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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


8月10日。

今年の最高気温を観測。昨日も一昨日も、今年の最高気温を更新し続けていた。うだるような暑さが続き、毎年最高気温を更新し続けている日本は、今年も記録を更新しそうな勢いであった。

時間は夕方から夜に入る時間帯のはずなのに、気温は全く落ちない。そのあまりの暑さに、エリは涼しい場所を探してフラフラと歩いていた。歩いているのか走っているのかわからなくなるほどに、エリの身体中から汗が滴り落ちていた。

夏休みに入ってから、知香と靖子の家に日替わりで泊まったり、街で声を掛けてきた奴に寝る場所を提供してもらったりして過ごしてきたエリだったが、今日は知香も靖子もデートらしい。楽しいデート。幸せな時間。エリには無縁の世界だった。

仕方なく渋谷まで出てきたエリだったが、今日に限って誰も声を掛けてこないし、知り合いにも会わなかった。日陰に座っていても汗が噴き出すほどの暑さにさすがに参ってしまったエリは、ネットカフェに避難しようと歩き続ける。今日はこのままネットカフェで夜を明かそうか。などと考えていたエリだったが、その心の中は強い疎外感と孤独でいっぱいだった。

自分は今この時、この世界に存在しているのだろうか。存在していないから誰も声を掛けてこないんじゃないか。そんなバカげた考えが頭を過る。だが、バカげた考えだとわかっているはずなのに、エリの頭の中はそのバカげた考えに埋め尽されてしまう。

母は何をしているのだろうか。2年以上も自宅に帰っていなくても何も言ってこない。もちろん家を出た当初は心配して何度も電話を掛けてきたが、今じゃメールもこなかった。

(あんな女の顔も見たくない)

知香と靖子は自分のことをどう思っているのだろうか。おそらく2人は自分のことを友達とは思っていないだろう。自分といたいわけじゃなく、自分のバックにいる不良集団を味方にしたいだけなのだ。

(こっちこそあんなバカコンビと一緒になんていたくない)

気付くと、ネットカフェの前に立っていた。様々な想いを掻き消し、さっさと涼しい場所にいこうと店に入る。そして、店員が来るのを待つが、なぜか誰もいないし、誰もエリに気付かなかった。しばらくして急いでやってきた店員がエリを個室に案内してくれたが、席に座ったエリは信じられない出来事に呆然とし、またも強い疎外感と孤独を感じた。ネットカフェで店員が入店した客に気付かないなんて有り得るだろうか。普通は有り得ない。いくら渋谷でも、それは有り得ない。だが、そんな常識など消えてなくなってしまったかのように誰にも気付いてもらえなかった。自分はこの世に存在していないのだろうか。再び現れたバカげた考えを、エリは必死に消し去ろうとする。そして、エリは思い出す。エリがお泊まりに来てくれて楽しかったと言っていた美優の存在を。美優なら喜んで泊めてくれるだろう。そう思ったエリは携帯を取り出し、美優の番号に掛ける。だが、なかなか電話は繋がらなかった。しばらく待ったが繋がらないのでエリは諦めて電話を切ろうとする。その時、電話が繋がる音がして、美優の声が聞こえてきた。

「もしもし。エリちゃん?」

エリは携帯を耳に戻し答える。

「そう」

「どうしたの?」

「今からみぃの家、行っていい?」

「今から?…今からはちょっと」

エリは美優の予想外の答えに驚く。

「ダメなの?」

「ダメっていうか…今、出掛けてるの」

「どこに?」

「映画」

「映画!?」

その言葉を聞いた瞬間に。自分が美優に与えたアドバイスを思い出す。

「…もしかして晃太と?」

「…うん」

「…そう。じゃあいい」

「あ!エリちゃ…」

エリは電話を切った。

自分のことを必要としていたはずの美優にまで断られてしまった。タイミングが悪かっただけだとわかってはいたが、怒りが込み上げてくる。

美優は大好きな彼とこれからも仲良く付き合っていくのだろう。そうなれば美優にも自分は必要なくなる。そうなったら自分は本当にこの世界に必要のない人間になってしまう。エリは何も考えることが出来なくなってしまった。気付くと、リダイヤルボタンを押していた。

「もしもし。エリちゃん?あのね…」

「10時に噴水公園の噴水前に来て」

エリは美優が何か言う前に話していた。

「うん。わかった。じゃあ10時に行くからお泊まりしていってね?」

「…うん」

エリはそれだけ話すと電話を切る。エリに、美優の声は聞こえていなかった。聞こえていたのは、自分の中の何かが、一気に崩れていく音だけだった。

次に、エリは違う番号に電話を掛ける。電話に出た宏樹は、いつも通りの大声で答える。

「おぅ!エリどうしたぁ?」

宏樹はクラブにいるのか、携帯の向こうから激しいビートを刻む音が聞こえていた。

「今日の10時に噴水公園の噴水前に美優が1人で来る。それだけ。じゃあね」

エリは一方的に話すと宏樹の答えを待たずに電話を切った。さらに携帯の電源も切る。エリの心は、何も映っていない真っ暗な液晶画面の中へ落ちていった。


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