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40.5:仮面の私、素顔の私、憧れのあなた

「おう、マチルダ落ち着いたか」

「この度はご迷惑をおかけしました」


 宿の裏庭、そのベンチに腰掛けているとガーランドさんから声をかけられる。今日は人生最悪の日だ、憧れていた相手と町を回れる。言われた時は恥ずかしかったが嬉しくないわけではなかったし、物資の補充とはいえ二人きり、ガーランドさんに慣れて一緒に戦えるようにならないといけないのも確かな課題だから気合を入れた。


 しかし事務的な対応しかできず、あまり成果を上げられていない中でリースさんから提案されたお酒を飲んでの食事。冒険者がやっている所はよく見たし、腹を割って話すにはちょうどいいと聞く、そんな定番の初めてを憧れの相手と出来るのだから正直にいってワクワクした。


 そんなワクワクは初めてのビールに一口でノックアウトされた、ワクワクがシクシクに変わり、自分の情けなさに涙が溢れた。憧れの人の隣に立つため強くなり、そのために被った私の仮面、それを肝心の相手の前で被れない情けなさ。どれだけ強がっても根っこは変わらない弱い私。それでも強い私になりたいとお酒に酔ってわけがわからないまま中途半端に仮面を被る。被り切れていない仮面の隙間から溢れ出す私の本音、その弱さ。


「まあ、とりあえず酒での失敗については気にすんな、もっと酷い失敗に巻き込まれてそいつの介抱をしたことなんて数知れねえ。冒険者なら誰でもやることだ」

「は、はい…」


 酔ったら記憶を無くす人が居るというけれど、私はよりによって鮮明に覚えているタイプだった。しかも目が覚めたらお姫様抱っこをされていた。冒険者として大切なことは取り乱さないこと、常に冷静でいること、お酒が抜けたからこそそれを実践できてしまった私は全てを理解し羞恥心に包まれた。


「ただまあ、酔ってる時とはいえその時の発言に関しちゃな、さすがに俺が気にすんなとは言っちゃいけねえ内容でな」

「そうですね…、流石に私としても忘れてくださいと言いきれないですし」


 そう、よりによって私は本音を溢れさせてしまったのだ、大切な恋心を。だが溢れてしまったのが恋心だけなら忘れて欲しいと言ってごまかすこともできた、そういう選択を取る道もあった。けれど一緒に伝えてしまった恋心が原因となる問題点、このままではガーランドさんの前で戦えないということ、これはアルクくんだけでなくパーティー全員の命に関わる。


 今回のゴブリン退治ぐらいならば私が戦えなくても問題ないだろう、だが経験を積んだ冒険者は知っている、依頼目標ではない、想定もしていなかった強敵に急襲される可能性はいつでもあることを。それが原因で恋をした私は特に、身をもって知っている。


 そんな私の弱点が、恋心を誤魔化す選択を取らせてくれない、酒の席でのことを忘れてほしい、というのはそのまま皆の命を危険にさらす行為だ。


「俺としては、まあ戦う時に性格が変わるやつは知り合いにもいるし、別に恥ずかしいことだとは思わねえ。冒険者は命を懸けて戦ってるんだ、誰だって怖えし、その恐怖に勝つ方法も、誤魔化す方法も、抱えながら戦う方法も人それぞれだ」

「ガーランドさんでも怖いんですか?」

「ははっ!そら怖えさ!今ならそうだな、俺は坊主がどこまで行けるかが楽しみだ。武器の才能があるわけじゃない、魔法も初級しか使えねえ、そんな坊主だがあいつは努力を怠らないし、持てるもの全て、身に着けた戦闘以外の知識、技術すら活用して戦術に昇華する。死んじまったら俺はその先を見ることが出来ねえ。見たいものがある、やりたいことがある、そんな希望があるから人ってのは死ぬのが怖えんだ」

「ガーランドさんほど強くなってもそうなんですね…」

「強くなるってのは死線を潜るのと同義だ、潜った死線の数だけ強くなれる、つまり強くなっても強くなっても死ぬような目に合ってきたってことだ。だからいつまでたっても死ぬかもしれないという不安は振り払えないし、いつまでたっても鍛え続けるんだ。俺と会ってからここまで強くなれたマチルダならわかるんじゃねえか?」


 ああ、そうなのか、ガーランドさんも私と変わらない所があるんだ。私も強くなることを決意して、いろんな経験を積んだ、ガーランドさんが言うような死線もあったし、引っ込み思案だった最初の頃は男性から強めに迫られて恐怖したこともある。そんな経験があったから私は強い女性という仮面を被った、快活で、男性のようで、頼りになる、私の思う強い女性冒険者の仮面。


 ガーランドさんにとって私の仮面なんて私がそういう選択をしたというだけ、ガーランドさんは鍛えることで恐怖を抱えたまま戦う、私は仮面を被って恐怖を誤魔化して戦う。そこに貴賤はなく、あるのはただの適性、どんな方法がその人に合っているかというだけの話。恥ずかしいことでもなんでもないと。


「なんとなく、私なりにですがわかりました」

「そりゃ、よかった。それでどうだ、俺の前でも戦えそうか?」

「多分戦えます。いや、違うね、戦えるよ、ガーランド、坊やを助けるのは私に任せな!」

「おう!そりゃよかった、じゃあいっちょ問題解決の祝いだ、徒手空拳の稽古をつけてやる」

「本当かい!?」

「身のこなしからだいたいの実力は分かるがよ、やっぱ拳を合わせた方が一番わかるしな。マチルダも俺の前でどれだけ戦えるか試しておきたいだろ」

「まあ、確認はしておきたいね」

「だろ?それにまあ、俺と一緒になりてえ、って言うならわりぃが俺の隣で戦えるぐらいにはなってもらわねえとな?」

「そ、それを今言わないでください!」

「少し弱いところつかれたぐらいで心を乱してるようじゃまだまだだな?ほら稽古を始めるぞ、そこで構えろ」


 よりにもよって憧れの相手から突然恋心を煽られたら誰だって心を乱すに決まってる!けれどガーランドさんの表情が物語っている、これは彼なりの発破の掛け方なんだ、俺と結婚したいなら俺の稽古についてこい、俺を強さで惚れさせてみろと。


 いいじゃないか、ガーランド、あんたの強さに惚れて私は強くなれた、今度は私の強さであんたを惚れさせる番だ。今はまだ無理かもしれないけどね、男が知らない、恋する女の強さってやつを教えてあげるよ。

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