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Dear Friend  作者: 橘 零
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麗子


昼間とは全く別の顔を見せ始めた夜の街を、麗子の車が疾走していた。爽快に走り続ける車とは対称的に、車内の麗子の心境は重く、どんよりとしていた。

始めはエリがどのようにして現在に至るのかを聞きながら、麗子は呆れに近い感情を抱いていた。両親の離婚と男の裏切り。たったこれだけのことで壊れてしまうエリの心が理解出来なかった。あまりにも弱すぎる。そう思った。だが、エリにもそれはわかっていたのだ。わかっていながらもどうすることも出来なかったのだ。そうやって苦しんでいるエリを誰が救おうとしたのか。答えは、誰も救おうとしなかった。誰も手を差し伸べようとしなかった。エリに不良のレッテルを貼って誰も近付けようとしなかったのは、他でもなく自分たち大人だった。彼女の中に、大人たちの身勝手さや狡さを垣間見た気がした。その瞬間、麗子は無性に悲しくなった。

麗子は車を停車させ、携帯を開いた。電話帳から隼人の番号を呼び出す。

「はい」

3コール目で隼人は電話に出た。

「私。麗子よ」

「ああ」

しばしの沈黙。

「どうだった?」

隼人は勢い込むわけでも、変に冷静さを装うわけでもなく、普段通りの弟だった。

「話は聞いたわ」

「原因はわかったか?」

「ええ」

「話せるか?」

「聞きたい?」

麗子がそう聞くと、隼人の言葉が止まった。聞きたいはずなのに、なぜか隼人は何も言わず黙っている。麗子は痺れを切らせてもう一度尋ねた。

「聞きたくないの?」

「俺には自信がない」

「え?」

予想だにしない隼人の答えに、麗子は戸惑い二の句を継げなくなる。すると、隼人はゆっくりと話し出した。

「こんなことを言うと担任失格、いや、教師失格かもしれないけど、佐藤がケガをしたって聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは神谷の顔だった。信じられないよな。教え子をケガさせたのが教え子だなんて考える教師。自分でも信じられなかった。そんな俺が神谷に何が出来る?1度は彼女を疑った俺が、今さら何が出来る?俺が何を言っても神谷には響かない。そんな気がするんだ」

ゆっくりとだが、一気に話し切る弟の声。その声を聞いているうちに、麗子が必死に押し返していた感情の波が、堰を切ったかのように流れ込んでくる。気付くと、麗子は涙を流していた。その涙を拭おうともせず、麗子が話す。

「逃げてきたの」

「え?」

麗子の言葉に、次は隼人が戸惑っていた。だが、麗子は構わず続ける。

「あの子は気付いてる。自分がどれだけ愚かで馬鹿か。気付いているけどどうすることも出来ないのよ。なぜだかわかる?誰も教えてあげなかったからよ。誰も救おうとしなかったからよ。だから戻り方がわからないの。戻ることが出来ないならどうすればいい?進むしかないじゃない。間違ってるってわかってても、進む以外に道がないんだもの。彼女にこんなにも痛くて辛い道を進ませたのは私たちよ」

麗子は一息にそこまで喋ると、大きく深呼吸をした。肺に空気が送り込まれる感覚が、麗子を落ち着かせた。弟も何かある度にこうして深呼吸をしていたな。なぜか麗子はそう思った。

小学校の学芸会で初めてセリフを貰った時も、中学で生徒会長に立候補した時も、教育実習初日の朝にも、大事な時にはいつも深呼吸していた。そして、弟はその度に成功させてきた。

「エリちゃんの為に闘っているのはみぃちゃんだけだった。結局私も何も出来なかったんだもの。エリちゃんと一緒にいるのが辛くて、メールが来ただけなのに電話のフリして逃げてきちゃった」

麗子は、先ほどとは打って変わって、ゆったりとした口調で話す。すると、それまで黙って聞いていた隼人が麗子と同じようなゆったりとした口調で言う。

「もう一度考えてみる。俺に、神谷エリの担任に何が出来るか」

隼人はそれだけ言うと電話を切った。

麗子はもう一度大きく深呼吸をし、そのまま窓の外に目を移す。窓の外には、決して眠ることのない首都東京が広がっていた。この地に、大人から見捨てられた子供が何人いるのだろうか。繁栄がもたらした絶望を、最も背負わされたのは自由を与えられた眠らない子供たちかもしれない。

麗子は、ネオンが光り輝く東京の闇に向かって、再び車を走らせた。


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