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28.5:向き合って、逃げ出して、向き合って

「私と結婚してください」


 その台詞は社交界で何度も何度も聞いたことがある台詞だ。その台詞は聞きなれてしまって昔のように憧れることもなくなった台詞だ。その台詞は私の心を動かすことのない、何の意味もない音の連なりのはずだった。


 そう、少なくとも今この時までは。


 今日のこの台詞は全く違う意味を持って私に届いた、公爵家との繋がりを求める音の連なりに過ぎなかったそれは、私との繋がりを求める心からの想いだった。


「えっと、あの、その…、ごめんなさい!少々失礼します!」


 私はその場から逃げ出した。今まで家族以外から見られていなかった私が、初めて真っ直ぐ見つめられ、初めて真っ直ぐな想いを伝えられたのだ。私はその真っ直ぐすぎる想いにどのように応えればいいのかわからなかった。受け入れればいいのか、断ればいいのか、流せばいいのか。私はその想いをどう感じた?嬉しい?何も感じない?嫌悪?わからない、わからない、わからない。


 ドキドキと高鳴る鼓動が答えを探す私の邪魔をする。ドキドキと高鳴る鼓動が何かをしなければと私を急かす。その鼓動に突き動かされて、私はその場を逃げ出した。何かをしようにも私の中に答えがない。答えがないのに、私がどうしたいかもわからないのに、この真っ直ぐな想いに応えるなんてあってはならない。


 そうして逃げ出した私は、私の城へと駆け込んだ。ここならば一人になれる、一人でゆっくりと答えを探すことができる。未だ鳴りやまぬ鼓動が答え探しの邪魔をするが、それが落ち着いてからゆっくりと答えを探せばいい。


 落ち着きを取り戻した私は、彼の事を考える。アルク・スティング、妹を助けてくれた人、マウントボアを一人で狩れる人、そして私にプロポーズをしてきた人。なぜそんな優しく、戦う力も持つ彼が、私なんかにプロポーズをしてきたのかがわからない。公爵家との繋がりを求めるのならわかる、けれどあの時、確かに彼の瞳には私の事しか映っていなかった。でなければあんな場所でプロポーズなんてしてこないだろう。


 そして私は彼の事をどう思っているのだろう、妹を助けてくれた、当然それに対する感謝はあるし優しい人なのだろうというのは分かる。目鼻立ちだって悪いわけじゃない、むしろ良い方だろう。そんな彼からのプロポーズ、嬉しいという気持ちはある、けれどその気持ちは彼からのプロポーズが嬉しいのか、私を真っ直ぐ見てくれたことが嬉しいのかがわからない。何も感じないということはないだろう、何も感じなかったのなら逃げだす必要なんてなかったのだから。嫌悪感も感じない、嫌悪感を抱くほど彼のことを知らないのもあるだろう。


 私は答えを出せるほど未だ彼のことを知らないのだ、初対面なのだから当然だろう、しかし答えは出さなければならない。どう答えればいいのか、私は公爵の娘だ、受け入れるにしても断るにしても安易な答えを出すわけにはいかない。私の決断は両親に、ひいては領民にも影響を与える。私の一存で答えを決めていいわけもない。


「プリム、少しいいかしら」

「はい、どうぞ母様」


 悩んでいたら母が部屋に訪ねてきた。普段はこんなことはないが、今日は間違いなく話しておかないとならないことがある。それに答えを出すには両親の意向も聞いておかなければならない。


「プリム、単刀直入に聞くわね、今回のことあなたはどう思っているの?」


 私は先ほどまで考えていたことを伝える。そして何よりも聞きたいのはレイン公爵家としての意向だ。


「プリム、今回のことに関して、レイン公爵家としては二人の選択に何か言うことはないわ。私とコーライルでそれぞれアルクくんに条件を出すことにはしたけど、その条件さえ達成してくれればあとはプリムの気持ち一つよ」


 私の気持ち一つ、本当にそれでいいのだろうか、だが私の気持ち一つで応えようにも私の中には彼に対する答えがない。


「今すぐ答えを出す必要なんてないわよ、初対面で答えを出せるわけなんてないじゃない」


 いいのだろうか、彼は真っ直ぐに想いを伝えてくれた、そんな想いに答えを出さずに待たせることは失礼にならないだろうか。


「真っ直ぐな想いだからこそ、時間をかけて、しっかり考えて、あなたの中でこれだという答えを見つけてから応えてあげなきゃ、受け入れるにしても断るにしても失礼よ」


 ああ、そうか、私が今すべきことは彼に答えを告げることではないのか、しっかりと考えて、私の答えを見つけ出すことなのか。


「まあ、そういうわけだからプリム」

「?」

「あなたは今夜、アルクくんと逢引きしてきなさい、呼んだら中庭にくるように言ってあるから」

「…ふえっ!?」

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