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Dear Friend  作者: 橘 零
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エピローグ


鏡に映った私の顔は、真っ白でまるで幽霊のようであった。それでも、心の中はとても穏やかで、数時間前とは比べものにならないくらい落ち着いていた。

「みぃは黒より白のが似合うよ」と、エリちゃんはよく言ってくれた。エリちゃんは私の喪服姿を見てどう思うかな。そんなことを考えながら着替えを済ませる。

「みぃちゃん。1人で大丈夫?」

鏡の前でエリちゃんとの思い出を回想していると、母が扉の間からヒョコッと顔を出し、言う。

「うん。大丈夫だよ。お母さんは後で来て」

多分母は、エリちゃんが亡くなった後の私の姿を見ていたからだろう。心配そうな顔をしていた。だが、私がそう言うと、相変わらず心配そうな顔をしながらも、扉から顔を引っ込め、階段を下りて行った。

クローゼットから小さなカバンを取り出し、持っていくべき荷物を詰め込む。携帯、財布、香典。そして、栞と手紙。

私は、手紙の入った封筒を手に取る。その封筒には、女の子らしい、小さな可愛らしい文字で、『みぃへ』と書かれていた。出会った時から変わらぬ、エリちゃんの字だった。

窓の外では、春の爽やかな風が木々の緑鮮やかな葉を揺らす。風たちが奏でる音色が締め切った部屋の中まで聴こえてきそうで、私は思わず耳を傾ける。だが、残念なことに、そんな私の耳に聴こえてきたのは、風が作り上げる大自然のシンフォニーではなく、機械が発するやけに美しい着信音だった。私はガックリとしてしまい、溜め息を一つ吐いて、携帯の液晶画面を開く。だが、そこに示された名前を見て、次は私の心臓が激しいビートを刻み始めてしまうことになる。

「…もしもし」

私は心の動揺を気取られないように、必死に冷静な声を出して電話に出る。つもりだったが、第一声から声が上擦ってしまい、思わず赤面してしまう。

「あ、もしもし。晃太だけど」

恥ずかしさに顔を顰めていた私だったが、電話の向こうの彼の声も、私に負けず劣らずひどく緊張しているようで、その声を聞いた途端に、幸せな気分になってしまった。

「うん。こんにちは」

「こんにちは」

「どうしたの?」

いつも通りのギクシャクした会話。何年経てば、私たちの距離は縮まるのだろう。言いたいことは山のようにあるはずなのに、声を聞くと結局何も言えなくなってしまう。そんな自分にいつもガッカリする。

「下にいるんだけど」

下にいるんだ、そうなんだ。珍しい。…え?

「えっ!?」

そんなことを考えながら彼の話を聞いていた私は、次の瞬間驚嘆の声を上げる。そして、すぐに窓の外に視線を巡らす。先ほどまで優しい音色を奏でていた木々の葉の下、そこに彼は立っていた。

「どうして?」

そう思ったつもりが、私の心の声は、私の声として電話の向こうの彼に届いていた。だが、彼の答えを聞く前に、彼の服装を見て、私はなぜ彼が来たのかを知る。

「一緒に行かない?」

窓の中に見える私の服装で、彼も気付いたのだろう。私の心の声には答えず、そう言う。

「…うん」

頭の中は混乱しっぱなしだったが、彼の言葉に迷うことなく返事をしていた。

「今から行くから、ちょっと待ってて」

そう言い、電話を切る。急いでカバンを持ち、もう一度鏡で身なりをチェックする。

「よし」

チェックを終え、一つ気合いを入れてから、彼の所に向かう為、部屋の扉を開けた。

「あ、いけない。…忘れちゃうとこだった」

部屋を出かけていた私だったが、大事な忘れ物に気付き、部屋に戻る。そして、出しっぱなしにしていた手紙を手に取る。

もう一度、封筒に書かれた可愛らしい文字を見る。

「今から行くね。エリちゃん」

手紙をカバンにしまい、部屋から出て階段を駆け下りる。母が音を聞きつけ玄関に出て来たが、そんな母に目もくれず、私は玄関から、風の音が鳴り響く春の空へと飛び出した。




                     Dear Friend


親愛なるみぃへ。


初めて手紙を書いてみます。

色々言いたいことを文字にしようと思ってたのに、なにをどう書けばいいのか全然わかんない。笑

なのでホントに伝えたいことだけを書きます。

みぃ。ホントにありがとう。

あたしが一緒に戻ってくれるか聞いた時に、なにも聞かずに頷いてくれて嬉しかったよ。

これからたくさんみぃに感謝の気持ちを伝えていくからね。


最後に、みぃのこと愛してるよ。

オバマが言ってた愛の意味がようやくわかりました。

あたしはみぃに愛されてるし、あたしもみぃのことを愛してます。

みぃのことはあたしが絶対守るからね。


どこにいても、あたしはみぃに微笑み続けます。



PS.晃太とキスしたら教えること!笑


                                        From Friend




春の麗らかな陽気の中、私と彼は並んで歩く。もっと緊張してしまうと思っていたけど、思ったよりも緊張せずに歩くことが出来ている。言葉数は少ないが、私は居心地の良さを感じていた。

それでも、これだけ無言で歩き続けることはさすがにまずいと思った私は、勇気を出して言う。

「晃太くんって本とか読むよね?」

「うん。読むよ。みぃちゃんも読むよね?」

「うん。読むよ」

………。

終わり?

なぜ彼と喋るとこんなに会話が続かないのだろう。

「好きだよ」

す、き、だ、よ

好きだよ?

好きだよ!?

私の頭の中はあっという間にパニックに陥る。

誰が好きなの?何で好きなの?というか、なぜこのタイミングで言うの?

わけがわからなすぎて目眩がしてくる。

「大丈夫?」

声がして慌てて横を向くと、彼は私のことを心配そうに覗き込んでいた。

「あ、ご、ごめん。大丈夫」

そう言うと、彼はホッとしたように再び前を向いてしまった。

しばらく彼の言葉を反芻しながら歩き続けていた私だったが、いくら歩いてもわけがわからなかった。彼は何事もなかったかのように歩いている。

「さっき、なんて言ったの?」

どれだけ待っても彼から答えを貰えなかった私は、仕方なく聞き直す。

「さっき?」

自分が何を言ったのか忘れてしまったのだろうか。彼は真顔で聞き返してきた。

「えっと…好きとかなんとか言わなかった?」

私は恥ずかしさで赤面しそうになりながらも、必死にそれだけ言う。

「ああ。好きだよ。本」

彼は、当たり前のようにそう言った。私はその言葉を聞き、膝から力が抜けてしまいそうだった。本という言葉を聞き逃した為に、私は1人でパニック状態だったのだ。

恥ずかしさと情けなさで、自分が嫌いになりそうだった。そして、彼の声が小さいのがいけないのだという、理不尽な怒りも感じていた。だが、怒りを感じながらも、その怒りは温かい熱を持って、私の心を安らいだ気持ちにさせている。不思議な気分だった。

「じゃあ、これあげる」

そう言って、私はカバンの中から栞を取り出す。桜の絵がスケッチされた栞だった。

「ずっと使ってるからちょっと汚れちゃったけど」

「いいの?」

「うん。私は新しいの貰ったから」

そう言って、封筒から真新しい栞を取り出す。その栞にも、美しい桜の絵がスケッチされていた。

「誰に貰ったの?」

「エリちゃん」

彼の質問にそう答えると、彼は不思議そうな顔をしていた。だがすぐに、「ありがとう」と言って、栞を手に取る。

「桜の花言葉って知ってる?」

「花言葉?なんだろう?美しい、とかかな」

「うん。壮大な美しさとか、優れた美人。エリちゃんにピッタリだよね。だけど、もう一つあるの」

「もう一つ?何?」

「あなたに微笑む」

「あなたに、微笑む」

「エリちゃんが今も微笑んでくれてるような気がするんだ」

私は、遠くに見える桜の木を見つめながらそう言う。桜が咲くこの季節に、エリちゃんが微笑んでくれている。桜が咲いていない時だって、この栞から、エリちゃんは私に微笑んでくれるだろう。そんな確信が、私にはあった。

彼の左手が、私の右手に少しだけ触れる。私は、右手を引っ込めなかった。もちろん彼も。

2人の両手がしっかりと絡み合った時、一陣の風が2人の間を吹き抜ける。

その風は、たくさんの花びらを舞い上がらせ、青空のキャンバスを、桜色に染め上げた。



                                            Fin.


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