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第2節『支配と愛のカタチ』


 切れかかった裸電球がチカチカと光っている。アナログのテレビが薄暗い部屋の中で存在を誇示していた。

「次のニュースです。午前七時半、登山グループにより、東京都小畑区大広山の山中で身元不明死体が発見されました。死体は死後数年経過し、すでに白骨化しており、警察は身元の特定を急いでいます。次のニュースです……」

 誠はテレビのスイッチを切った。リモコンを持ち、畳に横になるその姿はなんともけだるそうであった。

 誠はリモコンを前方に勢いよく投げた。案の定、リモコンはテレビに当たり、床に落ちたのだった。誰にぶつけて良いかわからない苛立ちをとりあえずテレビにぶつけていたのである。誠は椅子から立ち上がった。

「おーい、いるんでしょ?いるなら返事くらいしてよ」

 誠は『あの日』からひたすら眼に見えない『彼女』の影を追っていた。


 

 『彼女』との思わぬ出会いの後、まもなく親が帰宅した。辺り一面に広がる灯油、空の薬瓶……不在の間に誠が何をしようとしていたのかなど、聞くまでもなかった。母親はただ呆然とする誠を見た。彼女はゆっくりとした歩みで誠に近づいた。

 誠は眼前の存在をようやく視認した。徐々に彼の顔付きは恐れに変わっていく。彼は何を言われるか、何をされるか不安で一杯だった。その怯えきった哀れな姿は法廷に引き出され、裁判長を見つめながら判決を待つ被告人のようであった。

 彼女は突然、彼に背を向けた。戸棚から雑巾を取り出し、床から灯油をぬぐう背中はどこか寂しげだった。彼は彼女が泣いているのだと気付いた。

 しばらく床を拭いていた彼女だったが、数分後、ついに彼に振り向いた。

「誠……」

 彼女は母親になっていた。それは驚きとしか言い様がなかった。

 

 平生の母親は誠にとって、母親であって母親ではなかった。母親ではなく、むしろこの狭い空間の不動の支配者である、といった方が正確であったに違いない。最近では、鬱陶しい存在となりつつあったものの、彼は彼女なくしては生きられなかった。母親だけが父親を知らない、彼の絶対尺度であった。そして、支配者に従って生きることだけがいつしか彼の存在理由となっていた。彼は彼女の奴隷に甘んじていたのである。もしかすると、彼は自殺という手段を用いることで、死を以って彼女に抵抗しようとしたのかもしれない。

 

 彼女のまぶたはやはり涙に濡れていた。無言。沈黙が流れる。

「……ごめんなさい……僕、僕……」

 母親はいきなり、背骨が折れてしまうのではないかと思うくらい誠を強く抱きしめた。それもやはり無言であった。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「もういいの。わかってるから。全部わかっているから」

 誠の背中はその日、ずっと疼いていた。



 誠はもう自殺など一切考えなくなっていたのだった。しかし、学校に行くわけでもなかった。『彼女』に対する興味が日ごとに増して行くのが彼自身よくわかっていた。

 誠は恐怖を微塵も感じなかった。それは、彼の感性は恐らく常人とはかけはなれているからだろう。変人という他なかった。

(「ポルターガイスト現象なんて、滅多に味わえるものじゃない。なんとしてでもまた君に会ってみせる」)

 誠は諦めなかった。カレンダーに向かって話しかけること、二週間。だが、いっこうに『彼女』の現れる気配はなかったのだった。

「いい加減にしてよ。君に会いたいの。出てきて~。出て来い~」

 次の瞬間、誠はあることを閃いた。

(「名案だ」)

 彼は一人でほくそ笑んでいた。


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