32:2つ目の条件
プリムと中庭にて話した翌朝、宿の方に帰る前に朝食ぐらいはということでレイン家の食卓に招かれた。両親と共に部屋に入るとレイン家は既に全員揃っており、向かい側にレイン夫妻、フレア、コルン、手前の端にプリムが座っていた。
「ようこそいらっしゃいました、スティング家の皆様、どうぞそちらにお座りください。アルクくんは当然プリムの隣ね?」
「あ、はい」
プラム夫人から促され、なぜこの席順だったのかを理解する。レイン公爵が邪魔をできないようにするためだろう、プリムと公爵は対角線上になっており、俺とプリムの前にフレアとコルンちゃんが座る形だ。まあ大人同士、子供同士で固まっている方が気楽ではあるものの、プリムと隣にするのはお見合いババアがすぎませんかね?そうだよ、照れてるよ。
「おはようございます、プリムさん」
「お、おはようございます。アルク様」
少し気恥ずかしい別れ方をしたばかり、冷静に考えたらこのタイミングで会うのは当たり前なのだが、昨夜の時点で俺はそんな簡単なことに気付かなかった。おそらくプリムもそうなのだろう。プリムの心の準備ができてから呼ばれて、少し話したりできるかな、ぐらいに思っていた。つまりどういうことかと言うと再会するには心の準備が出来ていない。
「おはよう、アルク。愛しのお姫様に夢中なのもいいけど、学友に挨拶もないのは失礼じゃない?」
「あ、ああ、おはようフレア。そうか俺、フレアと学友なんだよな。…もしかして3年間これでからかわれる?」
「それはアルク次第ね、けれど面白いネタをありがとうとは言っておこうかしら」
あ、ダメだこれ確定で揶揄われる。それが嫌ならやきそばパンを買ってこないといけないやつだ、もしかしたら牛乳も必要かもしれない。公爵令嬢がしていい笑みじゃないぞそれは…。
「アルクお兄ちゃんおはよー!」
「コルンちゃんもおはよう」
「アルクお兄ちゃんとプリムお姉ちゃんは結婚するの!?」
「「!?」」
俺とプリムの顔が一瞬で真っ赤に染まる。いや俺はそれを願ってるわけだし、今更誤魔化しなんてきかない。けれどプリムもこういう反応をしたということは少しは期待をしてもいいのだろうか。いや、恥ずかしいだけかもしれない、期待をしすぎてプリムへの対応を間違えるわけにはいかない。けれど、この質問への対応は正解も間違いも関係なく、ただ一つだ。
「まだどうなるかはわからないけど、結婚出来たらいいなと俺は思ってる」
「おー!私もアルクお兄ちゃんがお兄ちゃんになるなら嬉しいよ!」
「そっか、ありがとう」
恥ずかしいが、それでも俺にはどうするのが正解かは分からない。だったら俺に出来ることをするしかない、俺の気持ちを、真っ直ぐに相手に伝える。俺の気持ちは嘘じゃないと、ごまかしなんてないと、ただあなたしか見えていないと、それ以外の手段を俺は知らない。恋の駆け引きなんて異世界以上に遠くの知識だ。
「アルクは私にこんなに揶揄うネタを提供してどうしたいの?ドM?」
「ちげーよ!初恋だからバカ正直に答える以外知らねーんだよ!」
本当にフレアは公爵令嬢なのだろうか、公爵令嬢といえばもっとお淑やかで上品なお嬢様じゃないのか、ドMとか言っちゃいけません!
「ふふっ、本当にアルクくんに協力して正解だったわね、プリムが固まってしまっているわ。こんなプリムを見るのは初めてよ」
プラム夫人に言われ、隣で真っ赤に茹だってしまったプリムに気付く。こんなに恥ずかしいことを言っているのだ、隣で聞く当事者が恥ずかしくないわけがない。えっと…ごめんなさい…。
「ゴホン!準備も済んだようだし朝食にしよう、セバス、メニューの説明を頼む」
「かしこまりました」
レイン公爵が苛立たしげに話題を変える。目の前で娘を口説かれてるようなものだ、それも社交界であるような求婚とは違い、本気も本気のプライベートな求愛、俺に対して無言の圧力を向けるだけで済んでるだけ優しいというものだろう。
メニューはサーモンと玉ねぎのカルパッチョに魚介のスープ、トマトとツナの冷製パスタだ。生臭さを一切感じない新鮮なサーモンの脂と旨味が玉ねぎの辛味と調和し、軽くかけられたレモン果汁が濃厚なサーモンをくどくなりすぎないように爽やかに包み込む。
スープは魚介の旨味がよく出ており、ほっとする優しくてほどよい塩気を感じる。しかもこの具材は単体で旨味がしっかりしている、これは恐らくスープを作る時に使われた具材をそのまま入れているのではない。魚介ダシのスープを作った後、スープのみを分け、それを温めながら新たに具材を入れたのだ。そうすることで具材にしっかり旨味が残り、火の通り加減も具材ごとに最適な状態のスープとなる。
パスタは主食として、ツナと共に確かな食事の満足感を与えてくる。だがトマトの酸味と甘みが朝食にふさわしくなるよう重さを感じさせず、冷やされたことで口当たり軽やかになったパスタはするすると簡単にお腹に入っていってしまう。
さすが公爵家、領地の名産である海産物をふんだんに使い、味だけでなく、朝食として食べやすくなるよう手間暇がかけられた素晴らしい食事だ。これには美食家として名を馳せる予定のアルク・スティングくんも満足です。星3つです!
「そういえばアルクくん、セバスからあなたが昨夜、素晴らしいものをプリムに見せてくれたと聞いたのだけど?」
「素晴らしいものですか?」
「噴水で行われた魔法のショーのことです、アルク様」
「ああ、あれですか」
あの時俺のウォーターショーを見ていたのはプリムとセバスの2人のみ、いくらプラム夫人の手引きとはいえ男女の夜の密会である。ある程度の報告は必要だろう。
「私も見てみたいのだけどできるかしら?」
ウォーターショーは光を使う関係で夜でないとできない、だが俺は闇の魔法が使えるから噴水の周りに暗闇で暗幕を張るぐらいはできる。昨日と全く同じでいいなら今度は物語と曲のアレンジは意識しなくていいし、暗幕の追加、維持ぐらいなんでもない。夜の星明かりなんかがあった方が綺麗ではあるができないほどではないだろう。
「星明かりなどがないので少し雰囲気は変わってしまいますが可能ですよ」
「あら本当!?」
「そうですね、せっかくですから見てみたい方がいらしたら集めていただいてもいいですよ」
食後に30分ほど間をおいて、中庭に集合することになった。その間に観覧希望の使用人さんたちは仕事を済ませて時間を作れるようにとのことだ。
そうして中庭にいくと、思った以上に使用人さんたちも来ていた。プリムに求婚した色男が何かをするらしい、プリムを落とした口説き文句が見れるらしいなど勝手な憶測を囁き合っている。なんて野次馬根性だ、誇り高き公爵家の使用人がそんなことでいいのか!
「コルンちゃんも来たんだね。クラミーさんは来てない?コルンちゃんの専属って聞いたし挨拶しておきたいんだけど」
「すごく楽しいってセバスが言ってたから来たよ!クラミーは絶対見るんだって言ってたけど、花瓶とかお皿とかいっぱい割ったからお仕置き部屋で反省だって!」
あのメイドさんまたやらかしてるのか、しかもなんか今回のは俺が引き金みたいで申し訳ない。コルンちゃんと知り合ったきっかけのような人だし、挨拶したかったんだけどなぜか会えないんだよな。
「じゃあそろそろ始めます、まずこのショーは夜の水辺での鑑賞を前提としていますので、今回は闇魔法にて代用させていただきます。濡れるかもしれないこともご承知おきください」
全員に聞こえるように注意事項を伝え、暗幕を張り、一礼をする。そしてバイオリンを構え、昨夜のウォーターショーを再演する。観客たちは曲、水、光の3つが奏で始めた物語を見て、何が行われるかを理解し、俺が表現する物語の世界に引き込まれていく。そんな先の展開を知っている観客たちの期待を、俺が書き換えた物語で裏切る。この物語では騎士と姫はハッピーエンドを迎えるのだ。バッドエンドなんて認めない。
驚愕に染まった観客の顔が、興奮に変わり、笑顔に変わる。なんだかんだ大人たちだって望んでいるのだ、叶う初恋だってあるんだという、その夢物語を。
そして物語は終わりを迎える、本来とは違う、幸せな結末を。俺が望んだ、幸せに続く終わりを。
魔法を解除し、一礼した俺をみんなの拍手が迎え入れてくれる。プリムが見るのは2回目だが、それでも変わらず楽しんでくれたようだし、コルンちゃんなんかはすごいすごいと飛び跳ねて喜んでくれている。フレアは初見の割に他の人ほどは興奮してるように見えない、こういう綺麗なものより、派手なものが好きなのだとしたらこんなものかな?
俺の両親とプラム夫人もいいものを見れたと満足そうに拍手をしている、女性陣はキラキラした目をしているし、お眼鏡には適えたようだ。
しかしそんな中でレイン公爵のみがなにか真剣な表情で考え込んでいる。なんだろう、なにか気になる所でもあっただろうか。
「うむ、そうだな、そうしよう。決めた」
「レイン公爵?」
考え込んでいたレイン公爵がなにか結論が出たように一つ頷き、俺の方を真っ直ぐ見る。
「アルク・スティング」
「はい」
「これから言い渡す条件を充たしたら、君とプリムの結婚を認めよう」
ああ、それを考えていたのか、それは真剣な表情になるはずだ。そして俺にとってとても大切な内容だ。
「条件をお聞かせください」
「この私、コンラート・レインと戦って勝利すること。私よりも君のほうがプリムを守れると、その力を示しなさい」




