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Dear Friend  作者: 橘 零
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隼人


4月20日。

隼人がこの学校に来て3週間が経った。

今日も朝からクラスは騒がしい。どうしてこうも毎日毎日、同じような話ばかりしていられるのだろうか。自分も学生時代はこんな風にバカ話ばかり飽きもせずにしていただろうか。バカというと、生徒たちから機関銃のような抗議が炸裂しそうだが。

「席に着け。朝礼始めるぞ」

黙っていれば老後まで喋っていそうな生徒たちを、席に着かせるのは骨が折れる。案の定、生徒たちは全くの無視。仕方なく何度も声を掛け、5度目で席に着かせることに成功する。まだこの学校に来て3週間しか経っていないのに、同じような声掛けを100回以上しているのではないか、そう思うと、隼人の心は今にも折れそうになってしまうのだった。

そんな折れかけの心を叱咤し、顔を上げると、全員席に着いていないことに気付く。まだ1席だけ空席のままであった。その席は、佐藤美優の席だった。

「佐藤はまだ来てないのか?」

「寝てるんじゃなぁい?」

隼人が誰にともなく聞くと、知香が鏡を見ながら答える。隼人から見れば、十分すぎるほどの化粧に見えたが、知香は憑りつかれたように手を動かし続けていた。

「よく遅刻するのか?」

「欠席はしないくせに、遅刻ばっかすんだよ。しかも毎回寝坊」

「そうなのか。じゃあ後で電話してみるか。とりあえず朝礼を開始しよ…」

“ガラガラ”

隼人が朝礼を進めようとした時、教室の扉が開き、美優が入って来た。その背後には、教頭の猿渡もいた。

「槙村先生。ちょっといいですかな?」

猿渡の光り輝く額と、天まで届くかのような高音。さらに、香水風呂に入ったんじゃないかと思うような臭いに、隼人は五感のうち三感を一瞬にして奪われる。

「はい。何でしょう?」

心だけではなく、肉体までも折れそうになりながら、何とか答える。しかし、教室から出て、猿渡が言った一言に、隼人は絶句する。

「佐藤がタバコを所持していたんですよ」

「は?タバコ…ですか?」

「そう。遅刻してたから急いで校門を抜けようとしてね。段差に引っ掛かって転んだ拍子にカバンの中身もドシャー、ですよ」

猿渡はどこか嬉しそうだった。他の生徒に聞こえないように教室の外に出たはずなのに、その声は明らかに大きすぎた。隼人は、この教師がなぜ教頭になれたのか、状況も忘れ真剣に考えたくなった。

一方の美優は、今にも泣き出してしまいそうな顔で俯いている。相当激しく転倒したのか、膝からは出血も見られた。

「佐藤。膝は大丈夫か?」

「…はい」

顔だけではなく、声までも泣き入りそうな、弱々しい声だった。

「タバコ、持ってたのか?」

「…はい」

「佐藤が吸う為に持ってたのか?」

「………はい」

隼人は美優の、他の質問の時とは違う、妙な間に不審なものを感じ取る。

「本当か?」

「槙村先生。佐藤が認めてるんですから」

猿渡はさっさと話を終わらせたいらしい。ろくに話も聞かず、片付けようとしている」

「いや、しかし

「いや、しかし、何ですか?」

「佐藤はタバコを吸うような子じゃないと思うんですが」

「私が吸う為に持ってたんです。…すみませんでした」

隼人が猿渡にそう言うと、美優はすぐに自分が吸う為に所持していたのだと言った。今度は先ほどと違い、あまりにも早すぎる喫煙の肯定で、隼人の疑心はさらに深まる。

「ほら、佐藤が認めてますから。そういうことで、生徒指導部で処分を検討しますからね。槙村先生も担任として出席してくださいね」

「…わかりました」

猿渡は満足そうに頷き、立ち去ろうとする。

「みぃがタバコ吸うわけないじゃん。バカじゃないの」

突然扉が開き、出てきたのはエリだった。

「そのタバコはあたしの。毎日みぃに持たせてるの。あたしがタバコ吸うって言ったら納得でしょ、教頭先生」

エリは猿渡の前に仁王立ちになり、そう言う。その口元には、猿渡を挑発するような不敵な笑みが浮かんでいた。

「いや、まぁ、その」

隼人は猿渡が態度に激昂すると思い、すぐに止められるよう身構えていたのだが、当の猿渡は、急にしどろもどろになってしまった。

「とにかく、今日の帰りまでに生徒指導部で話し合って決めるから。そういうことで、槙村先生もお願いしますよ」

猿渡はそう言うと、逃げるようにそそくさと立ち去ってしまった。

「早く保健室行けば?」

猿渡の後ろ姿を不思議そうに見ていた隼人は、エリが美優にそう言うのが聞こえ、美優がケガをしていたことを思い出す。

「ああ。そうだな。佐藤、保健室に行ってきなさい。神谷、一緒に行ってあげてくれるか?」

「ヤダ。授業あるし」

エリに一瞬で、しかも完璧な正論で断られ、面食らう隼人だったが、すぐに切り替え、言う。

「まぁ、そうだな。じゃあ私と行こうか」

「…一人で大丈夫です。ありがとうございます」

「いや、しかし」

「みぃが大丈夫って言ってるんだからいいじゃん」

エリはそう言うと、もう興味はない言わんばかりに背を向けて教室内に戻っていく。

「本当に大丈夫か?」

「…はい。ありがとうございます」

そう言い、美優は左足を引きずりながら歩いて行った。隼人は、猿渡が去って行った時と同じようにその背中を見送る。美優の小柄で華奢な背中は、膝の痛みだけではない、別の痛みにも耐えているようであった。


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