホビーラビット:ランクF
体は丸く、体毛はピンク色で、出っ歯の魔物。攻撃力はなく、足もそれほど速くない、要するに雑魚。
日が沈み、あたりは暗い森の中。林立する木々の間を金の稲穂が揺れ動いている。金の稲穂は暗い森の中でもその輝きは失われず、むしろ一層金の輝きを見せている。
その美しいく輝く金髪の持ち主であるアリシアは走っていた。
顔には険しい表情を、額には汗を浮かばせ、草が生い茂る足場の悪い道とは言えない場所をものすごい速さで疾走する。目指すべきは、悲鳴の聞こえたところ。
アリシアは走りながら考えていた。悲鳴は女性の者だった。暗くなってきた、ミスカの森で、しかも、盗賊がでるここを女性が1人で通ったとは思えにくい。
たとえ盗賊が出ると知らなかったとしても、どこにでも魔物はいるのだ。特に暗くなると夜型の魔物が行動しはじめる。暗闇の中、音も立てずに忍び寄ってくる隠密性の高い魔物も存在する。
幸い、ここらでは隠密性に優れた魔物も、危険な魔物も生息してはいないが……
もし、そんな魔物がいればアリシアとて1人で助けにこようとは思わなかっただろう。
アリシアはBランクのハンターで、一人前といえるのがDランクからであり、最も多いのがCランクのハンターだ。
CランクとBランクの間にはおおきな壁が存在する。Cランクの者がBランクに上がるには、Bランクに指定されている魔物を1人で倒すことが条件とされている。通常Bランクの魔物を討伐する際、Cランクハンター4人がかりで倒すものだ。それを1人で倒さなければいけないとは相当大変なことだろう。
Bランクの魔物を1人で倒せるものは多くない。そうなるとCランクで足踏みするのも必然といえるだろう。大半のハンターはBランクになるのを望みながら、Cランクハンターでハンター人生を終えてしまう。
BランクになれずCランクのままハンターを引退し、別の職に就く者もいれば、Cランクハンターのまま生涯を終えてしまうものもいる。まぁ、前者のほうが圧倒的に多いだろう。
Bランクの壁とは云わば才能の壁でもある。Bランクからはなりたくてもなれるものではないのだ。ゆえにBランクであるアリシアの実力がどれほどすごいかわかるだろう。
アリシアはいままで数多くの魔物とたたかってきた。
隠密性の高い魔物は暗闇の中では、音も立てずに忍び寄り、敵に自分の居場所を悟られないようにする知能と能力を擁していることをアリシアは知っている。そんなとこに1人で行くなど死ににいくようなものだろう。
(だが、ここにそんな魔物はいないが……。それでも夜の森を女一人で行動はしないはずだ。だとするとおんなのほかにも誰か一緒にいるはず……)
考えながら体は動く。息は上がっていない。この程度で息があがるような鍛え方はしてない。
アリシアは速度をあげて木々の間を駆け抜ける。いつの間にか彼女の周りに風が巻き起こっていた。アリシアは風の魔法を使い自身を加速させたのだ。
あたりはより暗闇が深みをますが、月が昇っているのかかすかに明かりが葉と葉の間から差し込んでいる。木々がざわめく。アリシアが纏わせている風で葉っぱが舞い散り、夜空へと飛んでいく。
ほどなくして木々のあいだからテプトルにつながる馴らされた道と人影が見えてきた。そこには馬車と血を流し倒れている者、女を守るように剣を握っている者がいる。さらに彼らを囲むようにしているものが16人ほどいた。
アリシアは風魔法を解き、ばれないように樹の陰に隠れながら観察してみる。馴らされた道には月の明かりで照らされ、よく見ることができる。
馬車の近くに倒れている者は4人いる。うち2人は刃物で切られたのか鎧のしたから血を流して倒れている。他2人は焼かれたように焦げている。焦げた体からは男か女かは判断できない。アリシアは鼻から入ってくる人肉の焦げる嫌な臭いで顔を顰める。
(あれでは生きていまい……)
惨い死体から目を逸らし、2人の男女に目を向ける。
女を守るように背を向けているのは鉄鎧を着た騎士然とした若い男だった。
剣の構え方、雰囲気から騎士であろうと予想する。
騎士然とした男に守られているのは15、6歳ほどの可愛らしい顔の少女だ。少女は青い高価なドレスをきている。その少女は盗賊であろう者たちに囲まれている恐怖からか、または人が死んだところをみた恐怖からか瞳から涙を流し青い顔で護衛であろう男の背中を見つめる。
「武器を捨てな。そうすれば命だけは助けてやる」
そう言ったのは護衛であろう若い男の前にいる男だ。
男はローブに身を包み、その上に赤いマントを羽織り、右手に赤い玉ののっかている杖をもっている。
男の顔はフードで隠れている。周りにはぼろきれをきた盗賊であろう者たちがいて、剣を構えている騎士然とした男と青いドレスを着込み顔を青くしながら地面にへたり込んでいる少女を囲んでいる。
みるに赤マントの男が盗賊の親玉のようだ。
「お前たちのようなやつらに命乞いなどしない」
騎士然とした男が赤マントの男に剣を向けながら言う。
「へっ。そうかよ。なら…、お前たち地面にへたり込んでる御嬢さんには手を出すなよ。そいつは売り物だ。男のほうは殺しちまいな」
「「「へい」」」
手下たちは弓や剣を構え、騎士然とした男に襲いかかる。
それをみたアリシアは動く。
腰の剣を抜き放ち、「加速」と呟くとアリシアの周囲には風が渦巻いていた。アリシアは2人を囲む手下に突っ込む。
「やぁー」
叫びながら手下の1人を右肩から斬りつける。
ザシュッ
斬りつけられた手下は何が起こってるのかわからない様子で、体から血を吹き出しながら倒れる。
「なんだ!」
手下の誰かが叫ぶ。
アリシアは剣を返し、近くにいた手下の胴を左から薙ぐ。吹き出す血がアリシアの赤い戦闘服をさらに赤く染める。
「ちっ。狼狽えるなー。女が一人増えただけだ。取り囲んで殺せー」
赤マントの男が呆けてる手下をしかりつける。男の声で手下立ち直ったのか、顔を引き締め、アリシアを警戒しながら周囲を取り囲む。
(立ち直りが早い。もう少し数を減らしたかったが・・・)
2人倒したが、手下はあと13にんに親玉であろう赤マント。それに加え守るべきものが2人いる。少々厳しいな……
自分の背にいる2人をチラとみて、周囲の警戒を怠らずにアリシアは冷静にどう戦うべきか考える。
「誰か知らないが助太刀感謝する」
後ろの騎士然とした若い男が話しかけてきた。
「感謝ならすべて終わった後で構わない。それより貴公は戦えるのか?」
「傷のことなら問題ない。だが、自分は姫様をお守りしなければ」
「姫!」
驚いたように地面にへたり込んだ青いドレスの少女を見やる。アリシアはどこかの貴族かと思っていたが姫であると聞き驚く。だとするとこの男は見た目通り騎士なのだろう。しかし、どこの国の姫かはわからないがなぜこんなとこに・・・?
思考はすぐに断ち切られる。
「ごちゃごちゃしゃべってるんじゃねぇ~」
手下の1人が剣を手に迫ってくる。それに他の手下も続く。
「話はあとだ。貴公は姫様とやらをお守りしろ」
アリシアはそう言い放ち、手下を迎え撃つ。
振り下ろされる剣を自身の剣を横にして受け止め右に流す。そのままおとこの懐に入りこみ、剣で貫く。
「はぁーー」
心臓を剣で貫ぬかれた手下は絶命する。
3人倒したが、あと13人。めんどうな。一気にかたをつける。そう決断するとアリシアは瞬時に自身の剣に魔力を流し込む。淡紅色の刀身が流れ込んだ魔力により輝きを放つ。
アリシアに攻撃を仕掛けようとした手下はその輝きに動きをとめて、輝きを放つ剣とその持ち手たるアリシアを警戒する。
「なんだ!!魔力だと、あの女魔法を使うのか!」
赤マントの男はその輝きが魔力によるものだと知り、自身も魔法を使うからか歯噛みする。
魔法を使える人間はそう多くはなくみんなが使えるものではない。魔法とは魔力を持つ者が使える。魔力は先天的な才能で、稀に後天的に魔力を持つ者もいるが、生まれた時から体に宿っているものが一般的だ。
魔法には属性がある。火・水・風・土・雷・氷・光・闇の8属性が存在し、それ以外を無属性と定めている。アリシアが自身に使った加速魔法は風属性だ。癒しの魔法は光属性に分類される。ただ、魔法の中でも癒しの魔法を使える者はわずかである。
魔法とは戦闘においても生活においても絶大な威力を発揮するもので、赤マントが歯噛みするのも当然かもしれない。
やがて剣が輝きを失うと同時にアリシアは目の前にいる敵に向かって剣を振るう。その時のアリシアの表情は凛々しいく、口元に笑みを浮かばせたものだった。
振った剣は伸び鞭のようにしなり、まるで意思を持つかのような動きで敵を襲い、3人の敵の胴を上と下の上下に分けるように真っ二つにした。
その鞭のような剣で真っ二つにされた敵は声を上げることもなく死に至る。
「な!」
「すごい!」
赤マントと騎士の男が声を上げる。
騎士の男は姫を守りながらそれを見ていた。騎士と姫の近くには手下盗賊の死体が2つころがっている。
(すごい!何て美しく強いんだ!)
騎士はアリシアの強く美しい様に惚れていた。それも一瞬で・・・。アリシアの赤い戦闘服に包まれた体に、その美しい金髪に、凛々しくも敵を屠りながら笑みを浮かべる様に惚れていたのだ。そしてアリシアの一挙手一投足をまるで記憶に刻むように見つめる。自らがお守りするべき姫のことを忘れて。
アリシアが騎士のほうを向き剣を上から下に振るうと、2人の背後にいた敵を斬りつける。
「何をぼさっとしている。死にたいのか」
そう怒鳴るアリシアの背後には赤いマントの男しか立っていなく、手下はすべて地に伏せていた。血を流しながら・・・
アリシアは再び正面に向き直ると、赤い男を見る。男はうつむいていて、体は小刻みに震えていた。
(何だ……)
様子がおかしい。まさか手下全員をやられた恐怖で震えているわけではないはず・・・
間違いなくやつから流れているのは魔力だ。着ているローブ、右手に握っている杖からそれはわかる。それに杖の上に嵌められたように乗っかっているのは火魔法の威力を上げる、火焔石だ。
この世界には各属性の威力を上げる特殊な原石が存在する。原石は鉱山などで採掘される。この石は極わずかしか採れず、非常に希少な石で、価格もその原石の質と大きさにもよるが値が張る。そのため大陸協定で原石の採掘に対して制限されている。さらにいえば宗教国家アースガルドの神聖教会が管理している。そのことでバースミアン帝国はアースガルドと対立している。
この男なぜ、そんな希少な原石を持っているのだ・・・?そんなことを考えていると男が言葉を発した。
「くっくっく……やってくれたな。よくも……よくも俺の手下を。ぶち殺してやるよ。そこに転がってるやつらのように誰だかわからなくなるくらい燃やしてやるよーー」
姫と呼ばれる少女は男の言葉にピクリと体を反応させ、涙を流しなら顔を歪め男を睨む。その瞳には強い憎しみが浮かんでいた。
「よくも……リーネを……私の友達をよくも……」
少女は声を震わせ、涙を拭い立ち上がる。その瞳はさらに憎しみに彩られたものだった。
そこでアリシアは気づいた。焦げていた死体のうち、1人がリーネという子でそれが少女にとって友達であったということに。
「なんて酷いことを……」
鋭い目で赤マントの男を睨みつける。
少女は近くに落ちていた曲刀を手に取った。曲刀は手入れされていないのかところどころ刃が欠けている、その剣はさきほどまで盗賊の1人が使っていたものだ。
「姫様何を!」
騎士は少女が何をしようとしているのかわかっているがそれでも問わずにわいられないように少女に問いかける。
「あの……おとこを、殺します」
少女は憎しみのこもった眼で赤マントを睨み付ける。
彼女の瞳には憎しみしかなく、また心も憎しみに支配されているのだろう。しかたもないことだ、目の前で友達を丸焦げにされ、無残な死にざまを見せつけられたのだから。彼女にとってリーネという子は本当に大切な友人なのだ。
それを殺されたのだ。無残に……
(だが、止めなければならない……)
彼女自身のために……。彼女は自らの手を汚すべきではない。いまは憎しみという感情に支配されているが、あの赤マントを殺したあと彼女は自分のしたことにひどく傷つくのではないだろうか。
人を殺すということは簡単に割り切れるものではない。私が初めて人を殺したときひどくうちのめされた。殺した相手はどうしようもないほど、多くの罪を重ねてきたやつだったが、それでも人だったのだ。自分と同じ人間を殺した。その事実は思った以上に心に重圧として、罪悪感として圧し掛かってきた。
苦しくて、辛くて、なんども夢に見た。思い出すたびに恐怖が自分を支配した。
(でも、いつの日からかそれも薄れてきた。)
人はどんなことにでもすぐ慣れる。人を殺すことにもすぐ慣れる。事実自分は慣れてしまった。人を殺すことに何も思わないわけではない……。だが、それでも自分の中ではもう割り切ってしまっている。
それでも、割り切ってわいても、ときどき自分が汚れているのだと自覚させられる。そう思えてくるのだ。私は引き返せなかった。
自分の手は、体は血にまみれている。
そして、私は……、それでも、なおこの道を進むと決めた。
でも、彼女はまだ引き返せる。彼女はそんな罪悪感に縛られる必要はない。
少女は剣をもち一歩一歩と赤マントに近づいていく。一歩歩くごとに憎しみが重さを増すように、一歩一歩と……
「姫様、おやめください!あの男は魔法使いです。姫様では勝ち目がありません!」
騎士が少女の前に立ちはだかり、彼女を説得する。騎士の顔には今まで見たことのない姫の様子に驚きと焦りが浮かんでた。
騎士の言うとおり赤マントの男は魔法使いであり、盗賊のような素行が悪い、荒くれ者どもをまとめていた実力もあるだろう。そんな相手に剣の使い方もろくに知らないであろう非力な少女に同行することはできない。どちらが死ぬかなど考えるまでもないだろう。
「どきなさい。テリー」
テリーは少女の発する低く重い声に体を震わせる。それでもテリーと呼ばれた騎士はどかない。
「ごちゃごちゃいってんじゃねーよ。どちみちおまえら全員ここで死ぬんだからな」
赤マントの男は少女と騎士のやり取りを煩わしそう言い放つ。
そして、赤マントは何かを口ずさみ、杖を向ける。
「しまった!魔法だ!」
アリシアの油断をついて赤マントが魔法を発動させる。
「遅い。炎の渦に囚われ焼け焦げろ」
杖から炎があらわれ激しく燃え盛り、渦を巻くようにアリシア達に襲い掛かる。
テリーは炎に背を向けたまま少女をかばうように抱きしめ、アリシアはテリーたちの前に出て、すぐに防御魔法を展開するが火焔石で威力の上がった炎には長く持たないだろうと直感する。
(ダメか……)
アリシアは諦めから目を閉じ、炎を待つ。
……が、いつまでたっても炎の熱を感じず、皮膚が焼かれる痛みもやってこないことに不思議に思い目を開く。
そこには、一組の男女が立っていた。
アリシアは目の前に立つ男の背中をみつめる。その背中は大きく心を落ち着かせるものだった。
(あぁ……来てくれたのか)
緊迫感のない戦闘シーンになってしまった……。もっと心情をこと細かく書くべきだよな。……うん。




