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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


「なんだよそれぇ!」

新学期を迎え、久しぶりに会った同級生たちとの弾む思い出話。そんな賑やかな嬌声が飛び交う教室の中でも一段と騒がしい一帯。それがエリの机周辺だった。知香と靖子は相変わらず騒ぎまくり、エリも巻き込んでロックバンド並みの音量を周囲に撒き散らす。いつもより高すぎると思われるほどのテンションだったが、その理由は3人ともわかっていた。

エリを取り巻く視線。それは、夏休み前とは明らかに異なる視線であった。夏休み前のエリに対する周りの態度は、恐怖や不安が大半だった。エリとまともに目を合わせる人間もあまりおらず、エリの黒い噂を全員が恐れていた。だが、今日のエリに対する周りの視線は、今までの恐怖と不安の視線以上に、軽蔑や嫌悪する視線が大半になっており、学校の至る所にその視線が溢れていた。3人ともその視線を身体中で感じながら、見て見ぬフリをして無駄な話に大袈裟なほどのリアクションを取り続けていた為、いつも以上のテンションになってしまうのだった。

そんな風にエリたちが纏わり付く視線に気付かないフリをしていると、始業のチャイムと共に猿渡が教室に入ってきた。その瞬間クラスの時間が止まり、好奇の視線が猿渡にぶつかる。全員が美優の事件の話で猿渡が来たんじゃないかと思っていた。今までの教師生活、いや、人生でこんなにも自分に視線が集まったことがなかったのだろう。猿渡は喉を鳴らし、咳払いをしてから言う。

「槙村先生はちょっと用事で遅れるから、代わりに私が来ました。始業式が始まるからすぐに移動してください」

猿渡は、相変わらず脂ぎってねっとりした顔に似合わない高音で、生徒の三半規管を攻撃する。普段は苦痛以外の何ものでもない声と顔に、今回は集中して注目していた生徒たちだったが、猿渡のその言葉を聞いて落胆の表情を露にする。エリも少なからず緊張していた為、思わず溜め息を漏らしてしまった。直後、その溜め息が伝染したかのように、知香と靖子が大きく息を吐き出すのが、エリの耳に猿渡の高音以上の音量で届いていた。


体育館に入ると、校長、教頭による、自己満足の為の独演会が始まる。普段と何一つ変わることのない始業式であった。美優のケガの話は全く出ず、何事もなかったかのように式は終わってしまった。だが、もちろんこんなことであの出来事がなくなるわけもなく、学校側が何も説明をしなかったことで、逆に勢いを増した幾つもの口が、至る所でヒソヒソ話の合唱を始めていた。

「ねぇ。終わったらどこ行く?」

式が終わり、合唱響く廊下を教室に向かい足早に歩いていると、知香が横に来て言う。知多と靖子もやはり緊張しているのか、表情が硬く、どこかぎこちなかった。

「どこでもいいけど、昼食べてカラオケでも行く?」

エリはそんな2人に気を遣い、明るく振る舞う。今まではエリが気を遣われる側だったので、明るい表情がうまくできたかわからなかったが、そうやって2人に接することが苦痛ではなかった。2人もそんなエリの変化に気付いているのか、少しだけ目配せをし、打ち合わせたかのような掛け合いをエリに披露した。

「いいねぇ!じゃあ久しぶりに靖子の天使の歌声を聞かせてあげようかなぁ」

「天使の歌声ってことは、あれだ!ボンジョビ!」

「はぁ!?なめてんのかよ!あんなしゃがれ声じゃねぇし!」

「じゃあなにさ?」

「MISIAに決まってんじゃん」

「夏だし!」

「はぁ!?夏にMISIA歌っちゃいけないわけ?」

教室に着いても一向に終わる気配のないケンカコント。このまま放っておくとカラオケに着いても続きそうな勢いだったので、エリは仲裁に入る。

「なんでもいいから歌いまくろうよ。久しぶりだしさ」

エリがそう言うと、2人は素直に従ってくれた。2人の掛け合いをあんなに下らないと思っていたはずなのに、今のエリはその下らない掛け合いが少しだけ羨ましかった。

ふと窓の外を見ると、担任が歩いて校門を通過する姿が見えた。真っ直ぐ前だけを見て歩いている。

“美優の所に行ってきたんだ”

隼人の力強い1歩1歩を見たエリは、なぜだかそう確信する。隼人の歩く後ろから、出遅れていた蝉たちの、しゃがれた歌声が響き渡っていた。


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