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第6話 葬儀参列

 清治のグランドライフビューでの生活が一年五か月となった九月に、女性の入居者の葬儀がしめやかに執り行われた。

 普段は掲示板を占領しているサークル活動の案内やスケジュール表、ハイキングの催しなどのポスターはすべて剥がされ、黒枠の紙が一枚、中央にポツンと掲示された。それには葬儀の日時だけが形式的に記載されていた。清治は故人との付き合いはなく、参列すべきかどうか迷った。同じ九階の二軒隣という悩ましい関係だ。

 支配人にそれとなく尋ねたところ、「身寄りが少ないようなので、よろしければ出てあげてくださいませんか」と頼まれた。現役時代に浮世の義理だと言いつつ出席した冠婚葬祭は数知れなかった。断る理由もないので出席することにした。

 通夜の当日は喪服を着てホーム内の葬儀会場に向かった。祭壇の横には某法律事務所と当ホームの名前が入った生花が一対ずつ飾られ、遺族一同からの生花は端に配置されていた。

 案の定、用意された椅子の数に対して参列者はわずかだった。祭壇に向かって右側の遺族席にいるのは子供夫婦と孫、それに親戚らしき人が三人だけだった。真ん中の通路を挟んだ反対側には、清治を含めて数人の入居者と、喪服を着た支配人や各職場のユニフォーム姿の職員たちが着席していた。

 通夜は予定通り十八時から始まった。導師と役僧の読経と参列者の焼香が済んで、お香の煙が完全に消えてしまう寸前になって、何人かの弔問客がバタバタと入場した。仕事帰りにかけつけたと一目で分かる背広姿の男性や事務員風の女性たちだった。

 遺族席にお辞儀をして焼香を済ませたあと、再び喪主の所に行ってお悔みを伝えた。親し気な様子からして、日ごろから身近にいる人たちだと思われた。かすかに聞こえてきたのは、「本当に急でしたそうで」といういたわりの声がけと、「亡くなる前の日まで元気だったようなんですが」という力のない返事だった。

 清治は翌日の十時からの葬儀にも参列した。会場は昨夜と同じ少人数だった。読経が終わって代表者が弔辞を読むために前に出た。前夜とは異なり、きちんとした喪服姿だった。

 彼は故人へ哀悼の意を示したあと、喪主の衣笠堂太氏の名を挙げて励ましと法曹界での益々の活躍を祈念した。清治はそれを聞いて鳥肌が立った。

 大学の後輩で在学中に弁護士になったあいつに相違ない。最高裁の判事まで務めて一躍有名になった男だ。

 弁護士の彼だからこそ、故人の生前の遺志を曲げることなく、こじんまりとした葬儀にしたのだろう。本来ならば事務所の力でマスコミ等に知らせて、都内で大型葬を行うことができただろうに。そのほうが喪主の威厳が保てるというものだ。そんなことを考えていると、清治は複雑な気持ちになった。

 出棺を見送って部屋に戻ったあと、いつか宏也に自分の希望を伝えておかなければいけないなと、独り言を言った。

 喪服を脱いで着替えようとした時、頭髪についたお香の香りが気になった。浴室に入って体を洗い、シャンプーをした。髪に白い泡が立ち、汗も汚れもお香の香りもシャワーのお湯とともに排水溝に飲まれていく。髪と体をバスタオルで拭いてドライヤーをかけるころには、体から葬儀を思い出させるにおいはすっかり消えていた。

 だが、それは表面的なものだけであって、心には死に対する不安という澱が残っていた。

 清治はその夜もベランダでワインを飲んだ。いつもと同じボルドーなのに咽喉を通る赤い液体がやけに熱い。視線を落とした先にある、真っ暗なゴルフコースから寝息が聞こえた。スーッと長い息を吐いて眠り込んでいる。

 死者のような永遠の眠りではなく、日が昇れば当たり前のように覚める眠りだ。生きて朝を迎えることに意義がある。自分にもいつか、生きたまま朝を迎えられなくなる日が来るのだ。普段より感傷的になっていることに気が付いた。

 知らず知らずのうちに酔いが回っている。

 今日の葬儀に参列した人たちは、また明日から通常の業務に戻るのだろう。喪主の衣笠氏は四十九日までの法要や納骨で、落ち着かない日々を送りながら忙しい業務をこなしていく。

 やっと日常が戻ったころに一周忌、三回忌、七回忌が順にやってきて、故人を偲ぶ機会が然るべく用意されている。万事うまくできていると称賛せざるを得なかった。

 とはいえ、清治にとって、そんな法事はほとんど終わったことだった。そうして一つ終わるごとにこの世から遠ざかり、何年か先にある死の世界に磁石で引っ張られる力が強まっていくのだと恐怖を感じた。

 耐えようのない虚しさとやるせなさで胸がいっぱいになり、どこかその磁力を弱めてくれる場所に逃避したくなった。

 葬儀に参列したばかりでの墓参りは生々しい。どこでもいいから、適当な場所はないものか。思い付くのは駐在したニューヨークや仕事で行った日本の主要都市ばかりで、人であふれる街が目に浮かぶたびに、心身をすり減らした記憶が脳裏をかすめた。

 仕事と関係のない日々を過ごしたのは、銀行時代の強制休暇だけだった。そう考えた刹那、海の風景がよみがえった。そこは対岸に巨大なビル群が林立し、釣り好きな人が集まる平和な場所だった。

 スマホで存在を確認すると、懐かしい桟橋が画面に現れた。じっと見ているうちに多喜子と宏也がそこで釣っているような錯覚を覚えた。清治の気持ちは即座に固まった。トイレを済ませてベッドに入ると、久しぶりにぐっすり眠った。

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