BLUE
ある日、風に乗ったタンポポの種が燃える砂漠に舞い落ちた。長旅に綿毛はちぎれ、タン
ホポの種は二度と飛べなくなっていた。殻を破り芽を出そうにも、一滴の雨さえ砂漠には
降らなかった。種は空を見上げ、太陽が雨雲に隠れるその時を只ひたすら待った。しかし
太陽は知らんふり、我が物顔に吠えたてた。何故こんな所へ連れてきたと風を恨んだ。
くるしいよ、さみしいよ、広い砂漠の真ん中で心だけが彷徨った。
ある夜、見た事もない物が空から降ってきた。月明かりを受け碧く輝く身体、種は恐る恐
る声をかけた。
「あなたは?」
「湖に住む魚だよ」
なつかしい水の香りがした。
「こんな所へ何しに来たの」
「竜巻に吸い上げられてね、でも、空の旅は最高に楽しかったよ」
言葉とは裏腹に、砂にまみれた姿は辛そうに見えた。
「大丈夫?」
「うーん、のどがカラカラだよ」
「もしかして死ぬの?」
「たぶんね」
「いいわね」
恨めしそうな種の言葉に魚は訪ねた。
「君は死にたいの?」
「ええ、消えてなくなりたい 」 ...
行き場のない気持ち、種は思いの丈を打ち明けた。
「そう、よく我慢したね、つらかっただろ」
その言葉を聞いて種はたまらなくなった。
「優しくするのはやめて、どうせすぐにまたひとりっぼっちよ」
「一緒にいてあげようか」
息も絶え絶えなのに笑って見せる魚、種は声を荒げた。
「嘘つき」
「なんで?」
「今、言ったばかりじゃない、もうすぐ死ぬって」
魚は身をよじった。
「君が望むなら」
「なら?なに」
「君が望んでくれるなら僕は永遠に生きることだって出来るんだ」
「ほんと?」
「うん、でも一つお願いを聞いてほしいんだ」
そう言っている間にも濡れた身体は見る見るうちに光を失っていく。痛々しくて種は見て
いられなくなった。
「何、早く教えて、早く言って」- 50 -
暫く考えたあと、魚は瞬きをした。
「きれいな花を咲かせた君の姿が見せて」
何を言い出すのだろうと種は思った。
「雨も降らないのにどうやって花を咲かせるの、芽さえ出せないの、無理よ」
そう言っている間にも魚は弱っていった。
「大丈夫、僕と一緒にいてくれたなら、だから信じて」
種は困り果てた、けれど答えは求められている。もう待ってはいられなかった。
「わかったわ」
「ほんとだね?」
「ええ、咲かせるわ、そして諦めない」
魚は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう」
そう言うと魚は大きく口をあけ、次の瞬間、種を飲み込んだ。
「何をするの」
「安心して、そこはお腹の中さ、僕は水の固まりのようなものだから、君に僕の身体を飲
んで欲しいんだ」
「だめ、あなたが死んでしまう」
暫くして言葉が返ってきた。
「大丈夫さ」
「絶対いや、こんな事はやめて」
拒んでも乾ききった種の身体は魚の潤いを吸いとっていく。
「苦しくない?」
「苦しくなんかあるもんか、幸せだよ、僕の中に君がいてくれる、だからがんばれる」
「 、 、 」 でも 私が芽を出すときは吐き出してね じゃないと本当にあなたが死んでしまうから
「それは大変だ、寝ちゃいられないね」
魚の笑う声がおなかの中に響いた。
「待っててよかった・・・」
辛かった日々が洗い流されていった。そして砂漠にいることを初めて嬉しいと感じた。
それからはいろんな話をした。種が遙か遠くの小さな島国からやってきたこと、母は子供
たちの通う学校のグラウンドに咲いていたこと、ある日の夕暮れ、少女が自分たちを見つ
け夕焼けの空に向かって吹き飛ばしたこと、あかね雲の上に出たときの夕日の美しかった
こと。
「サソリがね、私を転がして『まずそうだ』って言うのよ、本当に失礼しちゃうわ」
潤いに満ちたお腹の中で丸々と太った種ははしゃぎ、そして笑った。
「よっぽどヘンテコリンに見えたんじゃない?」
「なによ、ふん、ねえ貴方もなにか聞かせて」
「僕の話はつまんないよ」
「いいの、聞かせて」
種は身体を揺さぶり魚にせがんだ。そのうち根負けをした魚は少しずつ話し始めた。
「ええとね、僕の故郷は雲より高い山の麓の湖でね、湖の底から雪溶け水が絶えず湧き出
し、水辺には色とりどりの美しい花が咲くんだ」
それを聞いて種は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「私はあなたの故郷の花のように綺麗に咲けないかもしれない」
「本当にそう思う?」
「あなたをがっかりさせてしまうのが怖いの」
魚は種に語りかけた。
「君と僕の花だよ、そうだろ?」
それを聞いて種は嬉しくなった。
「そうね、私たちの花よね」
「うん、もう一息だよ、祈ろう、美しく咲けるように」
「そうね」
生まれ変わる自分を想うと、種は叫び出したくなった。
そしてその時がやってきた、種は体の中から突き上げる力を爆発させようとしていた。
「もうすぐよ」
「そうだね」
「何しているの早く吐き出して」
魚はだまりこんだ。
「どうしたの」
「もう僕には、そんな力は残っていないんだ」
「じゃあどうするの」
「このままでいい」
魚の言っていることがよくわからなかった。もう自分の身体は待ってくれない、それどこ
ろかますます勢いを増し今にも殻を破りそうだった。
「お願いよ .吐き出して」 ..
「もう君が僕の全てなんだ、好きだよ、ずっと・・・ありがとう」
その言葉を待たずに殻は破れた。そして勢いよく芽を腹の内側に突き立てた。一度放たれ
た力はもう押さえが効かない。一気に皮を破り光あふれる砂漠に飛びだした。
既に魚は死に干からびていた。目はくぼみあの月の夜見た面影はどこにもない。タンホポ
の芽は絶句した。それを見ていた太陽は言った。
「魚は君を飲み込んで直ぐに死んだんだ」
「そんなはずはないわ、私たちはずっと話していたのよ」
「でも本当のことさ、サソリも砂蜘蛛もみんなしっている」
「魚は私をだましたの?」
「いいや、魚は死んでも生きていた、いくら私が照りつけようと君を守ったんだ」
タンホポの芽はやりきれなかった。何の為に咲けばいい、誰に自分を見せたらいい。
うなだれる芽に太陽は言った。
「砂漠のみんなが、君が咲くを待っている」
サソリが砂蜘蛛と連れだって寄ってきた。
「俺も花という物をみてみてえなあ、いや食ってみたい、なあいいだろ食わしてくれよ」
芽は悔しくなった。こんな物たちに見せる為に咲きたいんじゃない、でもそうさせた魚に
当てつけてやりたい。そうでもしないとやりきれない。
「いいわ、みてらっしゃい」
芽は魚の亡骸を身にまとったまま空を見上げた。
砂漠に又夜明けがやってきた。月と太陽が西の空と東の空に並んでいた。
サソリと砂蜘蛛、そして風もいた。砂漠で初めて咲く一輪の花、誰もが固唾を飲んで見守
った。蕾はゆっくりとその身をほどき始めた。しかし緑色の肌は堅く、思うように開けな
い。その時、身体の奥で懐かしい声が聞こえた。
「さあ、もう一息」
身体が熱くなっていく。
「うん」
蕾は緑色の肌を思いきり押し割った。そしてようやく花びらが開き始めた
一枚、又一枚、伸び伸びと自らを咲かせていった。
月はその姿を見てあまりの美しさに言葉を失った。
サソリはいつものように思った事をそのまま口にした。
「奇麗だなあ、月よりも碧いなんて、ちくしょうこれじゃくえねえや」
サソリの言葉にタンポポは我が身をみた。夜明けの光に浮かぶ花びらは碧く輝いていた。
それはあの夜見た魚の碧そのものだった。太陽はしみじみ言った。
「君らは一つになったんだなあ」
タンポポは誇らしげに頷いた。それを見て月は嘆いた。
「私もあなたのように愛されてみたい・・・」
タンポポはもう何もいらなかった 。茎をしゃんと伸ばし砂漠に向かい、つめたい空気を
吸った。
「さあ、種になってあなたの好きな空を飛びましょう」