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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


7月23日。

蝉は狂ったように鳴き続け、空はバカみたいに晴れ続ける。エリが四季の中で最も嫌いな夏がやってきた。朝から夜明けまで、少しも涼しくなることはなく、東京のジャングルは様々な場所に揺らぎを見せる。それが蜃気楼なのか、目の錯覚なのか、それとも死へのカウントダウンなのか、それは倒れてみて初めてわかるのだ。そして、倒れたら最後、死へのカウントダウンを止めてくれる心優しき人間など、ここ東京にはいなかった。

もちろん学校の暑さも尋常ではなく、生徒も教師も全員汗だくで、毎日授業をこなしていた。

そんな監獄のような学校から今日で解放される。1学期は今日で終了し、明日からは待ちに待った夏休みだ。生徒たちはもちろんだが、教師もみんなどこか嬉しそうで、浮き足立っているのがよくわかった。

だが、苦痛からの解放には最後の試練というものが付き物で、学校に携わる全ての人間が、校長の挨拶という試練に立ち向かっていた。

エリは、自分が校長になったら、“校長の長話は禁止”という校則を真っ先に作ろう、などという下らないことを考えながら、地獄の試練に耐えていた。

校長の長い挨拶がやっと終わっても、試練はまだ続く。次は拷問のような声を撒き散らす、猿渡の話だった。猿渡は鼻息荒く、夏休みの諸注意を話している。高校生に向かって、知らない人にはついて行かないこと、などど大きな声で喋る猿渡に、生徒全員の冷たい視線が突き刺さる。蒸し風呂のような体育館で、猿渡の体だけは涼しいんじゃないかと羨ましくなるほどの冷視線だった。だが、猿よりアホな猿渡に、空気を読むなどという芸当が出来るはずもなく、猿渡の諸注意は、その後10分以上続いた。忍耐力を養うという意味では、ある意味最も効果的かつ効率的な方法なのかもしれない。

そんな試練に打ち勝ち、ようやく長い終業式は終わった。すぐに教室に戻ると、早速知香と靖子が寄ってきた。

「ツルリンの話聞いたぁ?」

「聞いたよ。知らない人にはついて行っちゃダメなんでしょ?」

エリが猿渡の言ったことをそのままなぞっただけで、知香と靖子は爆笑だった。2人のツボは単純明快。自分の思っていたことを言われれば笑う。自分が予想もしていなかったことを言われても笑う。つまり、何でも笑う。そんな幸せな2人は、エリがいつの間にか離れていっても気付くことなく笑い続けていた。

そんな風に全員が思い思いに校長と猿渡の悪口を喋っていると、隼人が教室に入ってくる。その瞬間、生徒全員が信じられないスピードで席に着いた。隼人はいつものように全員を席に着かせようと準備をしてきていたのか、見たこともないスピードで席に着いた生徒たちを見て、ちょっと驚いたようだった。が、すぐに話し始める。

「今日で1学期は終了だけど、みんなは3年生だから進路の話や補修で夏休みも学校に来ることが多いと思う。これから先は君たちにとって本当に大事な時期だから、あんまりハメを外しすぎないように」

「はーい」

生徒たちは隼人の話を早く終わらせようと全員素直だった。隼人は猿渡とは違い、空気を読むことは出来るようで、これで話を終えた。一応猿よりは利口らしい。

「じゃあ成績表を配るから、貰った人から帰っていいぞ」

その一言で隼人の前には長蛇の列が出来た。どうせ名簿順にしか貰えないのに、我先にと隼人の前に並ぶ生徒たちに、エリは自分の席から冷ややかな視線を送っていた。

エリが何も考えずに座っていると、いつの間にか美優が横にやってきていた。それに気付き見上げると、美優は笑顔で話し掛けてくる。

「エリちゃん」

「何?」

「夏休みにまた遊びに来てね?エリちゃんがお泊まりしてくれてすっごい楽しかったからまた来て?」

「行けたらね」

「うん!」

エリは全く行くつもりはなかったが、断るとまた例の顔で謝ってくるので一応合わせておいた。それに気付かない美優は嬉しそうに去っていく。美優の家族に会うのは、3人の美優に囲まれているような感覚に陥る為、非常に疲れるのだ。だからあまり会いたくなかった。

「神谷」

そうこうしているうちにエリの順番が来て隼人に呼ばれる。さっさと隼人から成績表を貰って帰ろうとするエリだったが、成績表を取ろうとすると、隼人が押さえていて取ることが出来なかった。

「何?」

「待ってるからしっかり面談に来いよ?」

「わかったって。早くちょうだい」

「よし!信じてるからな」

そう言って隼人は成績表を渡してくれた。夏休み中に隼人と面談をすることになっていたのを、エリはすっかり忘れていた。隼人があまりにしつこいので仕方なく了承していたのだ。夏休みに学校に来るなんて考えられない。脱獄犯が監獄に自ら戻るようなものだ。それに、隼人は母親も一緒に、と言っていた。

エリは他の生徒たちが自分たちの成績に一喜一憂しているのを背中に聞きながら、教室を抜け出す。

(あいつと一緒なんてあり得ない)

全ての教室から同じような騒がしい声が聞こえる。エリはいつの間にか早足になっていた。

(あいつと一緒なんて…)

下駄箱を抜けると、次は狂った蝉が鳴き出す。

(あり得ない!)

エリは走り出していた。逃げ出すように。


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