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29:出来るはずのこと

 セバスさんに呼ばれ、レイン公爵邸の中庭に来た。中央には噴水があり、周りを草木や花々が囲んでいる。ヨーロッパにあるお城の庭園みたいだ。


 その中庭にあるベンチにプリムは座っていた。その姿を見るだけで心が高鳴る、その姿を見るだけでこの後自分が何をすればいいのかわからなくなる。セバスさんに促され、プリムの隣に座った俺は、その後何を話せばいいのか、誕生会の非礼を謝るとしてもなんと声をかければいいのかわからない。


 縋るようにセバスさんを見るも老紳士はにこにこと俺達二人を見つめている、あとは若いお二人でどうぞというやつだ。人生の先輩として少しは助け舟をくれてもいいじゃないか…。


「あの…先ほどは申し訳ありませんでした」

「えっ?」

「せっかく想いを伝えていただいたのに、何も応えず失礼してしまって…」

「いえいえそんな!急にあんなことを言った俺が悪いんです!プリムさんは何も悪くありませんって!」


 年下の女の子に謝らせてしまった、この子は何も悪くないのに、何を謝らせているんだ俺は。


「プリムさんは、その、俺のことをどう思っていますか…?」


 ここで答えなくていい、あのことは気の迷いだ、迷惑になるぐらいなら忘れて貰っていい、そう言って逃げるのは簡単だ。最も楽で、最も卑怯で、だからこそ俺の心はその選択を許さない。ならば踏み込まなければならない、怖くても、想いを伝えた以上、相手に本気であると信じてもらうためにも、踏み込まなければ相手の心に触れられない。


「正直に言いまして…、わからない。というのが本音でしょうか」

「…初対面ですからそうですよね」


 そうだ、初対面なのだ、好きも嫌いもどう思うも何もない。


「でしたらその…、俺のことを知っていただくチャンスを貰えませんか?そして、もしよかったらプリムさんのことを教えていただけませんか?」


 これは俺のわがままだ、一方的に惚れ、一方的に想いを伝え、一方的に俺を知ってくれ、一方的にあなたを教えてください。これがわがままでないならなんだろう、まったくもって失礼だ、まったくもって合理的じゃない、相手のことを考えていない。しかし仕方がないじゃないか、俺はこれが初恋なのだ。ああそうか、前世の友人達はこんな気持ちを抱いていたのか、それは合理的じゃないはずだ、このどうしようもない気持ちの前に、合理的でなんていられない。


「そう仰ってくださるのでしたら、始めに一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう、なんでもお聞きください」

「どうしてアルク様のような優秀な方が私なんかを見初められたのですか?」

「優秀…?私がですか?それに私なんか…?」


 なぜこの子は俺のことを優秀だと思ったのだろう、なぜこの子は自分のことをなんか、なんて悲しい言い方をするのだろう。


「アルク様は10歳でマウントボアを狩れるほどの方だと聞いています、きっと優秀な魔法使いなのでしょう?でも私は初級魔法しか使えません、魔具も盾、敵を倒す力のない私は、軍事を担当するレイン家においてなんの役にも立ちません」


 ああ、そうか、プラム夫人から聞いている、プリムはこもりがちになる前はよく父と姉と共に戦うのだと言っていたという。それがどういうことか本洗礼から訓練を見に来ることもなくなり、こもりがちになったという。家族と共に戦うことを目指していた少女にとって、戦うための力、特に敵を倒す力というのは必要なものだったのだ。


「なぜ惚れたかと言われたら一目見たときにあなたを幸せにしたいと思ったから、それが俺の産まれた意味だと思ったからとしか。プリムさんは美しい方ですが、それが理由で一目惚れすることはありませんし、プリムさんの性格も存じ上げません。それでも俺はあなたを俺の手で、俺の力で幸せにしたいと思った。それが理由です」

「…そう…ですか」

「それと俺に対する誤解を解いておきますが、俺は優秀な魔法使いではないですよ。使えるのも初級魔法までですし」

「では優秀な剣士かなにかですか?」

「いや、そちらも師匠からは才能がないと言われていますね。努力はしているので同年代でも上の方ではありますが、才能を持ち、努力を怠らない人には勝てません。当然マウントボアを剣だけで倒せるような凄腕剣士なんてことはないです」

「ではどのようにしてマウントボアを狩れるほどの力を?」

「できることを全てやった、としか言えませんね」


 そう言って俺は魔具の形を変えていく、剣、槍、槌、棒、盾。初級魔法を空中に浮かべる、炎、水、土、つむじ風に光と闇。


「…随分と特殊な魔具をお持ちなのですね、それに全適正、しかしこれらを全てですか…?」


 プリムの顔が驚愕に染まる。魔具がその形態を変えるなどありえない、それはそうだ、魔具とは魂の形そのもの、普通は一つの形しか取ることはない。それに魔法の適正も全適正なんて世界を見渡しても数人だ。


「ええ、全部やりました。というより全部やるしかないというのが正しいでしょうか、魔具は多くの形態を取れますが、どの武器も才能は並だと言われました。魔法も全適正ですが初級魔法しか使えません。俺は跡継ぎではないので将来自立しなければならない、何になるにしても魔物に襲われて死んでしまう可能性は0じゃない。そんな時に自分に出来るはずのことが、訓練不足でできませんでした、なんてことで死にたくないので」

「出来るはずのこと…ですか?」

「ええ、例えばですが剣で勝てない相手でも槍が使えれば勝てるかもしれない、でも槍を持っているのに訓練していないので勝てませんでした、なんてことがないとは言い切れない。ちゃんと槍の訓練をしていれば勝てたのに。こういうものが出来るはずのこと、ですね」

「そういうことですか…」


 これは正直言って前世の経験からの俺の考えだ、後になってからあれをしておけば、これをしておけばなんて経験は何度だってあった。逆にあれをしておいてよかった、これをしておいてよかった、なんて経験もいくらだってある。


「プラム夫人からお聞きしましたがプリムさんは水と光の適正をお持ちなのですよね?」

「えっ…はい」

「でしたら…」


 水と光は正直言って初級では戦闘に向かない。水では窒息などさせない限り意識を奪うことも難しいし、光の強化、治癒なんかも効果の高いものではない。だがそれは戦闘に向かないだけだ、出来ることがないわけではない。


 プリムの求めるものとは違うかもしれない、けれど初級魔法でもこんなことができるのだと、決して何もできないわけではないのだと知ってほしい。


 そう思った俺はセバスさんを通じてバイオリンを用意してもらった。

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