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終節『女神の再臨』

最終節です。

 12月1日は文字で一杯だった。とても細やかな字群。それは遺書としか思えない内容だった。既に死んでいる人間から遺書をもらった人間など、後にも先にも誠と光の二名を除いて現れないことだろう。

「『きっと、あたしの前にはあんたがいるんだよね?それと光ちゃんも……。あたしが二人を会わせたの。わかるよね?頭の良い二人なら。事情は全て誠が教えてくれる。だから心配しないで、光ちゃん。あたしはずっと貴方達のそばにいるから。光ちゃん、誠には悪いけど……彼は長所と言えるものは何一つ持ってない。そう、あたしと同じ。光ちゃんは『お前と二人で一人だ』って言ってくれたことがあったね?でも、それは大きな間違い。実はね、その中身は光ちゃん100%、あたし0%だったんだ。0%をあたしはあたかも実体があるように見せてた。強がってただけだったの。いくらかけても解は0%で変わらないのにね……。自分の存在価値を否定したくなかった。ただそれだけだったの。ごめんね」

 光は崩れ落ちた。『女帝』はいまや、普通の女の子になっていた。ぽつりと「違う」と言った。苦しそうに言葉を続ける。

「違う、お前は大切なものをくれた。私に生きる意味をくれた。友達のない私にとって、一枝だけが生きる希望だった。100%だって『生の放棄』という0をかければ解は0%だ。その掛け算を無きものにしてくれたのは他でもないお前だ。だから100%でいられたんだ。二人で一人なんだよ……』」

「『あたしのポリシーだったんだけどな、入らないから12月2日にいくね。誠、あんたへのメッセージだよ。有り難く思いなさいよ』」

 光は視線を床に落としていた。泣いているのだろう。誠は光を横目に見ながら、隣の欄に目を移した。

「『あたしがあんたに言うことは一つだけ。光ちゃんをよろしくね。ああ、見えて弱いの。それと……』」

「一つじゃないじゃないか一枝。全く馬鹿だな……」

 誠は笑おうとした。だが、笑えなかった。これは親友との永遠の離別を意味しているいわば遺書だ、直感的にそう思っていた誠から涙はこぼれることはあっても決して笑みがこぼれることはなかった。

「『自殺なんてもう考えないでよね。生きてればいいこともあるよ、絶対に』」

「何で……そんな……いなくなるなんて聞いてないよ……」

 事前の覚悟は脆くも崩壊した。目の前の風景がぼやけていった。

















 石井は唐沢という男にこれまでにない程、嫌悪感を抱いた。連続少女誘拐事件の全貌が彼の供述とその裏づけにより段々見えてきたのだった。石井は正面の男に敬礼し、報告した。

「お疲れ様です、青木警部。例の事件についての報告です」

「うむ、ご苦労。聞かせろ」

「三年前の11月、唐沢圭佑からさわけいすけは友人で、共犯の丸川透まるかわとおると共に、被害者の奥村一枝を自宅周辺で車に連れ込み、誘拐。彼女には双子の姉がいましたが、やはりあの並切光でした。当時は奥村光という名でしたが」

「そのくだりは知っている。その後だ」

 青木は苛立っていた。石井は慌てて報告を急ぐ。

「誘拐の後、自宅に監禁。場所は現在、相野という方の借家でした」

「あの『開かずの部屋』だな?」

「その通りです、警部。殺害現場はどうやらそこのようです。血痕が発見されました。物が散乱しており、抵抗の跡が見られました」

「抵抗したから殺した……か」

「はい、その上……」

 石井は言葉を詰まらせた。

「なんだ?」

「被害者の奥村一枝は唐沢が言うには、近くの河川敷に錘をつけて沈められているそうです。バラバラにされて……」

「惨いな」

「はい……そういえば、丸川についてですが」

「丸川が見つかったのか?」

「はい、先日見つかった大広山の白骨体です。犯行直後に唐沢が絞め殺したそうです。鑑識によると、丸川でほぼ間違いないとか」

「何故、殺した?」

「丸川は奥村を殺すつもりはなかったらしく、唐沢が彼女を絞殺すると、急に弱気になって自首しようとしたとか」

「それで、奴は丸川まで……」

 外は雪が降っている。青木は窓の外を見、また一年が終わる、となんとなく切ない気分になった。コーヒーだけでなく紅茶も飲みたいところだ。 連日の徹夜で身体はすでにカフェインに飽きていた。

「休みは返上だな」

 青木は解散しつつあった連続少女誘拐事件の捜査本部へと向かった。








 ――どうでした、不思議な話だったでしょう?でも、この話には実は続きがあるんです。これを聞かないことには完結しませんよ。あの奇跡は僕にとっては怖いことじゃなかった。むしろ喜ばしいことだったんだ。友達が二人になった瞬間だったから。『本当の意味』でね。









 二年後、受話器を手に、窓辺に立つ誠がいた。家はぼろ家だが、もうあの家ではない。警察に押さえられた後に、取り壊しが決定した。大家さんが決めたことだ。

「光ちゃん、法応大学合格したんだって?」

「お前こそ正規合格とは生意気だ」

 受話器の向こうから聞こえてくる、いつもの声。この一年間、この声だけを頼りに努力を重ねてきた。

「今からそっちに行く」

 光がいきなりとんでもないことを言い出した。心の準備が出来ていない。

「え?ダメだよ。久々の再会はやっぱり然るべき場所で……」

 その時、チャイムが鳴った。来客……まさか?

「もう来ている。私が携帯からかけているということを忘れたのか?」

 仕方なく、緊張しながらもドアを開けた。予想通りの女性が立っていた。

「ご無沙汰だな?」

「ああ、うん。そだね……」

 明らかに挙動不審な動きをしている。光はくすり、と笑った。『女帝』時代には考えられなかったことだった。

 光はリビングの椅子に座った。

「前よりは綺麗な家だな」

「それはどうも」

 誠はわざとらしくお辞儀をした。

 その時、またもやチャイムが鳴った。

「僕が出るね」

「ああ」

 ドアを開ける。今度は見知らぬ女性が立っていた。三十代前半といったところだろうか?赤ん坊を抱いている。愛らしい顔付きをしていた。

「どちら様ですか?」

「私は隣に越して来た奥村と申します。つまらない物ですが……どうぞ」

 中身はお菓子の入った箱のようだった。兎谷万年堂のロゴが見える。

「え?今なんと?」

「つまらないものですが……」

「そうではなくて、お名前です」

 誠は怖い顔になっていた。その強い口調に「どうした?」と光までが奥から出てきた。

「奥村凛と申します。この子は一枝といいます」

「こんな偶然が……」

「驚きだ……」

 誠と光は顔を見合わせる。二人同時にその一枝ちゃんに目を向けた。

 そして、ついに奇跡が起こるのだった。それも母親の凛が我が子を見ずに、誠と光だけを見ているという限られた状況の中で。

 一枝ちゃんは口を動かし、誠と光に言葉にならない言葉を投げかけてきたのだった。何故か彼らにはその全てを読み取ることができた。



「ほ、ら、い、い、こ、と、会、っ、た、で、し、ょ?」 (完)

ご覧いただきありがとうございました。

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