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Dear Friend  作者: 橘 零
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エリ


6月18日。

湿った空気が窓から室内に吹き込む。身体中にまとわりつくような不快感に、エリは顔を顰める。

エリは、この季節が大嫌いだった。もうすぐ梅雨に入り、雨ばかり降る。雨が降ると、いつも以上にイライラするのだ。そして、梅雨を越えても次は夏がやってくる。これからやってくる3、4.ヵ月は、エリにとって最も苛立つ季節だった。

「知香。タバコある?」

「あるよぉ。ほい」

知香にタバコを貰い、火を点ける。窓の外に向けて煙を吐き出すと、煙はどんよりと曇った灰色の空に向かって旅立った。この空を見ているだけで、エリの気分は、さらに悪くなった。

エリがタバコの煙をぼんやりと見つめていると、知香と靖子の会話が耳に入る。

「今日暇っしょ?」

「勝手に暇とか決めんなよ」

「じゃあなんかあんの?」

「ないし。あはははははは」

「あはははははは。ないんかい!じゃあマルキュー行こうよぉ」

「いいね!いこいこぉ」

2人のバカ丸出しの耳障りな喋り声が、エリの感情を刺激する。その感情を何とか落ち着けようと、大きくタバコを吸い込むと、心が平静を取り戻すのを感じることが出来た。そして、今にも爆発しそうな感情を抑えることに成功すると、エリも今日は渋谷に行くつもりだったので、2人と一緒に行くことにする。

「あたしも行く」

「いいよぉ。んじゃ3人でいこぉ」

知香はエリの声にすぐに反応した。おそらく2人も、エリが天候や季節によって機嫌が悪くなることを知っているのだろう。

「エリちゃん」

そこに、トタトタと足音を響かせながら美優がやって来る。その両手には、大量のパンが抱え込まれていた。

「遅い」

「ごめんね。並んでたから」

エリがそう言うと、美優はまた得意の泣きそう顔で謝る。

「もういいから早くちょうだい」

「うん」

机に置かれた大量のパンを、3人はあっという間に取り去り食べ始める。甘いパンはもちろん全部知香。靖子はそんな知香に、「あんたアンパンマンより甘党だね」と、全然面白くないことを言いながら爆笑していた。

エリはそんな下らないバカ話には加わらず、ピザパンを頬張る。冷たいピザパンは、おいしくなかった。

冷たく、ケチャップの味しかしないピザパンを黙々と食べていたエリは、ふと視線を感じる。その視線のほうを見ると、そこには美優が立っていた。美優は立ったまま、エリがパンを食べる姿を見つめていた。

「…何?」

「ううん。何にもない」

「じゃあ見ないで」

「ああ…。ごめんね」

美優の、「ごめんね」を聞いた瞬間、エリは美優が再び泣きそう顔になるのを察知した。エリは、そんな美優にうんざりしながら、確保してあったツナサンドを差し出す。

「あげる。学校終わったら渋谷行くけど行く?」

「渋谷?うん!行く!」

美優は今の今までこれ見よがしに見せつけていた泣きそう顔を、瞬時に輝かせ大きく頷く。そして、エリが差し出したツナサンドにも頭を下げ、両手で恭しく受け取った。

「門限はいいの?」

「大丈夫。最近はちょっと遅くなっても理由言えば許してくれるから。それに、エリちゃんと一緒だからお母さんも安心だと思うし」

「そ。じゃあいいけど」

美優の親にまで信頼されている理由が、エリには全くわからなかったが、美優のこの屈託のない笑顔が、こんなにも昔と変わらない理由のほうが、もっとわからなかった。


学校が終わると、4人で渋谷に繰り出し、化粧品や服などを買い歩く。その後は、いつも通り靖子が歩き疲れたと言い出し、全員でファミレスで休憩することになった。荷物は全て美優が持っているので、他の3人はただ歩くだけなのにすぐ疲れたと言い出すのはどうかと思うが、エリも歩くのがめんどくさかったので、いつものように従うことにした。そして、ファミレスに入店して、ドリンクバーを注文した瞬間、ここで最低でも2時間は過ごすことが決まった。

靖子と知香は、ドリンクを取りに行き、席に着いた瞬間から、買ってきた服のお披露目を開始する。ろくにドリンクも飲まず、休憩に入ったはずのファミレスで、2人が一息つく様子は全くなかった。

「ねぇねぇ。これマジ可愛くない?」

「可愛い!超可愛いよ。靖子に絶対似合うっしょ」

「知香のその服もチョー可愛いじゃん」

そんな風に、お互いを褒め合う2人がエリには理解出来なかった。エリからしてみたら、可愛いコンセプトで作られた服が可愛いのは当たり前で、後はそれを着る人間の問題なのだ。それなりの容姿を持つ靖子と知香が着れば、服もそれなりに可愛い。だが、その服を美優が着れば、通りすがる男たちが振り返るのは間違いないだろう。どんなに繕っても、結局はそういうことなのだと、エリは思っていた。

2人の褒め合いはその後も延々と続き、挙句の果てにはお互いの彼氏の褒め合いまで始める始末だった。

「知香の彼氏って毎日メールくれるしマメでいいよね。うちの彼氏なんてうちがメールしないと絶対してこないかんね」

「けど靖子の彼氏カッコいいからよくね?」

「まぁねぇ」

「まぁねぇ、じゃねぇよ!」

「あはははははは」

2人は爆笑し続けるが、何が面白いのだろうか。どっちの彼氏も、エリにとっては同じに見えていた。どっちの彼氏もパッとしない。それだけだった。

やがて2人も、自分たちだけで盛り上がっていることに気付いたようで、慌ててエリに話を振ってくる。

「エリは彼氏とか作んないの?」

「エリが彼女だったら、チョー自慢じゃない?」

「わかるぅ。うちが彼氏だったら絶対自慢しまくるもん」

2人でエリを持ち上げようとしているのが手に取るようにわかってしまう。それほど2人のお世辞は下手くそで、呆れるしかない。エリは2人と褒め合いなどする気などなかったし、それ以前に、この2人の褒めるところなどないと思っていた。

「彼氏なんか金にならないからいらない。鬱陶しいだけだし」

「ふ~ん。エリだったら百発百中で落とせるのになぁ」

知香はそんなエリの態度に気付いているのかいないのか、その後も何とか話を広げようとするが、エリがもう話に乗ってこないのを見て、矛先を変える。

「みぃは彼氏いないの?…いないか」

だが、変えた相手が美優だった為、早々に話が終わってしまう。それを見ていたエリは、暇つぶしに美優を困らせれば面白いと考え、言う。

「みぃは彼氏いるよ」

「えぇ!マジ!?だれだれ?」

案の定、知香と靖子は身を乗り出して美優の回答待ちをする。だが、当の美優はキョトンとしたままエリの顔を眺めているだけだった。

「誰だよ!早く言いなよ!」

「ほらほら!早く!」

知香と靖子はそんな美優に業を煮やし、取り調べのような追及を始める。

「彼氏なんていないよ」

美優は困ったような顔のままで、ようやくそう答えた。その困ったような顔は、次のエリの一言で一変することになる。

「晃太は?」

美優の顔が、いや、全身が真っ赤に染まる。美優は真っ赤になったまま何度も首を横に振り、必死に否定する。

「大村君は彼氏なんかじゃないよ」

「晃太?大村?誰?」

「知らねぇ」

知香と靖子は顔を見合わせ、お互いがその名前に聞き覚えがないことを確認した後、エリのほうを見る。

「大村晃太。中学の同級生でみぃの初恋の人。てかまだ告ってないの?」

「告白なんて…出来ないよ。恥ずかしいもん」

美優の顔はゆで蛸状態だった。それを見た靖子は、ニヤニヤとしながらさらに追い打ちを掛ける。

「向こうはどう思ってんの?」

「わかんない」

「いつから好きなの?」

「中学3年生の時から、かな」

真っ赤になったままでも、靖子の質問に真剣に答える美優。こんな時でも真面目に相手と向き合う美優が可笑しく、エリは久しぶりに笑った。

「えぇ~!じゃあもう3年くらい片思いってこと?まだチューもしてないの?」

「チューなんて…」

美優は先ほどよりも強く首を振る。今にも首が飛んで行ってしまいそうなほど、激しかった。そんな美優を見て、知香と靖子はまた爆笑していた。エリも久しぶりに楽しくなり、このままもっと美優を追い込んでやろうと考えていた時、外から爆音を轟かせるバイクの音が聞こえてきた。その音を聞いた瞬間に、エリは誰が来たのかを把握する。把握したのと同時に、楽しかった気分が急速に萎えていくのを感じていた。

3台のバイク音が止むと、すぐに3人の、いかにも頭の悪そうなガキが入って来た。その3人のことを知っていた。暴走族に入って、毎日アホみたいに走り回っている奴らだ。知香と靖子に匹敵するほどの、下手をしたら2人を超えるくらいのバカトリオだった。

騒ぎながら席を探していた3人がエリに気付く。

「エリじゃぁん」

長髪の宏樹が、店内に響き渡るほどの大声でエリの名を呼び、近付いてくる。まるで親友のような態度に、エリは吐き気を催すような不快感を感じ、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。

「久しぶり」

それでもここでエリが無視すれば、空気の読めない5人の暴走がさらに面倒な状況を作り出しそうだった為、仕方なくエリは3人と向き合った。

「誰?」

知香は、すぐに小声で尋ねてくる。エリは全く紹介したくなかったが、3人を紹介することにした。

「宏樹と雄介と翼」

そして、3人にも一応紹介する。

「知香と靖子と美優。同高の友達」

「よろしくでぇす」

知香と靖子は早くも3人と話し始める。バカはバカと合うのだろう。エリが何も言わなくても、次々と話題を提供し合い、盛り上がり続けていた。

そんな中、宏樹が美優をずっと見ていることに、エリは気付いていた。気付いていたが、見て見ぬふりをし、これ以上面倒なことが起きないよう、(何も言うなよ)と心の中で念じ続けていた。だが、そんなエリの願いも虚しく、空気の読めない宏樹は、小声でエリに言う。

「あの子超可愛いじゃん。彼氏いんの?」

エリは内心ウンザリしながら、その気持ちを隠そうともせず、かなり不愛想に答える。

「いる」

「なんだよ。じゃあ…ヤッていい?」

そんなエリの態度に宏樹が気付くわけもなく、とんでもないことを何でもないことのように言う。エリも、宏樹がこれほどぶっ飛んだバカだとは予想外だった為、思わず宏樹の顔を見つめてしまった。

「はぁ?あんたとヤルわけないじゃん」

「別に許可もらってヤルわけじゃねぇから大丈夫だよ」

大丈夫の意味が全くわからず、エリは呆れ返る。

「そんならもっとダメ」

「何でだよぉ。たぶん雄介と翼も賛成だって」

「ダメ」

「エリがダチ庇うなんてらしくねえって」

「庇ってるわけじゃない。あたしがいいって言って、ホントにヤッたら気分悪い」

「いいじゃんかよぉ」

あまりのしつこさに、ついにエリの怒りは沸点を超える。

「ダメって言ってんじゃん!殺すよ?」

突然エリが大声を上げた為、6人はもちろん、店内にいる全ての人たちが驚いたようにエリのほうを見ていた。

「わかったよ。ごめん」

宏樹はようやく諦め、知香や靖子たちとの会話に戻っていく。

エリは、自分があれほど激昂してしまった理由が、美優に関することだったという事実に嫌悪を感じてしまう。普段から辛く当たり、大嫌いなはずの美優を庇っている自分に、どうしようもなく苛立った。

「じゃあみんなでカラオケ行きますかぁ!」

しばらく何の意味もない話題で盛り上がり続けていた5人が、初めて会ったとは思えないような親密さで店を出ていく。今にも手を握り合いそうなほど寄り添い合う5人に、エリは思わず溜め息を漏らしていた。美優の姿を探すと、ほとんど会話に参加していなかったはずの美優も、5人の後ろに付いて行こうとしていた。その姿に、エリはなぜか猛烈な焦りを感じ、慌てて美優を呼び止める。

「みぃは帰りな。あたしの荷物とか全部みぃの家に置いといて。今度取りに行くから」

「え?私もカラオケ…」

「いいから帰りな。わかった?」

エリの強い口調に、美優は寂しそうな顔をしながらも頷く。

「…うん。わかった」

「じゃあね」

そう言い、エリは5人の後を追おうと歩き出す。その時、エリの背中に「エリちゃん」と美優が言う声が聞こえた。

「今日は誘ってくれてありがとう。嬉しかった。じゃあ、ばいばい」

振り返ると、美優は心底嬉しそうな表情でエリに微笑んでいた。駅に向かって歩き出す美優の後ろ姿を、エリはしばらく見つめ続けていた。

エリを呼ぶ靖子の声が聞こえ、エリも美優に背を向け、カラオケ屋へと歩き出す。2人の背中が向き合ったのは、ファミレスに入店してから2時間後のことだった。


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