第8節『扉を開く時』
直人はうすうす感づいていた。おかしい。柄の悪いトサカヘアーを真緑に染めた、いかにも不良というような生徒に連れられ、昼休みはほとんど姿が見えないのだ。このかえって、希少種としか思えない不良軍団を束ねているのは一体誰なのだろうか?集団万引き、集団喫煙、集団暴行と悪行の全てが組織的なものである。どうも親玉がいるとしか思えない。
あくまで噂だが、その頭は数日前に会った亜礼総司、その人だという。一流上場企業の結城コンツェルンの重役の一人息子であり、親からの小遣いは、常人では理解し難い額らしい。直人はその詳細に関してはよくは知らなかった。
(「助けてやりたいが、僕も命は惜しいし、仕方ないよな。悪く思うなよ……誠」)
直人は、誠を「友達でもなんでもないし」と割り切るしかなかった。
「また助けてもらってしまったね、ごめん」
「なんて弱いんだ、お前は……」
光は呆れるばかりだった。誠は俯き、再び「ごめん」と呟いた。
体育館の裏、この場所は通常、屑軍団の吹き溜まりである。無論、光が綺麗に駆除したのだった。
総司は執拗極まりなかった。数日前の一戦を契機に、誠に対する集団攻撃が始まった。光が倒しても、倒しても一向に数は減らない。光は、「トラウマは十分に植えつけたはずなんだがな」と首を傾げながら、事も無げに残忍なことを口にしていた。誠はただ苦笑するしかなかった。
減らないわけだ。新顔も沢山いた。光が拷……いや質問した不良によると、総司は財力にものを言わせて不良達をまた増員したらしい。彼らは総司の傭兵軍団も等しかった。
「教師はみな無能だ。何もしてはくれまい。自らの保身の為、このようにどんなに風紀が乱れようとも眼を瞑ることしかしない。生徒会でさえそうだ。私以外は全員亜礼の傘下……。おかげで誰も信じられなくなってしまった」
光は奇妙な笑みを浮かべた。無理に笑っているのだろう。誠は見ていて胸が張り裂けそうになった。
「じゃあ、なんで僕を助けたの?」
長身の光の上からの視線が向けられる。そして、口を開いた。
「弱者は強者が守らなければならない。当たり前のことだ。そうでなければ、何の為の力だ、と思う」
誠は光の肩に手をかけた。光は驚きの色を隠さなかった。
「嘘だ。嘘だよ、そんなの……」
光は手を振り払った。
「嘘?何を言うかと思えば。自惚れるなよ」
光の悲壮感は一層強まった……ように見えた。
「おかしいでしょ、だって。あいつらに、亜礼にいじめられてる奴なんてゴマンといるんだよ?なんで、僕だけなの?何で僕だけ助けてくれるの?いつも助けに来てくれる。颯爽と現れるヒーローのように。今日で三日連続だよ?」
「それは……」
「それは?」
光は黙りこくってしまった。誠は少し、落ち着いて、語気を和らげることにした。
「何をしていても君には悲しみが付きまとっている。そんな風にしか見えないんだ……」
ちょっとキザっぽいとは思った誠だったが、これは彼の本音だった。
「……もうと」
「え?」
誠は聞き取れなかった。
「妹。前に話した知り合いが彼女なのだ」
「よくわからないけど……」
「行方不明なのだ。三年間ずっと探してきた。しかし、見つからなかった。恐らく、生きてはいまい、と割り切ろうとしてきた。だが、無理だった。私は一枝と二人で一人だった。行方不明と聞かされた時は、体が半分引きちぎられた、そんな気分だったよ」
「いち……今なんて!?」
誠は光に詰め寄った。光はたじろいだ。
「一枝だ。苗字は……」
「まさか、奥村?」
「何故知っている?誰にも話した記憶など……。それに何故苗字が異なることに気づかない?」
「あっそうか、そうだよね……。違うよね、人違い……」
「いや、奥村で合っている。母子家庭で育った私は、行方不明の妹を想って悲しみに暮れる母親を慰めながらこの三年間過ごしてきた。しかし、母親は心労でついに病床に臥せってしまった。そんな時、母親に優しく接してくれたのが、並切玄先生だ。彼は間もなく私の義父となった」
「もしかして、それって長く休職している体育の奥村先生と僕らの担任の並切先生のこと?」
「そうだ……」
「えぇ!?」
驚愕の新事実だった。光が、まさかあの超軽い男で有名な並切先生の義理の娘だとは。イメージが正反対である。
そして、誠は数秒間の沈黙の中で、言うべきことを思い出した。切り出す。
「そ、そうだ!家にいるんだ、家にいるんだよ。今!君の妹がさ!」
怪訝な顔を向けた光に対して、誠の眼は真剣そのものだった。