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Dear Friend  作者: 橘 零
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プロローグ


4月3日。

街を吹き抜ける春の風が、希望に満ちた新しいスタートを後押しする。

新学年への期待。

社会人1年生たちの、大人への不安。

全てが新鮮で、鮮やかに映る。だが、私の心が、その爽やかな風を受けることはなかった。

私の心を吹き抜けたのは、生ぬるい絶望の突風であった。

親友の死。

その報せは、私のことを、どこまでも深い穴に落とした。

私は、その報せを聞いた瞬間、視界が真っ白になり立っていられなかった。涙声で私に話し掛けている母の顔も、父の悲痛そうな表情も、何もかもが真っ白になってしまった。

神谷エリ。私のたった一人の親友。

彼女が死んだ。

訃報から二日経った今日も、私は仕事を休み、ベッドから天井を見つめていた。

トントン。

天井の、何の模様もない真っ白な壁を見つめていると、扉をノックする音が響き、母の遠慮がちな声が聞こえてきた。

「美優ちゃん。お昼ごはんどうするの?」

「いらない」

「いらないって…ここに置いておくから、しっかり食べてね」

普段は大好きな母の声が、今日は、街に蔓延する耳障りなノイズのように聞こえ、私は思わず耳を塞ぎ、布団の中に潜り込んだ。

私が何も返事をしないでいると、母は諦めて階段を下りて行った。寂しさや悲しみが、その足音からも感じ取ることが出来る。それほど弱々しい足音だった。だが、その音が途中で止まり、しばらくして聞こえてきた足音は、再び階段を上がってくる音だった。

そして母は、扉の向こうからまた遠慮がちに話す。

「今日、エリちゃんのお葬式があるんだって。どうする?」

「いかない。…エリちゃんは死んでなんかないもん」

くぐもった声で、私は答える。母は私の答えを聞き、黙り込んでしまう。扉を挟んでいるので顔は見えないが、母が泣き出しそうな顔をしているのが、私には見えた。

「美優ちゃん。…エリちゃんは…」

「うるさい!」

「……」

思わず叫んでしまった。今まで母にこんなに大きな声を出したことなどなかった。私は、自分がこんなに大きな声が出ることすら知らなかったのだ。

もちろんエリちゃんが死んでしまったことはよくわかっていた。それでも、その事実を受け入れることは出来なかった。どうしても信じたくなかった。


”みぃ。あたしがみぃを守るからね。これからずっとずっと、みぃを守るから”

”エリちゃん…ありがとう。じゃあ私がエリちゃんを守るね”


エリちゃんとそう約束した日のことを、私は何度も思い出す。

エリちゃんを守ることが出来なかった。そのことが悔しくて、悲しかった。

エリちゃんは、カーブでガードレールに衝突し、死んでしまった。ブレーキの跡もなく、居眠り運転だと、警察は見ているらしい。あまりにも呆気なく、唐突にやってきた別れに、私の心は全くついていけていなかった。

「最近忙しすぎて死んじゃいそうだよ~」

事故の1週間前に、電話でこんなことを笑いながら話していた。その時は、お互いの仕事の愚痴などを、笑いながら話していたのに、結局それが、エリちゃんとの最後の会話になってしまった。そんな冗談を話していたエリちゃんが、本当に死んでしまったのだ。あの時に何とかすれば守れたかもしれないなどど、どうしようもないことばかりが頭を埋め尽くす。

「美優ちゃん?」

母が何度も呼び掛けていたらしいが、全然気付かなかった。私は布団に潜り、耳を塞いだまま返事をする。

「…何?」

自分でも聞こえないくらいの返答だったが、母には聞こえたらしい。

「あのね…エリちゃんから手紙を預かってたの」

「え?」

「3年前の9月3日にね、エリちゃんが訪ねて来たの。美優ちゃんは入院してたから知らないだろうけど、その時にエリちゃんがね、3年後の4月になったら、美優ちゃんに渡してくれって。自分で渡すのは照れ臭いからって。なんで3年後なのかは教えてくれなかったんだけど」

”ガチャ”

私は次の瞬間にはドアを開けていた。

「手紙ってどれ?」

「はい。これ」

差し出された封筒を、私は奪い取るように取る。

「ありがと」

”ガチャ”

「あ…美優ちゃんごは…」

「後で食べるから!」

母を置き去りし、部屋に戻った私は、ベッドの上に封筒を置く。

長い間封筒を見つめ続けた後、ようやく封筒を手に取り、開く。中には、1枚の便箋が入っていた。

その便箋には、可愛らしいキティちゃんがプリントされており、今の私の気分と比べると、その笑顔はあまりのも輝いていた。私の悲しみが、その輝きの分だけ増幅していくような、そんな気さえした。

3年前。私とエリちゃんにとって、忘れることの出来ない、大切な思い出が残る年だった。

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