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第5節『決別と出会い』


 走る、走る。誠はただ無心に走った。その様子は、死刑囚の脱獄のように、迫り来る追っ手を振り切ろうとしているかのような緊迫感があった。

 誠は全速力で商店街を駆け抜け、途中一度だけ、黄色の帽子をかぶった園児達とぶつかりそうになりながらも、車や自転車の間をすり抜け、普通ならゆうに数十分はかかると思われる学校にわずか十分弱で到着した。

 校門をくぐり、まっすぐ自分のクラス……のはずの場所に向かった。自席がいまだにあるのかどうかさえ危いと思われた。

「あの……」

「なんだね、君は?僕は忙しいんだよ。寝る暇さえ惜しいというのに……」

 黒縁の大きな眼鏡をかけた男は申し訳なさそうに声を掛けた誠を見、舌打ちをしながらなにやら物々独り言を言い始めた。

(「別の人にしようか。面倒くさそうだし……」)

 誠には男の話はもう耳に入っていなかった。見渡してみてわかったことだが、まだ始業まで時間がある為か、教室はガランとしている。

(「さて、誰でもいいんだけどな……どうしようかな?」)

「それで、何か僕に用かい?」

「え……?」

「用があるんだろ?」

「ええと、相野誠の席は何処かわかる?」

 いわゆる『がり勉』のイメージをそのまま具現化したその男はようやく会話をする気になったようだ。誠の記憶の中にこの男はいない。クラスがえによって大分顔ぶれが変わったようだ。続々入室してくるクラスメイトの半分は知らない者だった。

「相野?」

 男はかばんからノートを取り出した。開くと、文字でびっしりである。

「そう」

「彼の席なら窓際の一番後ろの席だ。で、お前は誰なんだ?」

「相野誠」

「君が、か?」

 男の眼の色が変わった。そして、いきなり男の手が差し出された。

「は?」

 誠はきょとんとする。

「握手だよ、握手。僕の名前は上地直人かみちなおと、天才だ。よろしく」

「あ、うん」

(「上地?どこかで聞いたような。思い出せない」)

「いや、どのような事情があったかは知らないが、僕から逃げるなんて卑怯だよ、君は。とにかく会えてよかった、我がライバルよ」

「初対面……だよね?なんでライバル?」

「去年の学年末テスト。不登校だが、テストだけ受けた奴がいたんだ。彼は三学期中、数日間しか登校しなかったというのに学年一位を取った。それが君だ。先生に聞いて知った」

「ああ、そんなこともあったね。それで、君は『勝手に』ライバルと?」

「今日から正式にライバルだ。今日、此処にいるということはテストを受けに来たんだろ?不登校はやめということか?次のテストは君に勝つ」

「え、今なんて?」

 誠の顔は青ざめた。まさか、いやそのまさかである。すっかり忘れていた。それもこれも一枝のせいだ。正直そんなことを思い出せるような状況になかった。

「今日は中間試験だって言ったんだ」

 それがなんだ、と言わんばかりだった。

「知らなかった……」

「あーあ、流石の君も終わったな、相野?今回のテストは難しいぞ?この学年三位の僕でさえ苦戦したんだからな」

「え、三位?」

「それがどうかしたのか?」

「いや、な、なんでもない」

(「大したことないな、自称天才……」)

「おい、今鼻で笑わなかったか?」

「ん、そんなことないよ。気のせいだよ」

 そんことを話していると、また教室の入り口のドアが開いた。誰か来たようだ。

「お、学年一位。『女帝』様のお出ましだ」

 長髪、長身の女子だった。凛とした顔付き。落ち着いた雰囲気。まさに『女帝』のようであった。しかし、スポーツでもしているのか意外と筋肉質であるようだ。脚を見るとサッカー選手のそれのようでもあった。

「誰?」

並切光なみきりひかるだ。文武両道、眉目秀麗、性格はきつい。とにかくきつい。喧嘩も強いんだ。彼女なら諦めな、彼女は男なんだ。いや、男より怖い。なんでも、『連続ガラス割り事件』の犯行グループを一人で潰して、教員に突き出したとか。生徒会副会長で権力もあるから、関わらないのが吉だ。」

「ふーん、そうなんだ」

(「まさか、あの子が?本当に『いい子』なのかな?」)

「はい、席に着く!筆記用具以外はかばんにしまう!玄さん、早く片つけないとみんなの点数ゼロにしちゃうかもね?」

 いつのまにか試験監督の並切玄なみきりげん先生が教壇に立っていた。我らが二組のクラス担任でもある。

「また今年も玄ちゃんか……ってテストもう!?」

 誠は血の気が引いていくのがわかった。それは隣席の眼鏡少年も同じだった。


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