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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


美優の家は、前に来た時と何も変わっていなかった。外観的にもだが、内装もほとんど一緒だった。

好子もエリのことを覚えており、昔と変わらぬ優しい笑顔でエリを迎えてくれた。好子は昔から、美優以上にマイペースだったような気がするが、今も昔のままの好子だった。美優もたぶんこういう母親になるのだろうと、容易に想像出来るくらいに、2人はよく似ていた。

美優の家でご飯を食べさせてもらい、お風呂にも入らせてもらったエリは、美優の部屋に敷いてもらった布団の上で、なぜ美優の家族はこんなにも変わらないのか考えていた。もちろん答えがわかるはずがないこともわかっていたが、それでも考えたくなるくらい不思議でしょうがなかった。

人は誰しも少なからず変わる。思春期の子供がいれば尚更で、下手をすれば家族全員が大きく変わるだろう。それなのに、美優の家族だけはまるで変わっていなかった。それが羨ましいことなのか、それともつまらないことなのか、エリには判断がつかなかった。

そうやってボーっとしていると扉が開き、お風呂から出た美優が部屋に入って来た。美優はお盆にジュースを載せて、ゆっくりゆっくり歩いてくる。扉から机までの5歩の道のりが永遠に感じられる。ジュースのお盆を持って歩くだけなのにどうしてこんなに遅いのか。扉はどうやって開けたのか。美優に関する疑問は、毎日泉のように湧き上がるが、その答えが見つかることは稀だった。そしてエリは、そういう疑問が湧き上がってくる度に呆れてしまう。

やっとお盆を机に置いた美優は、ホッとした表情を見せる。

「オレンジジュースだよ。これおいしいんだ」

そう言いながら、美優は早速ジュースに口をつける。おいしそうにジュースを飲む美優は、可愛かった。普段から一緒にいるエリにはあまりわからなかったが、客観的に見れば美優は可愛らしく、男子生徒から密かな人気を集める理由もわかる気がした。

ようやく一つだけ、美優に関する疑問が解けた気がしたエリだったが、すぐさま次なる疑問が浮かび上がり、その疑問も解いておこうと試みることにする。

「そういえば晃太とは連絡取ってるの?」

「え?お、大村君?」

美優はジュースを落としそうになるくらい動揺をする。コントのような滑稽な行動に、エリは笑いを堪えるのに必死だった。笑いを堪えながらさらに質問を重ねる。

「最近晃太の話聞かないけど、まだ付き合ってないの?」

「つ、付き合ってなんかないよ」

「じゃあデートは?」

「で、デート?デートもしてない」

恥ずかしそうに下を向いて、モゴモゴと答える美優。今時こんな女がいることが、エリには驚きだった。

「デート誘えばいいのに」

「ど、どうやって?」

「遊びたいとか、デートしたいって言えばいいじゃん」

「い、言えないよそんなこと」

「なんで?」

「恥ずかしいもん」

美優は、エリと話しているはずなのに、まるで晃太と話しているかのように真っ赤になっていた。エリは、一応泊めてもらうお礼にでもと、少しだけアドバイスをすることにした。

「じゃあメールで送れば?デートとか言わなくても、映画観たい。とかさ」

「映画?」

顔を真っ赤にして下を向いていた美優が、真剣な表情でエリのアドバイスに聞き入る。エリはオレンジジュースを一口飲み、続ける。オレンジジュースは美優の言った通り、非常においしかった。

「そう。観たい映画があるんだけど。みたいな感じでメールすれば?そしたら、じゃあ一緒に観にいこうってなるかもよ?」

「…うまくいくかな?」

「さぁ?夏休みにでも送ってみな」

「うん。何とか頑張ってみる。ありがとう。エリちゃん」

何とか頑張るもくそも、ただ文章を作って送信ボタンを押すだけだろう、と思うのだが、たぶん美優にとっては勇気をかき集めなければ送ることが出来ないのだろう。

それから2人とも布団に入り、しばらくは美優が昔話を1人で楽しそうに喋っていた。美優と喋る話は、ほとんどが雑用か、小学生の時の話だった。その間にあったはずの時間が、すっぽりと抜け落ちてしまったかのように。

エリが適当な相槌を打ちながら、今にも眠りそうになった頃、美優は急に何かを思い出したようで、おもむろに起き上がり、カバンから1冊の文庫本を取り出してきた。その文庫本の間から取り出した栞に、エリは見覚えがあった。

それは、小学6年生の時に、小学校最後の思い出にと、エリが美優にプレゼントした栞だった。桜の花をスケッチして、美優にプレゼントしたのだ。まさかまだ持っているとは思わなかった。

「エリちゃんがくれた栞。ちょっとボロボロになっちゃったけど、私の宝物なんだ」

エリには、こんな下らない物を宝物と言える美優の気持ちがわからなかった。そして、そんな物を宝物と言える美優に、無性に腹が立った。

「覚えてない」

そう言って、エリは布団に潜り込む。

「おやすみ。エリちゃん」

しばらくして、美優がその言葉と共に、布団に潜る音が聞こえてきた。エリには、美優が今どんな顔をしているのか、ハッキリと見えていた。


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