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第20話 将来の自分の姿

 清治は帰りのタクシーに乗ったと思ったら、もうホームに着いていた。酒がほど良く回って知らぬ間に眠っていたらしい。玄関の自動ドアから中に入り、カウンター職員に手を上げて帰宅を知らせた。外出から戻った時のルーティンだ。

 エレベーターを一階に呼ぶために鼻歌交じりでボタンを押したと同時に、ロビーにいた支配人に呼び止められた。いったんカウンターの裏に消えたあと、急いで何かを持って駆け寄ってくる。

「岡谷さん、お帰りなさい。このドラゴン太刀魚、職員の間で評判なんですよ。いつの間に太公望になったんでしょうって」

 支配人は「どうぞこれを」と言って、しゃれた額を差し出した。玄関で撮った写真だった。太刀魚をぶら下げた清治が支配人たちに囲まれて破顔一笑している。自分よりも田代のほうが嬉しそうなのが印象的だった。

 清治はお礼を言って受け取った時、太刀魚づくしのお礼を伝えていなかったのを思い出した。

「あ、支配人、おとといの夜は、厨房の職員さんに一流の料亭に負けないくらい、おいしい料理を出してもらいました。何らかのお礼をさせていただきたいのですが……」

 世話になったままでは恩を着せられているようで、居心地が悪かった。

「お気遣いありがとうございます。お気持ちは分かります。ただ、当ホームでは、個人宛ての謝礼などは禁止しておりますので。では、今回は例外として、特別会席の金額を参考にしてお料理代をいただくということでいかがでしょうか。それでよろしければ、魚の仕入れ費用はかかっておりませんので、その分を除いて計算してみますけど」

 清治は快諾した。いくらかでも払わせてもらえれば、それで気が済むし、ホームとしても他の入居者への説明がつくというものだ。料理長へは休憩時間にでも直接お礼を言うことにした。

 話が終わっても支配人はまだ解放してくれなかった。

「岡谷さん、趣味って本当に大事ですよね。生きがいやストレスの解消にもなりますし。雄大な海を眺めながらの魚釣りって最高じゃないですか。私は岡谷さんの弟子にしてもらって、師匠に一から教えてもらおうかな」

 清治は支配人が胸襟を開いて接してくれる人だとは理解しているが、見え透いたお世辞まで言うようになったことに失笑した。

「初心者を捕まえて師匠だなんて、勘弁してくださいよ」

 清治が照れ笑いをしたところに大声が響いた。

「だから、俺の言う通りにしろと言ってるんだ!」

 二人はびっくりして声のする方を振り返った。頭から湯気を立てた入居者がカウンターをバンバン叩いて事務職員を威嚇している。ロビーにいた入居者は固まって動けなくなっていた。

「まーた、あの人だ。岡谷さん、ああなってしまえば、もうどうしようもないんですよ。脳神経の抑制薬を処方してもらうとかしないと」

 支配人は、怒鳴り散らす入居者と困惑した表情の事務職員との間に入るべく飛んで行った。

 清治はその入居者の方を再度振り返ることができなかった。あれが認知症になったときの自分の姿なのか。職員に迷惑をかける云々よりも、自分自身がああなりたくないという思いのほうが強かった。

 一階で止まったままになっているエレベーターのドアを開けて、すばやく一番奥に逃れた。


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