隼人
スーツを着るにはあまりにも暑すぎる。そんな絶望的な日差しの中を、隼人は前だけを見て歩く。その心には強い決意が満ちていた。エリの為に、いや、生徒たちの為に自分の出来ることを精一杯やる。それだけしか頭にはなかった。
学校に着いた頃には、スーツの下は汗まみれでワイシャツも透けてしまうほどだった。校舎の中は日差しがない分、多少暑さは和らいだが、それでも隼人から汗を奪うことはなかった。病院の面会開始時間まで待っていたので、時刻はすでに10時を大きく回ってしまっていた。
隼人は急いで職員室に向かう。その道すがら、いくつか生徒たちの話す声が聞こえてきたが、そのほとんどが美優とエリの話だった。
「ムカつく女を突き落としたんだって」
「目が合った奴から順番に袋にしていくみたい」
「落ちていくのを見ながら、笑ってたらしいよ」
学校という限られた空間で、これだけの人間が何度も同じ話をする。それだけでいつの間にか、真実は遠くどこかの星へ飛び立ってしまっていた。話しながら生徒たちは、隼人をも好奇の目で見つめる。隼人は、エリがこの視線に1日中耐え続けているのを想い、大声で否定したかった。だが、それをすることで、生徒たちが委縮するどころか喜んでしまうことも知っていた。その為、聞くに堪えない話にも、聞こえないフリをしながら急いで職員室に入った。
職員室に入り、ようやく一息つこうとした隼人は、次の瞬間思わず身震いをしてしまう。職員室内は冷房が効いており、快適な環境だったが、その温度差に身震いをしたわけではない。むしろその逆であった。
全く一緒だったのだ。さっきまで生徒たちが浴びせてきた視線と全く同じ視線が、隼人を突き刺していた。その視線を浴びた隼人は、一息つく間もなく職員室を飛び出す。教室に向かって歩く隼人の頭には、エリを貫く無数の目が広がっていた。