41:決意
昨日は酷い目にあった、ガーランドの訓練がいつもより厳しかったのはまあいいだろう、悪いのは二人を尾行した俺だし、本格的に戦闘する前日調整にもなる上に、怪我をしてもマチルダに治してもらえる。でもさ、女装のままやらされたからさ、服が破れると宿泊客の一部からの視線が辛いんだ…。中には食事処で俺のことをやばい目で見ていた人もいた。本当に、酷い目で見られた。
怪我を治してもらう時にマチルダには女装の目的について説明している。何言ってんだこいつって目で見られたけど、でもゴブリンの生態を考えたら確かに理にかなった命綱なんだ、だから別に俺が女装趣味を持ってるわけではないんだ。え、昨日?昨日の女装はリースの指示だから!抵抗感が薄れてる自覚はあるけど!好き好んでやってるわけじゃないからぁ!
そういうわけでゴブリン討伐に向かうこの服装ももう慣れてしまった、肩口までの長さをした青いウィッグ、シルエットが目立たないよう厚手のトップス、動きやすさ重視のスカートスタイルだ。股下がスースーして心許ない。というかちゃんと戦闘を考慮して動きやすい女装にするなら最初にやったフリフリの女装はなんだったんだ本当。
「ゴブリンを見つけた、恐らく餌を探してるところだろう。尾行して巣をみつけるぞ」
「わかった」
山に入り、街道をそれてゴブリンを探すこと30分、ガーランドが3匹のゴブリンを発見した。辺りをきょろきょろと見まわして、木の実や獣の足跡を見つけてはなにやらやり取りをしている。
ゴブリンは社会性を持つ魔物だ。群れを成し、連携して獲物を狩り、繁殖し、増えすぎれば間引いたり、別の巣を作って分かれたり。知能は幼い子供程度だが、力は成人男性を上回る。霊長類全てと繁殖が出来るその異常な特性から猿が魔物となり進化した姿ではないかというのが通説だ。
そんなゴブリンを尾行しながら、兎を狩っている動きや歩く姿、腕の動き、自分の生存率を上げるため、少しでも情報を集めておく。
「巣に着いたな、見た所この巣は10匹ってところか。じゃあ、アルク、戦闘開始だ、行ってこい」
「えっ!?ちょっ!?ああああああ!!」
ゴブリンの巣を確認した瞬間、ガーランドにぶん投げられた!獣肉を食ってるゴブリンのど真ん中へ。よーいドン!で戦うとは思ってなかったけど投げ込まれてスタートだとは思わなかったよ!
「ギャギャギャ!!」
「だあ!もうやるしかないか!」
食事を邪魔されたゴブリンたち、しかしそれは人間のメスが投げ込まれると言う不測の幸運。繁殖相手が降ってきたとニヤニヤと気味の悪い喜びを露わに襲い掛かってくる。ただ突っ込んでくるのではなく、石を使い、弓を使い、俺の足止めをしながら残りのゴブリンが逃がすまいと包囲網を狭めてくる。
咄嗟に出した双剣と風魔法で飛んでくる石や弓をいなしたがもう準備が整ったゴブリン達がまもなく一斉に襲ってくるだろう、戦い方を考える時間もない、可能な限り一撃で、素早く一体ずつ仕留めていくほかない。
俺は武器を長剣に変え、飛び道具を使ってくるゴブリン2匹に向けて飛び込んでいく。だがその前に布陣していたゴブリンがそれを許さない、殴りかかってきたこん棒を下段に構えていた剣を振り上げることで受ける。足が止まったところを弓と投石で狙われるが風で弓を反らし、土魔法で空中に石版を作ることで投石を防ぐ、一旦防げたが後ろから別のゴブリンが迫っている以上仕切り直しなんてできない。
つばぜり合いの状態からゴブリンの力を脇に流してその体をこちらに引き込む、体勢を崩し、前につんのめったところで踏み出したゴブリンの足元を泥に変え、完全に体勢を崩したところに剣を振り下ろす。これで一体。
仲間がやられてもゴブリン達は一切躊躇せずに向かってくる、近くにいた別のゴブリンが後ろから殴りかかってきて、弓矢と投石はしっかり逃げ道を潰すように放たれる。振り下ろした長剣で受けるのはもう間に合わない、ならばこのまま俺は長剣を地面に突き立てる。突き刺さった剣を軸として、倒立前転の要領で前方へと飛び上がる。強化魔法の脚力と風魔法による追い風によって素早く回転、突然の曲芸に対応できていなかった目の前のゴブリンを回転の勢いそのままに振り下ろした長剣で切り飛ばす。二体目。
右にいたゴブリンが突然の出来事に慄く、この一瞬でも無駄にはできない、手首を返し、切り上げによってその首を飛ばす。三体目
「ギャギャギャギャ!ギャギャ!」
弓を使っているゴブリン、いち早く立ち直ったそいつが生き残りのゴブリン達に指示を出す。恐らくあいつが司令塔なのだろう、三体倒したことで空いた穴を再び方位しなおし、飛び道具を使っていた二匹が傍にあった棒や石槍を構える。今までの戦いから俺への飛び道具の効き目は薄いと見たのだろう、近距離武器で一気に倒しに来る腹積もりらしい。
俺を囲んだ7体が襲い掛かってくる。四方八方から振り下ろされるこん棒を、突き出される石槍を、躱し、防ぎ、ダンスの要領で悪意をすり抜けて命を守る。とどめを刺そうにもここまで複数に近寄られては攻撃後の隙を確実に突かれる、どうにかして殺し切る隙を作って殺さなければならない、四体目、五体目、攻撃を躱しながら切り替えた双剣で、すれ違いざまに倒し、攻撃を受け流しながら倒し、やっと半分を倒したところで突然背中に衝撃を受ける。
「はっ…?」
振り返ったその先、司令塔のゴブリンが弓を構えてこちらをあざ笑っていた。ああ、そうか、石槍を持ち、中距離から襲ってきているように見せかけて、戦っている間にひっそり離れて弓を使った。俺に魔法で防がせないために、近距離戦狙いと思わせておいてから遠距離から攻撃を加える。ゴブリンってそこまで知能が高いのかよ、クッソ。
「ぐっ!がっ!」
背中に受けた衝撃の意味を理解した、理解はしたがそんな余裕がある状況なんかじゃなかった。周りに残った四体のゴブリン、こん棒で、石槍で、拳で、足で繁殖相手のメスが歯向かう気がなくなるように、いや歯向かえる体じゃなくなるように容赦なく殴ってくる、その意識を奪わんと弄んでくる。ああ、そうか、これが死の実感か。俺が強くなるために必要な感覚、俺が乗り越えなければならない感覚、俺が感覚を研ぎ澄ませて感じ取れるようにならなければいけないもの。
痛い、苦しい、怖い、俺はこのまま死ぬかもしれない。まだ俺はこの世界でやりたいことがある、見たい景色がある、共に生きたい女性がいる。そんな夢を果たせず死ぬのはああ、なんて怖いことだろう。でも、そうだ、共に生きたい女性がいるのだ。ならこんな所で死ぬわけにはいかない、死ぬかもしれない恐怖で足を止めるわけにはいかない。
治療魔法で気休め程度であっても傷を回復する、もうここまでボロボロでは回避や防御は見込めない、ならばやることは一つだけだ、魔具を長剣に戻し振り下ろす。六体目。それと同時に思いっきり殴られて、体が転がりゴブリン達との距離が開く。もう立つことができない。魔具を弓にし、土魔法で石の矢を作り出して放つ。七体目。
うつ伏せに転がる俺の元に残ったゴブリンがたどり着く。魔法で反撃しようにも頭を殴られ魔力の操作を阻害される。ここから打てる手はもうない、ここまでが今の俺の限界なのだろう。ああ、クソ、情けないな、ボコボコにされることは分かっていたとはいえ、ゴブリンに騙され、不意を打たれこの有様。そこで冷静さを保てなかったのもよろしくない。
ガーランドの言う死の実感、気配や害意、殺意といったものを感じ取れればこうはならないのだろう。俺はそれを感じ取れるようにならないといけないし、課題が多い、多すぎる。中級魔法が使えればもっと楽なのだがない物はない、そして中級魔法がないからとプリムを諦めるつもりなんてない。
「クソゴブリン共が、次は全員ぶっ殺してやるからな」
次は負けない、俺はもっと強くなってお前らにリベンジする。言葉は通じないし、背中から聞こえるゴブリンの声はメスを弄べる喜びと弱い生き物を虐げる楽しさに染まっていたが、それでもいい。これは俺の決意だ、お前らに届く必要はない、俺が俺の心に誓う決意。
その瞬間、後頭部に振り下ろされたこん棒の一撃が、俺の意識を刈り取った。




