寿命30秒
気がつくとそこにいたそれは体を揺らした。
私もその動きを真似するように体を右にひねってみせると、それは笑った。
「どうして笑うの?」と、私は尋ねる。
彼はしばらく考えてからこう言った。「嬉しかったから」
何が嬉しいのかわからなかったが、左胸のあたりが温かくなった気がした。
「見つけてくれてありがとう。」彼の放った最後の言葉が頭の中で反芻する。
私もあと10秒で消滅する。あと10秒後にh
私たちは30秒で消滅するらしい。死んだあとは体の一部から
子孫が繁栄する。母の記憶は子孫に受け継がれていく。
僕は彼の死体から何も生まれていないことに驚いた。
何も生まれない事例はいくつかあるが、
ふつう、残された死体は消えてしまうはずだ。
すぐに消えない体がそのまま誰かの手に掬われてしまった。
どうやら彼の場合、人間に見つかってしまったらしい。
考えていたら死んでしまったようだ。
この命がいつ尽きるかわからない。
彼のように忽然と消えてしまうかもしれない。
だからこそ一秒一秒が大切だ。
僕が人間だったころの記憶は曖昧だ。
いつから笑うのをやめたのだろうか。
常に死を考えている自分は、果たして人間と言えるのだろうか。
わたしは自分のことを人間とは思えなくなった。
わたしには、顔も、手足も、寿命もない。
それなのに時々、自分と同じそれがいると安心する。
早かれ遅かれ、私たちには同じ死が迫っているからだ。
それだけの共通点で安心できるなんて不思議だとは思う。
近くにいた同士に体を揺らして合図をしてみるが、
何も反応がない。こちらに気づいていないのだろうか。
もう体を揺らすのはやめよう。
顔も知らない他人に合図するなんて人間がしたらおかしいだろう。
あれ?わたしは人間になんかなりたくないのに
どうして人間のようにふるまってしまうのだろうか。
人間だったころを思い出す。
今の生活とさほど大きな変化はないだろう。
変わってしまったことといえば、誰も私の存在に気づかないことや、
前より死を意識するようになったことだろうか。
いっそ寿命が尽きてしまったほうが
楽になれるのかもしれない。
おそるおそる長い間とじていた目を開けてみた。
なにかが切れるような音がした。
聞き覚えのある朝の音が耳の横でなり続けている。
そこには寿命がなく、周りには見覚えのある景色が広がっていた。
ああ、僕はずっと部屋の中で眠っていたみたいだ
「う、また朝が来てしまった。」
疲れているのだろうか。
30秒前までなかったはずの手足がそこにある。
40秒前までなかったはずの人生がそこにある。
僕はより人間から遠のいたような気がして、目を閉じた。




