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Dear Friend  作者: 橘 零
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美優


廊下に取り残された美優は、先ほどのエリの言葉を思い出していた。

エリが最近、自分の家に帰っていないことは美優も知っていた。だが、そんなことをしているとは夢にも思わなかった。美優の中で急激に不安が広がる。

エリは毎日どうやって過ごしているのだろうか。バイトもしていないエリが、どうやって家に帰らず暮らしているのだろう。自分はエリのことを知っているようで、本当は何も知らないのかもしれない。

廊下に座り込んで頭を抱えていると、突然エリの大声が耳に飛び込んできた。美優は驚きのあまり、座ったまま尻を浮かせて飛び上がってしまう。何を言っているかまではわからないが、エリの口調がかなり激しいのだけは確認出来た。

先ほど落とされた爆弾と、静寂の中から突然放たれた銃弾のような激しさに、美優は底知れぬ不安を感じた。

そんな美優の不安をよそに、教室から出てきたエリに、美優が予想していた怒りや嫌悪の表情はなかった。だが、実際にエリが浮かべる表情を見て、美優はさらに動揺する。出てきたエリには、表情がなかった。文字通り、無だったのだ。

「次、みぃだよ」

声にも感情は含まれておらず、淡々とそう言う。

「ねぇエリちゃん。さっきの…」

「早く行きなよ。オバマが待ってるよ」

「…オバマ?」

突然アメリカ大統領の名前が出て、美優は思わず首を傾げてしまう。そんな美優に目もくれず、エリは歩き去りながら背中で言う。

「そう。演説が得意なオバマ先生。早く行きな」

「え?あ…うん」

エリに急かされ、美優は仕方なく教室に入った。教室に入ると、向かい合った机の片方に、オバマとは似ても似つかない容姿の、隼人が座っていた。

「そこに座って」

隼人に言われ、美優は向かいの机に腰掛ける。

「佐藤は…、就職希望でいいのかな?」

2年生の時に書いた進路希望の紙を見ながら、隼人が尋ねる。

「はい」

美優は、エリと隼人の間に何があったのか聞きたくてしょうがなかったが、何事もなかったかのように面談を進める隼人を前にすると、何も言い出すことが出来なかった。

「そうか。何かやってみたい仕事とかはあるのかい?」

「やってみたい仕事…事務とかの仕事がいいな、と思います。私、喋るのとか苦手だから営業とかは絶対出来ないし、接客も得意じゃないし」

「事務…と」

美優の希望を紙に書き留め、隼人は次の質問をする。

「行きたい会社、とかはないのか?」

「う~ん。そういうのは特にないです。そういうのよくわかんないですし」

「そうか。けどどの会社に入るかは君の人生にとって大事な選択になるから、ゆっくり、じっくり考えような」

「はい。わかりました」

そのあとも進路について当たり障りのない幾つかの質問がされ、面談は終わりに近付く。

「じゃあこれで面談は終わりだ。どこか行きたいと思うような会社がないか暇な時にでも調べておこうな」

「はい。ありがとうございます」

面談が終わり、席を立とうとした時、隼人が迷ったように美優に問いかける。

「佐藤。君は神谷のことをどう思う?」

エリちゃんのこと?エリちゃんが何かあったんですか?」

廊下でのエリの言葉や、エリと隼人の言い争いがあった為、美優はエリの話題に敏感になっていた。エリに何かあったんじゃないか。だから今日のエリはおかしかったんじゃない。美優はそう思った。

「いや、君が神谷に強く言われているのを何回か見たんだが。…そうだな。はっきり言おう。君は神谷にいじめられてるんじゃないか?」

予想外の隼人の言葉に、美優はキョトンとしてしまう。時が止まったかのように、お互い微動だにしなかった。

「私がエリちゃんに?…全然そんなことないです。先生面白い」

美優は隼人の言葉の意味をようやく理解し、笑ってしまった。

「そうなのか?本当にそうならいいんだが」

「本当にいじめられてなんかいません。だって、エリちゃんは優しいから」

その言葉に、次は隼人が不思議そうにした。

「優しい?」

「はい。エリちゃんはとっても優しいですよ。みんなにはわからないかもしれないですけど、いつも私のこと気に掛けてくれるし。この前も、私のこと庇ってくれたし」

「この前?タバコの時か?」

「はい」

「だけど、あれは神谷が…いや、その話はやめよう」

隼人は何か言おうとしたが、途中でやめる。美優にも隼人が何を言いかけたのかはよくわかっていた。

「じゃあ佐藤は神谷のことどう思っているんだ?」

隼人の問いに、美優は迷わず答えた。

「私、エリちゃんのこと大好きです」

そして、隼人の言葉を思い出しながら、ゆっくりと続ける。

「先生がこの前、友達が友達を想う気持ちも愛だって言ってたじゃないですか?私、その時に思ったんです。エリちゃんと私は愛し合ってるんだなぁって。あ、これは同性愛とかの愛じゃないですよ?」

「ああ。それはわかってるよ」

ようやく2人の間に柔らかい空気が流れる。

「だから、全っ然いじめられてなんかいません」

美優はキッパリと言い切った。

「そうか。じゃあいいんだ。変なことを聞いて悪かった。面談も終わったから帰っていいぞ」

「はい。じゃあ、先生さようなら」

「ああ。気を付けて。さようなら」

教室を出た美優は、廊下を歩きながら先ほどの自分の言葉を思い出す。

(愛してるなんておかしかったかな?けどエリちゃんのこと大好きだからいいよね)

校舎を出て、真っ赤に染まる夕焼けの中を、美優は軽快、とは言い難いスピードで走り出した。


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