40:剥がれ落ちた仮面
この町には昼でも酒を提供している食事処が一か所だけある、というか酒場がお昼は食事処としてランチをやっていると言った方が正しいだろう。二人を追って食事処ポトフに入った俺達は離れた席を確保して気配を消す、尾行に適した位置関係なんかはサラがわかるのでその辺りはお任せだ。きっと冒険者になりたての幼い男の子を見守る中で鍛えられた技術なのだろう。
「マチルダはなにか好みの酒はあるのか?」
「その、私お酒を飲んだことがなくて…。ガーランドさんに選んで貰っていいですか?」
「あん?そうなのか、珍しいな」
「あまり興味がありませんでしたし、他の人と組むのもたまにだったので機会もなく」
「そうか、冒険者同士で飲むならビールが定番だな。とりあえず試してみろ」
「わかりました」
異世界でもとりあえず生というのは変わらないようだ。しかしマチルダはお酒を飲んだことがなかったんだな、姐さんモードの時はがぶがぶ飲んでそうなのに。あ、店員さん、注文は日替わりランチ3つでお願いします、飲み物はオレンジジュースで、はい、お願いしまーす。
「ビール2つと串焼きの盛り合わせ、お待たせしましたー」
「おう、ありがとさん」
二人のもとに注文が届けられる。あまりにも酒飲みの定番、とりあえず生といい定番というのはやはりどの世界でも誰からでも愛されるのだろう。
「とりあえず乾杯したらぐいっと一口飲んでみろ。それができりゃ最低限文句は言われねえからな。乾杯!」
「か、乾杯!」
お、二人がグイっといった。果たしてお酒が初めてだというマチルダの口にビールは合うのだろうか。
「どうだ?ビールは口に合うか?」
「うっ…うわああああ!私はダメな女だよぉおおおお!!」
「は!?どうしたマチルダ!?」
マチルダが突然泣き始めた上に口調が完全に姐さんモードに!?え、なに!?ああしかもなんか自分のコンプレックスを語りだしちゃった。戦えるようにキャラ作ってること、ガーランドの前だとそのキャラができないこと、このままじゃ好きなガーランドと一緒に戦うなんてできないこと。マジかあ、ビール一口で泥酔する泣き上戸かぁ…。ガーランドの前で姐さんモードになっちゃってるし勢いでガーランドが好きなこと口走っちゃってるし。というか酔うと姐さんモードになるの、マチルダの人格形成どうなってんだ?
「お客様、なにか問題がありましたか?」
「あ、ああ、すまない。ツレが初めて酒を飲んだんだが泣き上戸で下戸だったみたいでな、落ち着いたら出ていくからこれで会計だけ頼むわ」
「ああ…、わかりました。お水もお持ちしますね」
「ビール1口でこんな迷惑かけて、本当に私ってやつはあぁぁぁぁ…」
これはもうだめだ、こうなった泣き上戸はひたすら負のスパイラルに落ちる。マチルダにガーランド慣れしてもらおう作戦は大失敗だ。こちらの女性陣も痛ましい表情をしている、好きな相手にこんな姿を見らえたというのは余りにも不憫だ。
冒険者は腹を割って話すために酒の席を設けるがマチルダは五臓六腑まで割ってしまった。姐さんモードどころかガーランドへの恋心まで、包み隠すことなく。そういう意味ではよかったかもしれないがこのバレ方はなあ…。
「ほら、マチルダ、宿に帰るぞ。って寝てるじゃねえか…。しょうがねえなぁ」
店員さんが持ってきた水を飲んだマチルダは、ガーランドが店員さんとやり取りをしてる間に寝落ちしてしまった。ガーランドは席を立ち、マチルダをお姫様抱っこして外へと向かう。突然のロマンス展開にこちらの女性陣は満足そうに頷いている、経緯に一切ロマンスないけど。
「迷惑かけたな、俺らはこれで邪魔するからよ」
「いえいえ、うちは夕方からは酒場をやっているので慣れてますから」
「わりぃな。それとサラ、嬢ちゃん、坊主!変装して尾行すんなら気配を誤魔化せ!その見た目で気配消してたら違和感しかねえぞ!消すんじゃなく変装先の気配を作れ!」
やっべ、バレてた。変装して気配を消せば同じ店内でもバレないだろうと思ったら気配を消していたことが原因でバレるのかよ。しかも大きな声で坊主と呼ばれた以上、店内に俺が女装だとバレた。女性客はおもちゃを見つけたような目をしているし、男性客は信じられないものを見たという顔をしている。一部目つきがやばい人もいるんだけど?嘘だろ…?
「とりあえず俺達も出ようか…?」
「日替わりランチ3つお待たせしました!」
注文していたことを完全に忘れていた。しかも俺の女装はもうバレているから店員さんがすごい興味深そうに俺を見てくる。
「なんでしょうか?」
「本当に男の子なんですよね?すっごく可愛いし仕草も女の子だからさっきの人が言わなかったらわかりませんでしたよ!」
「ええと、王都で女型俳優をしていた方に変装のやり方を習ったので」
「へぇ~!メイクのコツとかあるんですか?」
男の俺すらかわいい女の子にしか見えなくさせるメイク術、女性からしたら気になるのだろう。王都の大スターリリィちゃん直伝のメイクのコツを教えるから見逃してほしい。頼むから、お願いだから、許して。
女装がバレている羞恥心に包まれたまま食事を終わらせ、店を後にした俺達は宿に戻って部屋へと向かう。女性組に割り振った方の部屋に、顔を手で覆ってベット上で縮こまっているマチルダと椅子に座って目を閉じているガーランドがいた。
「おう、戻ったかお前ら。とりあえずどうしてこんなことをしたのか報告しろ、当然表向きの報告じゃねえぞ?どうせ最初から付いてきてたんだろうしな」
「「「はい…」」」
俺達3人は自然とその場で正座になり報告をする。マチルダが酔って全てをぶちまけたのでマチルダのために隠し事をする必要もない。マチルダがなぜ強くなったのか、このままでは一緒に戦えないこと、そのために一計を案じたこと。え?野次馬根性ですか?俺はないです!だって命に関わるもの!でもこの二人は明らかにありました!サラなんてみてるこっちが面白くないとか言ってました!!
「そうか、とりあえずサラは後で俺と訓練して模擬戦な、性根を叩き直してやる」
「…わかりました」
ああ、サラの目が死んでる。純魔法使いであるサラにはガーランドの訓練コースはきついだろう、だが拒否権なんてものはない。今の俺達にそんな人権意識溢れる権利は認められていない。
「ところでマチルダってもしかして記憶残るタイプだった…?」
「そうみたいだな。それに加えて酔うのも早ければ覚めるのも早いタイプでな、よりによってベッドに寝かせる直前で目を覚ますし、その後固まったと思ったら全部思い出したみたいで静かにこの状態になった」
なるほど、ただでさえ記憶が残るタイプなのに目を覚ましたせいでお姫様抱っこでここまで運ばれたことも察したのだろう。ソロで活動できるような優秀な冒険者は不測の事態に陥っても取り乱したりなんてしない。そう、どれだけ衝撃的な状況であっても、取り乱すこともできなかったマチルダはベッドの上でダンゴムシになってしまったわけだ。
「とりあえず俺達がこういう行動をとったのは報告の通りなんだけど、本人の前で聞くのもあれだけどガーランドはマチルダのことをどうするつもり?」
「あー、まあそうだな。サラと嬢ちゃん、とりあえずマチルダの相手してやってくれ。そんで準備が出来たら俺に教えてくれ、少し話をしておきたい」
「わかった」
「畏まりました」
まあマチルダが落ち着いたところで一度二人でちゃんと話し合う必要があるだろう。思っていたのとは違う形とはいえ、マチルダが抱える問題も、マチルダが抱える恋心も全部筒抜けになったのだ、これから一緒に行動していく上でここで話し合って置くのは大切だ。
「それと坊主」
「なに?」
「待ってる間時間が空くからな、稽古をつけてやる。ああ、着替えはしなくていいぞ、明日のゴブリン退治に向けて女装で戦う訓練だからな」
「えっ?」




