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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


(なんであたしがやんないといけないわけ?)

エリは隼人から指名され、自分が副学級委員長などという下らない仕事をしなければならなくなったことにイライラしながら、教壇に立つ。顔を上げると、美優はまだ席の近くであたふたしていた。

「みぃ!早く!」

美優のノロマ加減に、エリの怒りはさらに膨れ上がる。

「あ、うん。ちょっと待って。書くものとかいるよね?」

そう言うと、ガシャガシャと筆箱を漁り、シャーペンを取り出す。そしてようやく教壇まで来たが、その手にはシャーペン以外の物は見当たらなかった。

「あんたシャーペンだけ持ってきて何がしたいの?」

「え?」

エリはウンザリしてしまう。だが、当の美優は、質問の意味がわからないのか、キョトンとしている。

「だから、紙とかは?シャーペンだけ持ってきても書けないでしょ」

早口で捲し立てると、美優は、「あ、そっか」と言いながら、再び机に戻ろうとする。

「もういい!黒板にチョークで書いて!」

怒りが沸点に達したエリは、その背中に鋭く言い放った。その一言に、美優の動きはピタリと静止する。

「わかった。…ごめんね。エリちゃん」

そう謝りながら振り返った美優の瞳には、今にも泣き出してしまいそうな悲しみが湛えられていた。

美優はいつもこうだ。取り留めもないない小さなミスを1日何十回と繰り返すが、その度にこの世の終わりのような悲壮感を漂わせて謝る。それがまた、エリをイライラさせるのだった。

「もういいから早く進めて」

エリはその苛立ちを何とか抑えて言う。

「うん。えっと…じゃあ他の係を誰かやりたい人はいますか?」

………。

誰も答えない。いや、答える気もない。

「…いませんか?」

………。

二度目の問い掛けにも相変わらず誰も答えなかったが、徐々にクスクスと笑い声のようなものが聞こえるようになってきた。誰も答えてくれず、困っている美優を見るのが面白いのだ。

「…もういい。あたしが決める」

堪りかねたエリは、そう言うと次々と黒板に名前と係を書いていく。

「これで決まりだから。文句ある奴はあたしに言いな」

あっという間に係を全て決め席に戻る。そんなエリに文句を言う奴なんてもちろんいない。残された美優は、まだ教壇に立ち尽くしていた。

「これでみんないいのかな?」

見かねた隼人が助け船を出して聞くと、全員渋々頷く。

「よし。じゃあこれで決まりにしよう。佐藤も席にもどっていいぞ」

「あ、はい」

隼人に言われ、やっと美優は席に戻った。

エリは、美優を学級委員長に指名したことを、早くも後悔し始めていた。これから何度もこんなことを繰り返すのかと思うと、頭が痛くなってくる。

「先生。まだ時間余ってますけどぉ」

エリがぼんやりと考えていると、知香が隼人にそう言うのが聞こえた。時計を見ると知香が言った通り、授業が終わるまで10分近く時間が残っていた。隼人は少し考えるように俯いた後、口を開く。

「そうだな。…じゃあ私の話をみんなに聞いてもらおう」

「なになに?先生の女性遍歴とか教えてくれんの?」

靖子の問いに、教室内は爆笑に包まれる。エリは、早くも興味を失い、頬杖を着き、いつものように窓の外を眺めていた。

「いや、私自身の話ではない。愛。愛について話そう」

……。

静まり返る教室。

「は?何言っちゃってんのこの人?」

一瞬の静寂の後、知香の一言で再び教室は爆笑に包まれた。

「まぁそう笑わずに聞いてくれ」

隼人はそんな爆笑など意に介さず、といった感じで話を続ける。

「愛。と言われるとみんなは男女の愛を思い浮かべると思うが、愛には様々な形があるんだ」

「それってゲイのことかよ」

また生徒たちは笑う。真面目に隼人の話を聞いている奴など美優くらいだろう。そう思い美優の方を盗み見ると、案の定美優だけは隼人の言葉に真剣に耳を傾けていた。

「同性愛か。もちろんそういう形もある。けど他にも、親が子を想う気持ちや、逆に子が親を想う気持ちなんかも愛なんだ。それだけじゃなくて、友達が友達を想う気持ちも愛だよ。君たちは愛に包まれているんだ。そして君たちもまた、誰かを愛している。恋人を、家族を、そして友達を愛している。よく恋人に対して、60億の中から君に出会ったのは奇跡だ。だとか運命だ。なんて言うよね。そんなような歌もたくさんある。それは家族や友達でも一緒じゃないかと私は思う。君たちのご両親も60億人の中からたった2人が親として君たちと出会った。友達だって、60億人の中からその子と奇跡的に出会ったんだ。君たちの人生はまだまだこれからだし、様々な苦難や、もしかしたら絶望を味わうかもしれない。しかし、忘れてはならないのは、君たちは愛されているってことだ。君たちを愛してくれている人がたくさんいる。君たちのことを守ってくれる人がたくさんいる。いつでも一緒に闘ってくれる人がいる。それを忘れないでいてほしい。以上」

隼人の話が終わったのと同時にチャイムが鳴った。

隼人はあんなに熱っぽく語っていたのに、教室内の温度は2℃は下がっていた。隼人が教室を出た瞬間に、知香と靖子が爆笑と共にエリに近寄ってきた。

「槙村の話、意味わかんなくない?」

「君たちは愛されている。…だってぇ。キモーイ。あはははははは」

知香と靖子は隼人の真似をして爆笑している。

「エリは意味わかったぁ?」

靖子が爆笑でヒィヒィ言いながら聞いてくるが、エリに意味がわかると思って聞いているわけじゃないのは明白だった。

「わかるわけないじゃん。あんな長い演説オバマだけで十分」

「あはははははは。もう、エリ最高。槙村の渾名オバマにけってぇい」

知香と靖子は相変わらず爆笑をし続けていた。エリにも隼人の話は、はっきり言って退屈な時間だった。だが、なぜか隼人の言葉が、まるでリピート再生しているかのように、頭の片隅で響き続けていた。


“君たちは愛されているってことだ。君たちを愛してくれている人がたくさんいる。君たちのことを守ってくれる人がたくさんいる。いつでも一緒に闘ってくれる人がいる。”


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