第0節『最期に訪れる最初』
全く三国志とは関係ない小説。幽霊物。別なところで完結したものなので、安心してご覧ください。短めです。
【登場人物紹介】相野誠…主人公。気弱、しかし冷めた眼で人を見下す悪い癖と自殺願望あり
皆さん、はじめまして。僕の名前はマコト。法応大学一年、相野誠といいます。今から君だけに僕が体験した不思議な不思議なお話を聞かせて差し上げましょう。えっ?何で話してくれるのかって?実は僕、名門法応大学に入学できたところまでは良かったのだけれど、『一人を除いて』友達いないんだ。友達っていってもあの子は友達として数えていいんだろうか?ビルマーだっけ、フェルマーだっけ?まいいや。なんとかの最終定理より難しいんじゃないの?僕は理系じゃないからよくわかんないけど。あっ、結構適当だったね、ごめん。
とにかく、そういうことだから教えてあげる。まあ、余興だと思って聞いてよ。たぶん信じてくれないと思うけどね。
そして出来れば――ん、いやなんでもないや。え?前置きが長い?わかったよ、始めるね。きっと驚くよ。
「これで全て終わる……よね?」
相野誠、高校二年生。残された寿命、あと一日。少なくとも本人はそのつもりだった。
「母さんと二人で住んだ1Dkのアパート。壁に大きなひびが入ってるし、耐震強度がとても心配だったけどそんな心配もういらないんだ」
走馬灯もそうだが、人間は死ぬ間際になると平生よりかえってどうでもよいことを考えるようになるのかも知れない。そして、そのどうでもよいことにこそ、生前の幸せが隠れていて、一つ、また一つと幸せを反芻することができるのだろう。
しかし、この少年は微妙に異なっていた。魂が身体から切り離『される』瞬間に駆け巡る走馬灯とは違い、少年は自ら魂を切り離『そう』としていたのである。
それもそのはず。自宅にいる彼が事故に遭うはずはないし、ましてやこんな元気に話せるのに重病であるはずもない。ではどうしてか?答えは簡単。周りを見渡してみれば良い。マッチを握り締めた少年の傍らには灯油缶が転がり、正面の机の上には買ったばかりの薬瓶とコップに入った水。薬瓶は市販の風邪薬と見て取れるが、中身は空のようだった。成程、こういったら語弊があるかも知れないが、今流行のあれのようだ。少年はマッチに火を付け、辺りに撒き散らされた灯油にそれを落とした。一気に火が燃え広がる。すかさず、ポケットに入れた風邪薬、五十錠を水で一気に流し込んだ。苦しみの中で、誠は呟いた。
「綺麗だ」
燃え盛る炎は冷め切った誠の心に感動という温かみをくれたのであった。
相野誠のあまりに短い足跡は不幸そのものだった。三歳で父の会社が倒産、四歳で両親が離婚。その後、父の多額の借金が発覚。デイトレードを駆使し、それはほぼ完済したものの、母が病気がちになって生活は苦しくなる一方だった。それでも高校に行かせたいと思った母は受験を後押ししたが、健闘虚しく、国立高校には落ち、都立の三流高校にしか受からなかった。それはたぶんに彼の気の弱さにあるのだろう。なにより彼は自分に自信がなかった。高校一年、つまり去年の一年間はまさに地獄だったと言える。中学時代は目立たぬようひたすら努めてきた誠だったが、高校一年ともなるとそれではやっていけなかった。荒れているとは聞いていたが、その実情は、誠の予想を遥かに超えていた。いつもどこかで喧嘩が起こっており、大量の窓ガラスが毎日割られ、修復スピードが全く追いついていなかった。直したそばから割られるという状況だったのである。当然、いじめなんか公然と行われていた。
入学してから半年間、誠は自らの存在をクラスから見事に消し去っていた。誰からも相手にされず、ただ人間観察だけが誠の唯一の楽しみだった。そして、誠はいじめられっ子というものに目をつけた。誠はいじめられたこともいじめたことも『その時までは』一切無く、それがどのような生き物なのか純粋に学問的興味から観察対象とすることにしたのである。
ついに誠は、いじめの対象にある共通点を見つけ出した。いや、見つけてしまったというべきかも知れない。あまりにも残酷な現実だった。
「出る杭は打たれる……か」
誠は呟いた。同時に絶望してもいた。いじめられっ子はまったく誠だったのである。地味で、陰気で、そのくせ成績がいい。そんな子ばかりだったのである。誠はどんなに勉強をサボっても、寝ていても、決して成績を落とせなかった。頭が良いからではない。わずかに残っていた自尊心が彼の邪魔をしたのである。
高校一年の三学期、ついに誠はいじめの標的とされた。前のいじめられっ子が不登校で学校に来なくなってしまったからであった。
その後について誠はよく覚えていない。思い出したくもなかった。パシリで済めば良かったものの、時としてひどい暴力を振るわれ、骨折に至ることさえあった。そのいじめは高二の一学期の終わりまで続いた。いじめは誠の登校拒否で終焉を見たのである。
「十分苦しんだ、もういいよね母さん?」
誠の母は隣町まで買い物に出かけていた。あと一時間は帰ってこないだろう。誠はこの古びたアパートに別れを告げるべく、感謝の意味を込めて狭い部屋を見渡した。
「僕みたいな屑じゃなくて、次はもっとマシな人に住んでもらいなよ」 その時、誠は後悔した。部屋のことを考えていなかった。火は全てを巻き込み、部屋が部屋でなくなってしまうかも知れない。でも、今更悔いたって仕様がなかった。
「あれ?」
誠は開かずのドアの表面に掛かっているカレンダーが目に入った。相野家は家計が火の車だったので、いわゆるいわくつきの部屋を借りているのだが、その『いわく』という奴を知っているのは母だけであり、どういうものか誠は知らない。母はいつ聞いても「都心で家賃三万よ?安くていいじゃない?」と誠をはぐらかした。開かずの部屋に繋がる開かずのドア。そこに掛かっているカレンダーには11月1日の欄にはっきりと何か書き込んであった。誠は首をかしげた。
「おかしい、今日めくったばかりのカレンダーだから何も書き込んでないはずなのに。母さんはあのカレンダーを使わないし。じゃあ、誰が書き込んだっていうんだ?」
誠はわけがわからなかった。目を凝らすと『もったいないな。あんた死んでから後悔するよ、きっと。いらないの?もし、いらないならその命あたしにちょうだい』とはっきり女の子特有の丸文字で書かれていた。
次の瞬間、おかしなことが起こった。まず、部屋の時計の針が止まり、次いで燃え盛る火がぴたりと静止した。まるで、レストランのスパゲッティーの模型のようだった。おまけに苦しくない。あの無理やり詰め込んだ錠剤はどこへ往ってしまったのだろう?
誠はカレンダーに歩み寄った。これが何もかもの始まりだった。