隼人
隼人は病院のロビーから走り去る姉の車を見送った。そして、先ほどロビーで交わした姉との会話を思い出しながら、美優の病室に向かって歩き出す。
「どうするつもり?」
「今、考えてる」
「まだ考えてるの?」
「…ああ」
「ダメ教師ね」
「…かもしれないな」
「……私が彼女と話すわ」
「姉貴が?」
「ええ。私が」
「どうして?」
「あんたが何にもしないからでしょ」
「……」
「女の子同士のほうが話しやすいかもしれないし」
「…そうかもな」
「そうよ。いつもあんたが邪険に扱う姉をちょっとは信じなさい」
「邪険に扱ってるつもりはないよ」
「そう?そうは見えないけど、まぁいいわ。とにかく私がエリちゃんと話すから、あんたは自分の出来ることをさっさと見つけなさい。じゃあね」
世界一女らしくない女が、自分のことを女の子と言うのはどうかと思ったが、隼人にはエリや美優の為に自分の出来ることをまだ見つけることが出来ていなかったので、何も反論することが出来なかった。
自分のは何が出来るのだろうか。エリを救う、特別なことが出来るだろうか。そんなことは到底出来そうにない。自分に出来ることと言えば、せいぜい話を聞くことくらいだ。だが、そんなことではエリを救うことは出来ないだろうし、それ以前にエリが自分に話をするとは思えなかった。
他に出来ることはないだろうか。隼人は考え続けていた。そして、これからも考え続けるしかないだろう。エリを救うことが出来るかはわからないが、とにかく考え続けるしか、隼人には思い付かなかった。転任してきて以来、自信を失いかけている自分を叱咤するように、歩を進めることしか、今の隼人には出来なかった。
美優の病室の前に立ち、隼人は大きく深呼吸する。肺に空気が送り込まれる、幼いころから慣れ親しんだ感覚が、隼人の気持ちを落ち着ける。
「俺が、神谷エリと佐藤美優の担任だ」
もう一度、大きな深呼吸をして隼人は病室のドアをノックした。