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Dear Friend  作者: 橘 零
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隼人


今日は何かが変だ。隼人は朝、教室に入った時から違和感を感じていた。この学校に赴任してから、違和感ばかり感じている。

結局今回も、その違和感の正体を捕まえることが出来ないまま、昼休みまできてしまった。いつもなら昼休みは職員室で過ごすのだが、今日はあえて教室に立ち寄ることにした。対して意味はない行動だったが、何となく立ち寄ってみた教室で、その違和感の正体を見つけることが出来た。

佐藤美優だ。いつもは下を向いて陰気な印象を受けることのほうが多いが、今日は、弁当を食べながら左右にユラユラと揺れていた。正確に言うと、リズムを取っているような感じだ。音楽に乗っているのかと思ったが、音楽など掛かっていないし、イヤフォンの類の物も、耳にはなかった。ただ単に機嫌がいいだけだろうか。耳を澄ませば、鼻歌まで聞こえてきそうだった。

隼人は、そんな美優の様子が異常に気になり、目が離せなくなってしまう。このままでは職員室に戻れない為、直接聞いてみようと美優の横の席に座る。すると、美優も隼人に気付き、首を傾げながら言う。

「あ、槙村先生。どうしたんですか?」

実の所、座ってみたはいいものの、何をどう聞けばいいのか迷っていた隼人は、美優が先に言葉を掛けてきてくれた為、聞きたいことが聞きやすくなり、ホッとしていた。

「今日は、佐藤の機嫌がいいような気がしてな」

「機嫌?私っていつも機嫌悪そうですか?」

美優は、隼人の言葉に驚いたように口を開ける。自分の機嫌について聞かれるなんて予想していなかったのだろう。

「いや、機嫌というか、いつもより元気な気がするって言ったほうがいいのかな」

隼人はもっとわかりやすく言い換えたつもりだったが、美優のほうは隼人の言いたいことが未だによくわからないようで、再び首を傾げる。

「何かいいことでもあったのか?」

仕方なく隼人は、もっとストレートに聞いてみることにした。すると美優は、開いていた口をニンマリと横に広げ、満面の笑みになる。

「はい!今日、エリちゃんが家に泊まりに来るんです。久しぶりにエリちゃんとお泊まりだから嬉しくて。早く授業終わらないかなぁってずっと思ってるんです」

美優は心底嬉しそうな顔で話していた。

「そうか。それは楽しそうだな」

隼人は、こんなにも嬉しそうにしている美優を見ているうちに、美優とエリの関係がどういう関係なのか、さらに知りたくなる。

「佐藤と神谷は仲が良いな。いつから仲良しになったんだ?」

「初めて会ったのは小学校6年生の時です。それまでも名前は知ってたけど、同じクラスになったのは初めてで」

美優は楽しそうに隼人に話す。大好きな彼氏との馴れ初めを話しているように見えるほどだった。

「席が前後だったから、よろしくねって声を掛けたら、エリちゃんもよろしくって言ってくれて。私がドジばっかりで、色々忘れ物するんです。その度に貸してくれたり、私が休むと毎回ノートも写しといてくれたりしたんです。それから今年まで7年連続で同じクラスなんですよ」

「そうだったのか。正直今の2人からは想像できないな」

隼人は思わず本音を漏らしてしまう。それほど今の2人とはかけ離れた関係に思えた。

「そうですか?…槙村先生は、エリちゃんが悪い子だと思いますか?」

突然美優の声が小さくなり、大切なことを伝える時のような真剣さを帯びる。隼人は美優の質問に対する返答を、束の間悩むが、最後まで本音を貫こうと決め、答える。

「まぁ、優等生ではないな」

「槙村先生」

すると美優は、さらに深刻そうな声で隼人の名前を呼ぶ。その声音に、隼人は不穏なものを感じ、身構える。

「なんだ?」

「エリちゃん、勘違いしてるんです」

「勘違い?」

あまりに深刻そうな声だったので、隼人は自分が理解出来ないのがいけないのだと思い、必死で意味を考える。だが、いくら考えてもその意味はわからなかった。美優のほうは相変わらず、かなり真剣な表情のまま、隼人のことを見つめていた。隼人は考えることを諦め、美優に聞くことにする。

「どんな勘違いだ?」

「いっぱい」

「いっぱい?」

「はい。お母さんに愛されてないって思ってる所とか、自分は居ても居なくても一緒だと思ってる所とか。たぶん、他にもいっぱい」

「神谷が自分でそう言ったのか?」

美優は首を横に振る。

「エリちゃんって強いから我慢してるんです。そういうの誰にも言わないで1人で耐えてるんです。だけど、私にはわかるんです。エリちゃんの悲しみが…」

最後の言葉は消え入るようであった。隼人は突然の話に、うまく言葉が出てこない。

「槙村先生。これは内緒ですよ?エリちゃんにまた怒られちゃうから」

「ああ…わかった」

隼人はそれだけ言うのが精一杯だった。

「じゃあ、次は移動教室だから行きます」

美優は教科書を持って教室を出ていく。残された隼人は、美優の言った言葉をもう一度思い出す。エリの普段の態度からは、想像出来ない話だった。エリが母親を愛していないと言うのならば、納得出来る気がする。同様に、エリが他の人間を必要としていないと言うのならば、納得出来る。

隼人には、どの糸が本物の糸なのか、未だに見つけ出すことが出来ていなかった。ただ、美優だけは、本物の糸しか見えていないような、そんな気がした。本物の糸を必死に引っ張っているのは、美優だけなのかもしれない。

エリの机を見る。その横にはエリのカバンが掛けられていた。そのカバンには、何一つ付いていなかった。


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