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31.5:姉妹

 日課となっている朝の訓練、屋敷の隣に設営されている屋内訓練場で、ウォームアップのランニングをしながら昨日のことを振り返る。私の誕生日ではあったが、やることは普段の社交界より少し豪勢で、少し来賓が多いぐらい。特に楽しみな気持ちもなく、あまり畏まった場が好きではない私にとって、さっさと終わらせて訓練をしたいなという程度のものでしかなかった。


 そんな誕生会が少し楽しみになったのが開催の1週間前ぐらい、妹のコルンが街で迷子になり、それを助けてくれた少年がいたという。アルク・スティング、私の住むレイン公爵領から西に馬車で2週間ほどの場所にあるスティング領、そこを治めるスティング伯爵家の次男。


 セバスの話ではコルンがとても懐いており、その接し方はただ小さな女の子に対するものと変わらなかったらしい。伯爵家子息が、公爵家令嬢に対して取る態度ではない。この国は他国の貴族と比べて比較的上下関係というのは緩めだとは言われているけれど、だからと言って下の爵位の者が上の爵位の者に対して気さくに接するなど恐縮してしまって普通はできない。


 しかし彼はそれが出来る、その事実が私にとってはとても興味を引かれる。正直に言って私は全くもって公爵令嬢らしくない。昔から物覚えがよく、公爵令嬢として必要とされる知識や教養は苦労なく修めてはいるものの、魔法戦や剣戟で体を動かしている方が好きなのだ。性格的には妹のプリムの方がよっぽど令嬢らしい。


 堅苦しいのも好きじゃない、畏まってるのも好きじゃない。あまりにも窮屈がすぎる。偉大なる父の娘として、その窮屈な仮面を被るのも慣れてはいるが、好きじゃないものは好きじゃない。


 社交界なんてげんなりする、歯の浮くような台詞で公爵家の立場を狙うもの、私ではない私の幻想に目を奪われているもの、もう隠すつもりもない下卑た視線で私の体を求めるもの。誰も私を求めてのアプローチなんてしてきてない。いや最後はある意味で私自身を求めているのだけれど、流石にそれは御免被りたい。


 だがコルンにそんな接し方ができるアルクならば、私と向き合ってくれるかもしれない。窮屈な仮面を被らなくていいかもしれない。なにより同い年でマウントボアを一人で狩れるほどの強者、そんなことができるのは私を含めて片手で数えられるぐらいのはずだ。


 まあぶっちゃけてしまえば戦ってみたい。レイン領内で私の相手となるような同世代の子はいない。しかしアルクなら私の相手を務められるかもしれない。気兼ねなく話せて、実力も近い、そんな相手と学友になれたらどれだけ楽しい学園生活が送れるだろうか。


 そしてアルクは私の期待通りの男の子だった、いや期待以上と言ってもいい。なにせ私のかわいい妹のプリムにいきなりプロポーズしたのだ。しかも他の貴族たちとは全く違う、真っ直ぐ、プリムだけを見て、私も両親も全く見えていない様子でのプロポーズ。こんな面白い社交界は初めてだ!アルクは、ちゃんと、プリムを見て惚れているのだ。そんなもの当事者の姉という特等席に座りながら、かぶりつきで見ないでいれるだろうか?いや、いられない!


 両親とアルクが会場を出ていき、私とコルンは残される。どうして!こんな面白いことを!かぶりつきで鑑賞させてくれないの!?私は人生で初めて誕生日の存在を本気で憎んだ。


 会場に戻ってきた両親から、アルクとプリムについて、どういう方針で行くかが教えられた。両親それぞれに条件を課し、共にクリアできれば婚約を認めるというもの。コンラート父様はまだ条件を考えており、プラム母様はもう条件を出したという。


 その条件、そしてそのためにプラム母様が二人の逢引きをセッティングするということを聞いた私は、早速行動に移す。


「セバス、コーヒーを持ってきて?」


 今夜は万が一にも寝るわけにはいかない。こんな面白そうで、2年後の学友をからかえそうなネタを、妹を陰ながら見守るという大義名分でもって手に入れることができるのだ。


「私はもう疲れたから部屋に戻って寝るわ、起こさないようにね」


 嘘だ。寝ないようにコーヒーを飲んだのだから。メイドが部屋に来ないようにするための方便でしかない。お風呂上り、そう伝えた私は中庭へと移動する。プリムの部屋から中庭まできて、ベンチに座るであろうことを考えるとこの辺りに隠れておけば見つからずに済むだろう。


 そうして少し待っているとプリムがベンチに座り、セバスがアルクを連れてくる。あっ…セバスに見つかった。…黙っていてくれるみたい。


 その後広げられた光景は、公爵令嬢として様々な芸術に触れ、そんなお上品な芸術があまり好きじゃない私からしても目を奪われる素晴らしい光景だった。水と光、音楽が重なり描き出す物語。本来の展開から書き換えられ、ハッピーエンドになった幸せな物語。


 そしてなによりも、それを可能にした精密な魔力操作技術。2つの属性の魔法を同時に扱うのは難しい、同じ属性ならば両手で同じ図形を描くようなものだから慣れればできる。属性が別になると違う図形を描くようなものだ。実際は扱っているのは図形なんて単純なものではなく、魔法、複雑で、しっかりとしたイメージを要求される技術。


 それを彼は、バイオリンを奏でながら、物語の展開を書き換えながら、曲にアレンジを加えながらやってのけた。決して一流のバイオリンではない、魔法も決して一流のそれではない。それらが単体であったなら。


 それらは見事に調和され、魔力は澱みなく操作され続けた。おそらく彼の戦闘スタイルは魔法戦闘だろう。それもあれだけ同時にいくつもの行動をしながらあの精度。アルクと戦ってみたいという気持ちはより強くなる。


 しかし誕生会の後始末で私も忙しく、おそらくアルクもそんな長い間レイアに残らないだろう。それにあんなものを見せられたのだ、プリムは明らかにアルクに魅せられていた。そんな妹の恋路を邪魔するつもりはない。


 どうせ2年後には学友になる、ああそうだ、2年後なら私もアルクももっと強くなっているだろう、その時に戦うほうが今戦うよりよっぽど楽しめる。うん、いい考えだ。


「お姉様、少しいいでしょうか…?」

「プリム?珍しいわね、訓練場にくるなんて」


 私は半ばプリムの要件を察しながら、少しとぼけた答えを返す。当然だ、私は昨日中庭になんて居なかったのだから。


 そしてプリムの要件は思ったとおりのものだった。そして懐かしい、今のように少しぎこちなくなってしまう前の関係に戻れるものだった。


 一緒に訓練がしたい。それはそうよね、あんなものを見せられて、頑張ればこんなことができるんだと教えてもらえて、プリムには素晴らしい可能性があるんだと言ってもらえて、それでも引きこもっているほど私の妹は卑屈じゃない。


 そうして、私たちは昔のように一緒に走る、本当はウォームアップは終わっているのだけれども、このランニングは私たちの関係を温めなおすためのものだ。最初はぎこちなくても、少しずつ私達は昔の関係に戻れるだろう。それだけじゃなく昔よりももっと仲良くなれるだろう。


 ありがとうアルク、あなたのおかげで私たちは仲の良かったころに戻れる。その頃以上に姉妹仲を深めることができる。


 このお礼はそうね、2年後、学園に入学したらさせてもらおうかしら。

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