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4.誰にも相談できない幽霊の未練

 月が高く夜空を照らす頃。

 『親愛なる導き手』は窓辺にたたずみ月を見ていた。

 彼女のほかに誰もいない。今宵は相談者がいないようだ。

 こうした夜は、『親愛なる導き手』はふと考えてしまう。

 

「なんでこんなことになっちゃったんでしょうね……」


 『親愛なる導き手』は恋愛について知り尽くしていて、どんな恋の悩みも解決してしまう。学園の令嬢たちはそんな風に思っている。

 しかし、どうしてそんな評判を得ることになってしまったのか、彼女としては不思議でならない。

 なぜなら彼女は、生前に異性とお付き合いした経験がない。恋愛小説が好きなだけの令嬢だったのだ。

 

 

 

 遠い昔。王国を襲った魔王は勇者によって滅ぼされた。しかしその爪痕の全てが消え去ったわけではない。

 ある夜、魔王軍の元幹部だった魔族が、学園に向けて大規模な死の呪いをかけた。王国の次代の担い手を全滅させ王国の国力を削ぐ。そんな邪悪な策略だった。

 これを察知した王国魔導士団と学園の教師たちは、力を尽くしてこの呪いに対抗した。そしてそのほとんどを防ぐことに成功した。

 しかし、完全に防ぐことはできなかった。学園寮のごく一部が、守りを抜けて呪いを受けた。学園寮の3階の、北の端にある一室。そこに寝泊まりしていた男爵令嬢シオンサリアは、呪いによって命を落とした。

 

 シオンサリアは恋愛小説が大好きな令嬢だった。学園に入学すれば自分も素敵な恋愛ができるのではないかと夢見ていた。しかしよりにもよって入学式の前日に、彼女は呪いで命を落としてしまった。

 あまりにも未練が強く、彼女の魂は幽霊として現世にとどまった。学園の教師たちは彼女の幽霊を前にし、その対処に悩んだ。通常ならば神官の浄化魔法で天に召されるべきだろう。しかしシオンサリアは学園にとどまりたいと懇願した。

 彼女が命を落としたことは、呪いを防ぎきれなかった学園側に責任がある。それに入学式の前日に亡くなった彼女のことがあまりに不憫だった。

 神官が調べた結果、シオンサリアは極めて善性の幽霊で、悪霊化することはまずあり得ないとの判定が出た。だから学園は、シオンサリアが幽霊としてこの学園とどまることを特別に許可した。

 しかしシオンサリアは幽霊として学園寮に根付いてしまい、外に出ることはできなかった。


 朝は登校する生徒たちを眺める。昼は学園から響く喧騒を耳に、部屋に持ち込んだ恋愛小説を読みふける。時折、事情を知る寮母が新しい小説を差し入れしてくれるから退屈はしなかった。

 夕方には下校してくる生徒たちを眺め、夜は月を眺めながら思索にふける。そんな暮らしだったが、シオンサリアはそれなりに満足していた。

 

 そうして学園寮で過ごすうちに、彼女の存在は学園内に少しずつ伝わっていった。

 学園が認めた幽霊が寮に住んでいるらしい。その部屋の本棚には恋愛小説がたくさん並んでいるのを見た。そこには恋愛上手の幽霊がいて、恋に関するあらゆることを知っているらしい……そんな風に尾ひれがついた噂が広まり、やがて恋愛相談をしてほしいと願う少女が訪れてきた。

 

 恋愛小説の大ファンであるシオンサリアは、恋愛に関する話が大好きだ。学園の様子を知ることができるのもすごくありがたい。親身になって話を聞いた。そうしたら助言を求められた。

 異性と付き合ったこともないシオンサリアは、本来なら人の恋愛について口出しできるはずもない。だが彼女には、膨大な数の恋愛小説を読んで培った恋愛的感性がある。実際に役立つかはわからなかったが、限界まで思考を深め心を尽くして助言した。それでもうまくいくとは思わなかった。ダメになったら謝ろう。そしていっしょに泣こう。そんな風に思っていた。

 

 ところが後日、うまく解決したと感謝された。

 

 すると噂が広まって、恋愛相談したいという者が他にもやってくるようになった。彼女は全力で助言して、恋の悩みを次々と解決した。学園寮から出られないシオンサリアとしては、自分の助言で本当に上手くいったのかはよくわからない。しかしほとんどの者が感謝の言葉を述べてくるので、どうにかうまくいっているのだろうと漠然と思うだけだった。

 

 ちなみに、月光の明るさを増すのは彼女が生前に編み出したオリジナルの魔法だ。子供のころ、明かりをつけて恋愛小説を読んでいたら執事に叱られた。どんなにうまく隠しても、油やろうそくの減りでバレる。明かりの魔法は執事も警戒しているからすぐに見つかる。

 そこで月光の光量増すという魔法を編み出した。効果が限られている分、消費する魔力は少ないし簡単には見つからない。

 それが恋愛相談の雰囲気づくりに一役買っているのだから、何が役に立つかわからないものだ。

 

 そんなことを繰り返すうち、いつの間にやら『親愛なる導き手』などという異名がつけられた。

 学園側もそんな彼女のことを黙認している。

 

 

 

 幽霊となって何年も過ごしてきた。自分が天に召されない理由はわかっている。この世に未練があるからだ。その未練もまた、あまりにも明確だった。

 

「わたしもみんなみたいに、素敵な恋がしたいなあ……」


 恋をすること。それが『親愛なる導き手』の未練であり、最大の願いだった。

 しかしそれは叶わぬ願いだ。まず彼女はこの学園寮の女子棟から出られない。それでは素敵な男性と巡り合うことなどできるはずがない。女性との恋愛なら可能かもしれないが、彼女としては男性とおつきあいしたい。

 いずれにせよ、生者と死者の恋愛は、決まって悲惨な結末に至る。そのことを恋愛小説を通してよく知っていた。悲恋の物語は嫌いではない。でも悲恋というものは、自分だけでなく愛も不幸にするものだ。それは嫌だった。目指すなら、やっぱりハッピーエンドだ。

 

 このままではいつまでたっても天に召される日は遠そうだ。

 でも、彼女は思う。こうして幽霊となったことにはきっと何か意味がある。令嬢たちの恋愛の悩みを解決し続ければ、いつか願いが叶うときがくるように思える。心のどこかでそうなることを確信している。

 

 だから彼女ないつだって。恋愛に悩む乙女がこの部屋に訪れれば、こう言って歓迎するのだ。


「こんばんは。恋を語るにはいい夜ですね」



終わり

「学園に住み着いた幽霊が恋愛相談する」というネタを思いつきました。

部屋から一歩も出ない安楽椅子探偵みたいなキャラにしたら面白そうだと思いました。

恋愛相談が1つだけだと物足りなかったので、なんとか3つ作ったらこういう話になりました。

短いお話ですが、こういう一話ずつ完結する形式の連載は初めてだったのでなんだか新鮮でした。

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